第5話 練習相手

(なんでだろう……猛烈に嫌な予感がする)


現在、バトムスの前にはニコニコと笑みを浮かべているアブルシオ辺境伯がいる。


バトムスにとって、両親の雇い主と会って話すことは特に珍しいことではない。

ニコニコと笑顔を浮かべるギデオン・アブルシオと対面することも珍しくなく……寧ろ、ギデオンと対面する時はニコニコと優しい笑顔を浮かべている時の方が多い。


だが……何故か、今日に限って非常にそのニコニコ笑顔から嫌な予感を感じるバトムス。


「実はね、今日はバトムスにお願いがあるんだ」


「お願い、ですか?」


お願いと言いつつも、テーブルの上には袋が置かれている。

中身は勿論……金貨である。


つまり、お願いと言う名の交渉である。


「今度ルチアが参加するパーティーで、ダンスを踊る機会があるんだ」


「そう、なんですか……………………え゛っ…………まさ、か」


まだソプラノボイスが出る年齢にあるまじき声を零すも、今のバトムスにそんな事を考えている余裕は一切ない。


「はっはっは、流石察しが良いね、バトムス」


「いや、あの……その、本当に相手は自分じゃなきゃ、ダメなのですか?」


ギデオンのお願いとは、バトムスにルチアのダンスパートナーとして練習を行ってもらうこと。


「俺以外に適してる人はいると思うのですが……兄のハバトとか」


「うん、確かにハバト君とかも良いんだけど、会場で好意的な相手とだけダンスを踊るとは限らないからね」


(貴族のダンスパーティーって……申し込まれたら、基本的に踊らなければならない、だっけ?)


以前、自分とリバーシでもう一戦する為に、特に興味がない令息からプレゼントとして貰ったアクセサリーを対価として渡されたのを思い出し……諸々の事情を把握。


「まだ五歳のルチアには難しい事だと解ってるけど、なるべく好みではない相手と踊ることになっても、それ相応の態度で踊って欲しいんだ」


「………………中身、確認させ頂いてもよろしいでしょうか」


「勿論」


ゆっくりと袋の中身を確認すると……中には大量の金貨、だけではなく、数枚の一枚の白金貨も入っていた。


(…………受けないと、ダメみたいだな)


そもそも子供に払う金額ではない。


しかし、アブルシオにとってはバトムスのアイデアのお陰でがっぽり儲けさせてもらっている為、寧ろもう少し金額を増やしても良かったかもしれないと思っていた。


「……分かりました。頑張らせていただきます」


「ふふ、ありがとう。バトムス」


(ダンス、ダンス……ダンスねぇ~~~~~)


心の内で盛大にため息を吐くも、執事見習いの仕事を行わない良い口実になるかと思うと、ほんの少しだけ心が軽くなった。



「な、なんであんたがここにいるのよ!!!!!!」


「うっせぇ。当主様に頼まれたんだよ。お嬢の練習相手になってやってほしいってな」


「はぁああああ!!!!!?????」


五歳の子供の中では割と聡明な部類ではあるが、当然ながらまだ何故父がバトムスをダンス練習のパートナー相手として選んだかは理解出来なかった。


「……あんた、ダンスの練習したことあるの?」


「ねぇよ」


「はぁあああっ!!!???」


本日二度目の怒号? に、耳を塞ぐバトムスとダンス指導を行う先生。


「あぁ~~~~、もううるせぇうるせぇ。だからサボらず真面目に練習するんだよ」


既に報酬は受け取ってしまっている。

であれば、本気で応えなければならない。


バトムスは講師から教えられる内容を一言一句零さず、頭に叩き込んで何度も何度も反復練習を行う。



「……バトムス君は、もしかして経験がありましたか?」


「いえ、特にありませんが。うちの両親は一応騎士の爵位は持ってますけど、領内限定みたいな立場なので」


「そうでしたか。しかし、とても筋が良いですよ」


講師の女性は過去に男装し、令嬢の練習相手を担当していたこともあり、男性側の心得なども把握している。


その為、ルチアと一緒に指導を行っているのだが……まだ練習三日目にして、とても五歳児が練習を始めたてとは思えないほど上達していた。


(若い子の上達は早いと言いますが、この子は本当に呑み込みが早いですね)


バトムスは戦闘での訓練時、ただがむしゃらに訓練に取り組むのではなく、自分の体を上手く扱うことを気にしながら動いていた。


加えて前世の経験から、自分には跳び抜けたセンスはないため、何かを覚えるには反復が必須だと理解していることもあって、高い集中力を保ち続け……講師から教えられたことを吸収していた。


「ぬぬぬぬぬぬぬっ!!!」


「……お嬢、面白い顔になってるぞ」


「うるさいですわ!!!!」


ブツブツと文句が止まらないルチアではあるが、自分の練習を疎かにすることはなく……寧ろ隣で嫌な奴が頑張っており、褒められているということもあって、自分も!!! とやる気に満ち溢れていた。


「……お嬢、本番はもう少しその顔、どうにかした方が良いぞ」


「っ…………う、うるさいですわ」


音楽に合わせて踊っている最中、自分をずっと睨みつけてくるルチアに対してツッコみを入れるバトムス。


対して……本番は、という単語を聞いてバトムスが何を言いたいのか察することに成功したお嬢ことルチア。

ここにきて、ようやく何故バトムスが練習相手なのか理解することが出来た。

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