第16話 さあ、魔の王の城へ!

 泰樹たいきとイリスは、緊張を隠せずに魔獣車をおりる。

 魔の王の城は流石に大きかった。尖塔せんとうがいくつもそびえ立ち、黒っぽい石造りの門も城壁もいかにも頑丈そうだ。よく見ると城を飾る彫刻は細かくて、金がかかった建築であることは城は専門外の泰樹にもわかった。

 イリスの屋敷からも、城は見えていた。だが、改めてふもとに立ってみると、その大きさをまじまじと見せつけられる。一番高い尖塔の先までは、ビルなら15階分はゆうにありそうだ。


「……うーん。ファンタジー……」


 城を見上げた泰樹の口から、小声でそんな感想がもれる。


「こっちだよータイキー」


 泰樹は、ばちんと自分の頬を叩く。城をにらみすえ、腹に力を入れた。


「……気合い入れていかねーとな!」

「うん!」


 イリスの横顔も、心なしかぴりりとして見える。二人は小さくうなずき合って、大きな口を開けた城門に飲み込まれて行った。




『議場』はずいぶん背の高いホールだった。広さもかなりのモノだ。アーチ状の柱で支えられた天井には大きなシャンデリア。その真下に、真っ白な円卓と沢山の豪華な椅子。数えてみたら28脚ある。一つだけやたらと大きな席は、魔の王のモノだろうか。空席になっている。

 その椅子以外の席はほとんど埋まっていて、すでに幻魔らしい面々が座っていた。その後ろに、魔人たちが控えて立っている。

 人間そっくりな姿の者、獣と人が入り交じったような姿の者、昆虫のような姿の者……魔の者の姿形は様々だった。共通しているのは、みな偉そうなのと、身体のどこかにオパールみたいな部分が必ずあることか。

 そう言えば、イリスに人と幻魔・魔人の見分け方を教わった。

 魔の者になると、身体の一部がキラキラした遊色になるらしい。それはイリスのように角であったり、シーモスのように瞳であったり、様々らしいが。

 イリスは迷わず残った椅子に腰掛けて、泰樹はその後ろに立った。

 周りの視線が自分に集まるのを、泰樹は感じる。魔の者たちは興味津々で、新しい『ソトビト』を観察しているのだ。


「静粛に! 『慈愛公』も到着した。早速『議会』の開催を宣言する!」


 ざわついていた議場に、男の声が響く。声のした方を見ると、ブラックオパールのようなキラキラ輝く短髪の男が一人立ち上がっていた。


「本日の議長は私、『苛烈公』ラルカ・ラケフィナだ。本日の議題は、『ソトビト』の帰属について。『慈愛公』、まずは『ソトビト』を披露ひろうしていただこう」


 ラルカと名乗った男は、金色の眼をぎろりとイリスに向ける。その視線が鋭い。こちらをにらんでいるように見えるのは、気のせいだろうか。


「うん。いいよ。こちらはタイキ。僕が見つけた『ソトビト』だよ」


 イリスは立ち上がり、泰樹を指し示す。


「タイキはね、この『島』にたどり着く途中で沢山のことを忘れちゃったみたい。お名前は覚えているけど、どこから来たのか、とかそう言うことは覚えてないんだって」


 シーモスとの練習通りに、イリスはよどみなく説明する。ざわりと議場が騒がしくなる。


「静粛に! 静粛に!」


 わめき立てる議長をよそに、幻魔たちはそれぞれ何かを話している。その騒音を割るようにして、しっとりとしているのに威厳に満ちた女の声が発せられた。


「……それはまことであろうな、『ソトビト』のタイキよ」


 長くてキレイな黒髪の女が、椅子に腰掛けて足を組んだまま微笑んでいる。

 外見は少女のようにも見えるのに、声は艶っぽい。はちゃめちゃな美人だ。唇がきらきらと遊色に輝いている。この美人は、魔の者の印が唇だ。

 直感でわかる。こいつは絶対、敵に回したらいけないタイプだと。


「……ナティエちゃん。『本当だ』って、タイキは言ってるよ」

「『慈愛公』イリス。すまないが直接『ソトビト』に問いたい。よろしいか?」


 ナティエちゃん、はいっそ優しげにイリスに問いかける。ちゃん付けで呼ぶのが、こんなに似合わない女もいないだろう。


「うーん。大丈夫? タイキ」


 イリスは心配そうに振り返る。泰樹は小さくうなずいてみせる。断ったところで、この女には押し切られるだろう。なら、自分からぶつかっていった方がまだ何とかなるような気がする。


「えーと、なんて呼べば良いんだ? ナティエさん?」

「『冷淡公』と。そう呼びかけることを許す」


 氷よりもなお冷ややかに。ナティエの声は冴え冴えとしている。


「なら、『冷淡公』さん。俺は上森かみもり泰樹。『ソトビト』ってヤツらしい、です。でも、俺がわかることは少ねーんだ。答えられることも。だから、なんでも聞いてくれとは言えねー、です」


 偉い幻魔に向かって、どんな風に話せば良いのかわからない。敬語はもともと苦手だ。

 取りあえず、ですますつけときゃ良いだろう。


「ふふふ。おかしな男だな、カミモリ・タイキ。では、改めて、そなたがどこから来たのか問おうか」


 ナティエの遊色の唇が、笑いの形に吊り上げられる。色っぽい。でもそれは、毒の花の類いのあでやかさで。恐怖で背筋がゾクゾクした。

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