第49話 戴冠式だぜ!

 魔の王の城には、王が幻魔たちを集めて謁見えつけんを行うための広いホールがある。

 城の中で、最も天井の高いそのホールに、全ての幻魔議員とその魔人たち、人間たちがひしめき合っていた。

 ホールの北側は一段高くなっていて、大きな椅子が据え付けられている。遊色の宝石で飾られた椅子は、まさに玉座と呼ぶに相応しい華美なつくりだ。

 その後には、巨大なアーチ状の窓枠。はめられているガラスは歴代の王を讃えるためのステンドグラスだった。

 玉座に向かって赤い絨毯じゆうたんが一筋、敷かれている。その上を、深い紫色の引きずるほど長いマントを身に着けたイリスがゆっくりと玉座に向かって歩いて行く。

 今日のイリスは整髪料で髪を撫でつけ、横顔もりりしい。すそとそでの長い王の盛装は、黒と紫色を基調にしていた。

 玉座の脇には、ナティエがやはり盛装でイリスを待ち受けている。その手にクッションに載せた王冠を捧げ持っていた。

 一歩、一歩。イリスは玉座に近づいていく。

 その様子を、参列者たちは固唾を飲んで見守っている。

 泰樹たいきはシャルと並んで、玉座の影に立っていた。そこは、舞台袖のような場所で、魔の王に仕える側仕えたちが控えていた。シーモスもすぐそばにいる。

 アルダーはイリスの後から、剣を捧げ持ってついていく。王の護衛は、アルダーとレオノ、それから城側が決定した2人の魔人たちだった。

 新王が、玉座の下に立つ。護衛たちは階段の前で剣を捧げ持ったまま、直立する。

 新たなる王の誕生を祝うための楽団も用意されていたが、その瞬間、会場は静まりかえっていた。

 ナティエが、王冠を新王に差し出す。金細工の見事な王冠を受け取って、イリスは階段を上った。

 玉座の前で、イリスは会場を振り返った。そのまま全てを見回して、王冠を頭にいただく。

 全てリハーサル通り。イリスが王冠を身に着けた瞬間に、楽団が荘厳な音楽を奏で始める。リハーサルの時もスゴいとは思ったが、こうして本番を迎えると、感慨もひとしおだ。

 イリスはゆっくりと、玉座に腰掛ける。階下の人びとを見下ろして、イリスはさっと右手を挙げた。それを合図に楽団は演奏を止める。


「みな、言祝げ! 新たなる魔の王陛下のご即位を!!」


 ナティエが叫ぶ。参列者は口々に感嘆の声を上げて、手を叩いた。


「陛下!」

「陛下!」

「新王陛下!!」


 一通り参列者がざわめくと、ナティエは「静粛に!」と告げる。水を打ったように、人びとは静かになった。


「魔の王陛下。みなにお言葉を」


 うやうやしく頭を下げたナティエを、イリスはちらりと見た。


「……みな、大儀である。この、良き日を迎えられたことを、余は嬉しく思う」


 イリスは、精一杯の威厳をもって、丸暗記した原稿を読む。りんとした声音は、いつものイリスからは考えられないような低さだ。


「新しい魔の王として、余は……ううん。やっぱりこんなの変。僕は、『余』じゃない」


 一人納得したようにイリスはうなずいて、参列者たちを見回して立ち上がった。


「うん! あのね! 悪いけど、僕は僕の言葉で話す! 僕は、昔、魔の王様に幻魔にして貰った。前の魔の王様は優しくて、偉大な方だったよ。僕はそんな風に言われる王様になりたい。だから、僕は僕が出来ることを一生懸命やってみる! 僕は、自分が魔の王様になれるなんて思ってもみなかった。まだまだ、勉強し無きゃいけない事も多いと思う。でも、みんなは僕を選んでくれた。だから、僕は全力を尽くす。みんなも、僕に力を貸して欲しい!」


 王としてはつたない言葉だ。それでも、イリスにとっては一番真摯しんしな言葉。絶対的に強大な王ではなく、人びとと手をたずさえて行くことの出来る王こそが、イリスの理想なのだ。

 初めに手を叩いたのは、きっとシーモスだった。泰樹やシャル、他にもイリスを知っている者たちが次々と手を叩いた。それは他の参列者たちにも飛び火して、会場であるホールは割れんばかりの拍手に包まれた。

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