【改訂版】異世界に落っこちたおっさんは今日も魔人に迫られています!

水野酒魚。

第1話 落っこちた先は。

「あぁ――――っ!!!!」


 足を滑らせた。そう思った瞬間に、転落していた。命綱が、あるはず。それなのに上森かみもり泰樹たいきは空中を落下していく。


 ――チクショウっ! フックのかかりが甘かったのか……?!


 ここは、骨組みを構築している最中の超高層マンション建設現場。完成すれば20階になるはずのフロア。地上からはゆうに60m以上はある。

 安全対策用のネットもあるはず。どうにかしてそこに落ちることが出来れば、骨折程度で助かるかも知れない。

 泰樹は空中でもがき、何かに捕まろうと闇雲に手を振り回した。


 ──こんな所で死ぬわけにはいかねぇ! 家では、詠美えみと子供たちが俺の帰りを待っている!


 上森泰樹は38歳。恋女房の詠美とは幼馴染みで、二人は若かった頃からくっついたり離れたりを繰り返していた。マイペースな泰樹と勝ち気な詠美は、子供の頃から喧嘩友達だった。

 泰樹は高校を卒業して、すぐにとびの世界の門を叩く。高いところは好きだったし、手に職を付けて早く家を出たかったからだ。

 その頃、泰樹の両親にはすでに会話が無くなっていた。二人の仲は冷え切っていて、あんたのせいで離婚出来ないと、母は良く漏らしていた。泰樹にとって、家は殺伐とした冷たい場所で。

 勉強というモノが苦手だったお陰で、進学は考えなかった。就職して泰樹は息の詰まる家から逃れ、のびのびと生きていくことを知った。

 泰樹が28、詠美が26の年に。二人は結婚する。その頃にはもう、二人ともお互いしか居ないと思うようになっていた。それから二年で長女が生まれ、その三年後には長男が。

 この十年は、順風満帆とは言い難かった。派手な喧嘩もしたし、病気や怪我も有った。

 だが、家族が身を寄せ合って過ごす暮らしは、それなりにしあわせだった。


 ――って、これ、走馬灯ってヤツか?!


 泰樹の脳内を様々な思い出が駆け巡る。

 時間が引き延ばされたように。いつまで経っても、着地の衝撃は訪れない。轟々ごうごうと耳を打つ風の音。全身に感じる、浮遊の感触。

 泰樹はつぶったままだった眼を開いた。眼前に広がるのは、緑の大地とあおい海。大きな島が見える。島の上には建造物らしきモノが見えているが、泰樹が建設中のビルは見当たらない。それどころか、ビルらしき建物は一つも無い。

 おかしい。現場は首都圏の新興住宅地だったはずだ。

 それに、どう考えても、60m以上は落ち続けている。ここは……ひどく冷たい。とてつもない高所だ。ヘリコプターや飛行機が飛んでいるような高さ。泰樹はいつの間にやら、天空にぽつんと独り投げ出されていた。


「あああああああぁぁぁ――――!!!!」


 悲鳴を上げる。風圧と冷気で唇が凍りそうだ。落下している。落下し続けている。テレビでみたスカイダイバーのように、手足を広げてみた。そうすると、落下のスピードが多少弱まる気がした。地面が、どんどん近づいてくる。スカイダイビングと違って、泰樹にはパラシュートがない。地面とキスすれば、あわれ一巻の終わりだ。


「いやだ! くそー!! 死にたくねー!! 死にたくねぇぇぇぇー!!!!」


 ――神様仏様! 悪魔でも妖怪でも、もう何でも良い!!


「――助けてくれえぇぇぇぇ――――!!!!」

『うん。良いよ!』


 涙目で叫び続ける泰樹の脳内に、そんな言葉がひらめいた。

 次の瞬間。泰樹は何かに抱き留められていた。勢い余って鼻をぶつける。


「痛てえ……」


 涙目で、泰樹は鼻をさする。目の前には白くて硬い鱗のようなモノで覆われた、巨大な体。体温がある。冷え切った身体にほんのりと熱が伝わる。生き物だ。それも大きな。


 ――助かった、のか……?


 白い生き物は鉤爪かぎつめの生えた指で泰樹を抱きかかえている。けして小柄では無い、成人男性一人を軽々と包み込む大きな手だ。人間ではあり得ない。

 恐る恐る泰樹は顔を上げる。


『ねえ、君、大丈夫?』


 泰樹の顔を覗き込んでいるのは、恐竜のような巨大な顔。真っ白な鱗に覆われたその顔のてっぺんには、一対の輝く角が生えていた。

 それはまるで真珠か何かで出来ているみたいに、陽光のもとで不思議な色に煌めいている。


「……あ、あ、あ……っ」


 ゲームや映画か何かで見慣れた、それは。

 ――ドラゴン。竜としか言いようのない生き物。


 ひとまず墜落死は免れたようだ。驚愕と安堵と疲労とがいっぺんに襲ってきた。ドラゴンの手の中で、泰樹はふつりと気を失った。

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