第2挑☆チョウ・ダンサー・バタフライマン 紫色の秘密

 私の名前は紫燕むらさき つばめ。身長190センチ、手足がロングでスタイル抜群、自他ともに認める美しい超人類です。

 特技はダンス……私のしなやかかつなめらかな動きはもはや旋律。緩急自在、時には疾風のごとく鋭く舞い、時には夕凪のごとく静寂を司る。特技と言うには弱い、弱すぎる。もはや私はダンス界のレジェンド。


 それを証明するかのように、私の動画は公開すれば1時間で軽く100万回再生突破。ショート動画でもロング動画でも即バズる。総再生回数は200億回を超えます。

 つい昨日出したダンス動画「プリンプリンプリンボ―ン」も、生命の誕生を限界までスリム化して表現してみましたが、もうバズっちゃってます。


「失礼します」


 おや、執事が紅茶を持って入ってきました。この香りはローズヒップティー。


「燕さま、どうぞ」


 一人掛けのソファの傍に置いているサイドテーブルに、ピンク色のバラ柄のティーカップを置き、ポットから赤色の紅茶を注ぐ。この執事の男の名前は青葉瀬芹あおばせ せり。私の言いつけに従って髪を青く染め、上下青色の燕尾服を身に着けています。

 芹には日焼けは似合わない……褐色の肌は私のアイデンティティ。芹は美白担当。だから、芹には毎日全身日焼け止めを塗り、紫外線対策をきっちりするように命令してあります。芹の白くなめらかな長い指。うんうん、爪先までしっかりケアしてありますね。


 エクセレント! 芹は世界で二番目に美しい男。一番は? そんなの言うまでもありません。この私に決まっているでしょう!


「見ましたか? 芹」


 私の問いかけに、芹はイエスとしか言いません。


「はい。昨日のプリンプリンプリンボーン、再生回数3000万回突破しました。すでに下界の者たちが真似をし始めております」


「ふふふふふふ、まあ、可愛いではないか。よいよい、踊り狂ってバズらせてくれたらよい」


「やはり、チョウ・ダンサー・バタフライマン……燕さまのダンスは世界一、いえ、宇宙一です」


「まあ、世界を手中に収めてしまった今、私にとってダンスは戯れ……そんなことより」


 私はローズヒップティーを一口飲んだ。


「んんっ、酸っぱい! 酸っぱいですよ! これがたまらないんですけどね!」


 私が顔をすぼめている一方で、芹は壁一面に広がっている縦3メートル、横12メートルのスクリーンの電源を入れました。


『~幻の蝶を追い求める者に捧ぐ~』


 もう何万回、いや何百万回と見た気がするフレーズです。


「芹、オープニングは飛ばして」


「はい」


 芹はスマホに似たリモコンを操作しています。次に、競馬をほうふつとさせるようなファンファーレが鳴り響き、画面にはゲームのタイトルが現れました。


『ファイナルレジェンドバタフライファンタジー Ⅹ』


「いつ見てもいろいろてんこ盛りのタイトルですね。芹、このゲームは一作品しかないのですが、なんで『Ⅹ』ってついているか知っていますか?」


「このゲームの作者がゲーム作成に失敗した回数が9回で、やっと成功したのが10回目だからです。作者の中では10作品目ということなのでしょう」


「さすが芹、知っていましたか」


「先日、村人が答えているのを見つけました」


「ふふ。しっかり監視しているようですね。……で、肝心のゲーム状況は」


 次に画面に広がったのは、私のプレイヤーデータです。

 見た瞬間でした。


「ぶっふうううううう!!」


 再び口に運んだローズヒップティーを盛大に噴き出したのは。


「な、ななななななな、な」


 いえ、もう、言葉になりません。頭の中に小田和正がいます。芹は冷静に床に飛び散ったローズヒップティーをナプキンで拭いています。

 なぜ! どうして!! 私はそんな冷静になれない!!



『マスター ムラサキ ツバメ

 バタフライ数 199万9952匹

(SSR 9034匹 SR 17万834匹 R 81万2452匹)

 プレイヤー数 48人 MAXレベル325

 保有している最上級レジェンドバタフライ シタトミトゥム


 相手マスター ベニモン アゲハ

 バタフライ数 200万3匹

(SSR 9100匹 SR 17万867匹 R 81万2453匹)

 プレイヤー数 49人 MAXレベル333

 保有している最上級レジェンドバタフライ グングニル』



「あ、あ、あの女ぁああああ!! いつのまにグングニル獲っちゃったのですか!? ちょっと、大日影おおひかげは何やっていたんですか!」


「大日影はグングニルを前にして、敵のからすと戦闘した結果敗れました」


「なんてこと! ……そうですか、だからMAXレベルが325に下がっているし、プレイヤー数が1人減っているってわけですね」


 許せません。断じて許せませんよ。グングニルはこの半年をかけてずっと探し求めた最上級バタフライです。この私のものになるはずだったのです。それが、なんであの女のものになっちゃっているんですか!!

 あの女にグングニルは似合いません。不釣り合いです!! しかも、大日影がやられたなんて。


 あれ? 待ってください。大日影が死んだということは、大日影が持っていたロンギヌスも取られたってことじゃないですか?


「オーマイガッ!!!!!」


 この怒り……っ、悲しみ、絶望!! ダンスで表現するしかありません!


「芹っ、ミュージック流して!」


「かしこまりました」


 ああっ、芹っ、有能な執事……っ。今の私の気分にぴったりの曲を選びましたね。煮えたぎる怒りを抑えて……爆発させる! この腕が、足が、指先がっ。銀色の髪の毛一本まで私の心を表現します。

 この狂おしいまでの情熱っ、芹、ちゃんと撮影していますね!?


 私はひとしきり踊って、額から汗を流しました。背中も汗ばんでいます。芹はどこからともなくふんわりタオルを差し出してきました。


「芹、撮れましたか?」


「もちろんです。後ほど編集して、燕さまの魅力を最大値まで上げ、投下いたします」


「あなたの編集技術はピカイチですからね。信頼していますよ」


「ありがとうございます」


「……で、問題は、こっちですよ」


 私は改めてスクリーンを睨みつけました。


「アゲハにグングニルを獲られてしまいました。次の最上級レジェンドバタフライは、なんとしても獲らなくてはなりません。プレイヤーの中で、情報を掴んだ者はいますか?」


「いえ、今のところまだ」


「ええいっ、ポンコツどもめ。HP回復の泉を減らしてやりましょうか」


「それはご自身の首を絞めることになるかと。それより、プレイヤー数がまた一人減ってしまいました。最大50名まで登録できるのに、2名も欠けているのはよろしくないかと」


「たしかに、そうですね……。新たなプレイヤーをスカウトする必要がありますね」


 私が思案していると、芹が動画チェック用のスマホを差し出してきました。


「燕さま、昨夜、このようなDMが届いていたのですが」


「DM……?」


 芹からスマホを受け取り、DMを見ました。



『拝啓 チョウ・ダンサー・バタフライマン様

 あなたのダンスに心の底から猛烈に憧れていて夜も眠れません。

 どうかあなたの弟子にしてください』



「なんなのですか、このおバカな申し出は……ん?」


 DMの末尾にあった名前を見て、私は目を見開きました。


「大一文字……挑!? チョウですって!?」


 私の脳天に雷が落ちたようです。チョウ! なんて運命的な名前でしょう!!


「このDMを送ってきたのはチョーアンドカイソンという奈落の底レベルの底辺クリエイターのようですが、ちょうど二人組です」


「よいでしょう。泥水の一滴をすくうようなものですが、その一滴が聖水になるかもしれません。私の直感です。この者たちを、我が屋敷に引っ張ってきなさい」


「かしこまりました」


 芹は一礼すると、すぐさま部屋を出ていきました。仕事が早い男です。すぐに身元を割って連れてくるでしょう。

 私は芹がテーブルに置いていったリモコンを取り、スクリーンに向き直りました。


「たまには私自身の目で、プレイヤーをチェックしておきましょうか」


 そう……今、私が命を賭けてプレイしているゲーム、


『ファイナルレジェンドバタフライファンタジー Ⅹ』


……これを、アゲハより先にコンプリートしなければなりません。

 真に世界を我が手中に収めるために。



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