隠し事?

 あれから一ヶ月後。

 毎日慌ただしく過ごしていた。

 テストの勉強をしたり、空が嵐と井口と遊びに行くとかでついてきてと言われたりで考えがまとまらなかった。

 だが、ようやくまとまり、話す決心がついた。

 だから俺は風紀委員会室の扉を叩いたのだ。

 中に入ると前川さんがいたけれど、お茶を淹れたら出ていってくれた。

 弥生さんが事前に話していたのかもしれない。

 俺は座って一息ついてから言葉を発した。


「長らくお待たせしてすみませんでした」

「そんなに長くもなかった。これからなすび頭とあいつの弟が来るから少し待ってて」


 話すなら織パイセンにもって言っていたからな。俺が入ってきた時に連絡をしたのだろう。

 それから少しして風紀委員会室に二人が入ってきた。

 二人は弥生さんと同じところに座った。

 零矢は弥生さんの隣。零矢の隣に織パイセンという感じになっている。


 その三人から注目されている。

 

「そんなじっと見られると緊張するんですけど。何から話せばいいんですかね?」


 一応まとめてはきたけれど、三人が本当に聞きたいことが何か分からないからな。


「じゃあ、僕に似てるって人のことを詳しく」


 弥生さんが言った。

 彼のことから、か。俺が整理をつけるのが難しかった人。

 今でも彼のことをまとめることなんてできていない。


「何にも縛られず、どこまでも行ける浮雲のような人でした。そして俺の大切な、守りたい人で……けど、誰の助けも求めない強い人。一見怖いし、実際怖かったです。それでも、そんな彼の微笑みからは優しさも伝わってきて……」


 俺は話しながら、自分の頬に流れているものに気がついた。

 俺は泣いているのだ。もう一つ気がついたことがある。

 俺は彼が、好きだった。

 今更気がついても、もう遅いのに。俺はバカだなあ。


「全部過去形で話すんだね」

「過去のことですから」


 涙を拭いて笑って言った。

 過去のこと。時は巻き戻らない。

 それが分かっていたから、あの世界で必死に生き抜いたのだ。

 悔いは残していない。

 別の世界で生まれ変わるとは思っていなかったけれどな。

 こんなラノベのような世界に、な。


「そんな君に追い打ちをかけるようで申し訳ないのですが、僕に似ているという人のことも聞いてみたいですね」


 織パイセンが言った。

 零矢も頷いている。


 あいつのことか。

 あいつのことも、整理するのは難しかった。というか、仲間のことをまとめるのは俺にとって、とても難しい。

 俺の仲間はみんな個性豊かだったから。

 

「あいつを一言で表すなら、神出鬼没です。利害が一致した時だけフラッとやってきて俺を助けてくれる。変な笑いをしてたし、パイナップルヘアーだし、お菓子置いといたら勝手に取っていくし……散々迷惑をかけられましたね。けど、そんなあいつも俺の大切な守りたい人でしたよ」


 俺は最後に笑った。

 織パイセンは少し引き攣った顔をしている。


「なんかそれだけ聞くと随分変な人に思いますね……」

「まあ実際変な奴ですよ。あ、零矢に似た女の子も連れてましたね。もちろんその子も、俺の守りたい人でした」


 そう言うと零矢が微笑んだ。

 兄に似た人と自分に似た人の話を聞けて嬉しかったのかな。


「これが一番聞きたいんだけど」

「なんですか?」

「君のその話は一体いつの記憶なの?」


 弥生さんは聞いてきた。

 聞かれると思っていた。その答えは一つしかない。

 この三人は笑わないでいてくれるという自信がある。


「俺、別の世界で生きた記憶があるんです」


 三人をしっかり見て言った。

 思っていた通り笑わなかった。

 受け止める時間は必要だったみたいだが。


「そういうことだったんだ」


 弥生さんが頷いた。


「なにがですか?」

「君が、遠い場所にいてもう会えないって言ってたからどういうことだろうと考えてたんだ。でも、ようやく合点がいったよ」


 そういえば、弥生さんにそんなことを言っていたな。

 俺の何気ない言葉で余計に混乱させてしまっていたか。

 今話したから良しとしよう。


「君の隠し事はそれでしたか。思っていたより単純でしたね」

「え?別の世界の記憶があるって言ってるんですよ?」

「だって、君は君じゃないですか。君は、翠花学園の生徒会副会長、久保成海。そうでしょう?」


 織パイセンは自慢げに言った。

 俺が隠していたことを、単純だと言った。

 零矢も、その通りだと言うように頷いている。


「あーもう、隠してた意味ないじゃないですか……俺はまだ元いた世界のことを、仲間のことを考えてしまいます。それでもいいんですかね?」

「別にいいんじゃない?忘れたくないんでしょ。それに、また会えるかもしれない。その可能性を捨てるなって言ったじゃない」


 弥生さんはいつだってそうだ。

 俺が今欲しい言葉をくれる。

 忘れたくないなら忘れなくていい。

 また会えるかもしれない可能性、か。


「可能性、あるんですかね?」

「さあね、あるって思っておけば?」

「無責任ですね」


 とても弥生さんらしい答えだけれどな。

 あると思っておけば、気持ちも少し落ち着く。


「三人に話せて良かったです」


 俺は笑って伝えた。


「そうですか。他の方には話すんですか?」

「うーん、まだ、ですね」

「彼らも笑わないで聞いてくれるとは思いますよ」

「もう少しだけ、なにも知らないでいてほしいんです」


 それが俺の望み。

 空達にはまだ言いたくない。

 関係が変わってしまうかもしれなくて、怖いから。

 

「会長は、きっと、久保くんの記憶ごと受け止めてくれる、と思う」


 零矢が言った。

 織パイセンの言葉に頷いていた零矢だったけれど、ちゃんと自分の言葉で伝えてくれた。


「ありがとう零矢。いつかちゃんと言うつもりだからな」

「うん……」


 いつか、それがいつになるかは分からない。卒業までには言おうと思う。

 

「成海」

「はい?」


 弥生さんに名前を呼ばれ、返事をした。


「ただ呼んだみただけだよ。成海は、成海。それを僕も伝えておきたかったから」


 弥生さんが顔を赤くさせて言った。

 俺は思わず笑った。


「ありがとうございます。弥生さん」


 この世界でも守りたいものができた。

 信用できる人ができた。

 俺はいつか、俺が前に生きていた世界の記憶を忘れる日がくるのだろうか。

 そんな日はこないでほしい。

 けれど、たとえそんな日がきたとしても、今の世界が一番だと笑っていたい。


 俺の秘密を三人だけに打ち明けたこの日に、俺はそう思ったのだ。

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