第20話 『献血』はしない。絶対に。

「『マレビト』を天に返すための儀式……! 天、て、元の世界って事か?!」

 

泰樹たいき愕然がくぜんとシーモスを見た。シーモスは得意げに微笑んで、うなずく。


「はい。おそらくは。この儀式は今から1000年ほど前に行われたと、この書物にはございます」

「そ、それ! どんな儀式なんだ?!」


 気ばかりが焦る。泰樹はシーモスに詰め寄るが、彼はゆっくりと首を振った。


「申し訳ございません……儀式の詳細までは。わたくしの蔵書ではこれが精一杯でございます」

「そん、な……!」


 泰樹は膝から崩れ落ちる。ようやく、地球に帰れると思ったのに。ぬか喜びさせておいて、それを取り上げるとは。泣きそうだ。


「……ですが、ご安心くださいませ、タイキ様。私の蔵書では、でございます。蔵書の規模の大きい書庫、例えば魔の王様の城に有ります書庫でしたら、何らかのヒントがございますかも」


 謎めいた笑みを崩さず、シーモスは泰樹に手を差し出した。泰樹は顔を上げ、シーモスの手を取って慌てて立ち上がる。


「……マジか?!」

「マジ、でございます。まだまだ探すべき物は多々ございますよ、タイキ様」


 シーモスの顔が、なんだか輝いて見える。


「魔の王様の書庫にはちょっとした知り合いがおります。その方なら力を貸して下さるでしょう」

「やった! マジか!!」

「はい。それも、マジでございますよ!」

「どうして、アンタは俺が帰る方法を探してくれるんだ? 何の得にもならないのに?」

「はい。私も、それがどんな儀式なのか興味がございますし、それに、まったく、得が無いわけでもございません」


 意味ありげに言葉を切ったシーモスは、握られたままだった泰樹の手に唇を寄せた。指先に軽くキスを落とし、うっとりとささやく。


「さあ、タイキ様。儀式の情報を見つけたご褒美に『献血』していただけますよね?」

「う。そう言うことか……」


 結局、シーモスは『食欲』を諦めていない。隙あらば、泰樹から吸い上げようというのだ。『命のかて』を。


「私に触れられて不快だとおっしゃるなら、ご自分でなさっていただいても……よろしんですよ?」

「やめろ! 耳元に息を吹き込むな!!」


 ぞくっ。背筋を冷たいだけでは無いモノが、下っていく。泰樹はシーモスから逃れて、その手を振り払った。


「……『献血』はしねえ! 絶対に!」

「えー。それでは、あんまりつれないではありませんか?」


 こんなに頑張ったのに……不満顔のシーモスを前に、泰樹は決意を新たにする。やっぱり、コイツに触れられるわけには行かない。

 なし崩しに、どんなことになるか解らない。

 だが、うな垂れるシーモスを見ていると、何だか申し訳ないような気がしてくる。

 それを振り払って、泰樹は決めた。


「……どーしてもっていうなら、部屋の外で待ってろよ。『献血』、だけ渡すからよ」

「……それが妥協案ですか? 冷めた体液はあまり美味しくないのですけれど」


 しょんぼりと食い下がるシーモスに、泰樹はきっぱり告げる。


「それがイヤなら、この話は無かったことにする」


 泰樹の決意は固い。それがシーモスにも伝わったのか、彼はため息を漏らしてうなずいた。


「……はあ……わかりました。妥協案で手を打ちましょう。何もいただけないよりはマシです」


 ようやく、引き下がってくれた。内心でほっと息をつき、泰樹はシーモスを部屋から追い出した。



 吐き出した『献血』を小皿にのせて渡す。


「有り難うございます。タイキ様!」


 シーモスは満面の笑みを浮かべて、小躍こおどりしながら帰って行った。


「はあ……」


 やれやれ。どっと疲れた。今日は、本当にいろんな事が有りすぎた。

 イリスにとんでも無いことを聞かされて、『議会』でお披露目されて、『儀式』の存在を知って……濃密な一日だった。

 それでも、元の世界に帰るための『儀式』の存在は解ったし、イリスの館にとどまれることも決まった。先行きはなかなか明るい。


 ――早く、帰りてえな。


 泰樹の脳裏に、妻や子供たちの顔が浮かんで消えない。

 イリスは優しい。シーモスは厄介だが、泰樹の意思を尊重して、一線は越えてこない。それは、有り難かった。

 それでも、やはり帰るべき家は一つだ。


「……あーそれにしても、儀式ってどんなもんなんだろうなー?」


 ベッドに寝転がる。見慣れつつ有る天井を見上げていると、頭の芯が重くなってくる。難しいことは、後で考えよう。諦めて、泰樹は目をつぶった。直ぐに眠りが訪れる。穏やかな眠りの中で、泰樹は何か優しい夢を見た気がした。

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