第34話 リリーガとフェルナンド
呼び出しのアナウンスが流れてから5分後。
目が虚ろなリリーガが現れた。
敬礼をする手に力がない。
「大佐、リリーガ少尉であります。何用なのでしょうか、であります」
これはおそらく、アーヴァデルチェが航行していないからの力のなさであろう。
「リリーガ、この操舵する時って、少し左に傾いているかい?」
彼女の目が急にキラキラと輝きだした。
操舵のことになれば、生気を取り戻せるらしい。
現金な女性だ。
「その通りであります。大佐。普通に航行すると、左に傾いているであります」
「な、なんだと!」
ララーナとフレンは驚いた。
「なのでそれを利用して真っ直ぐ飛ばしているのであります。やや難しいのでありますが、私にかかれば何の問題もないのであります。艦の癖だと思ってますであります」
ジャックの言ってる通りじゃん。
・・・ん!?・・・え!?
今まで真っ直ぐ飛べてたのって、ただこいつが凄かっただけなのか。
ってか、まじでこいつ凄すぎないか。
とんでもないこと言っているよね。
癖ってそんなわけあるか!
いや、そもそも傾いてるのに真っ直ぐ飛ばせるものなの!?
誰か教えてください。
いやいや、それにしても、操舵の話になるとニコニコだよね。君。
本当、面白いわ。
ララーナがジャックの頭を軽く撫でた。
「そうか、そうだったのか。リリーガが上手く操舵してくれなかったら戦争の時も左に行ってたってことか。ありがとな坊主。……ちょっと直すわ」
「お、おいらも手伝いたいです」
「おお、いいぜ。面白い坊主だな。研究だけ出来るわけじゃないんだな。よし手伝ってくれ」
「この子は、たぶん整備もできるよ。研究棟で溶接してたくらいだもん。ララーナも仕事の手が空いた時でもいいからさ、この子の研究とかに付き合ってくれないか?」
「いいぜ。アルの旦那。この坊主の世話は任せろ。あたしに付いてくれば坊主もこの艦で舐められんだろうしな」
面倒見のいいララーナは、俺の願いを聞き入れてくれた。
二人で、修理兼エンジンの足りない部分を作り変えている。
「大佐、私は、あとなにすればよいですかであります」
ああ忘れてたと俺は思い、リリーガの方を向く。
「うん。リリーガはもう仕事に行っていいよ。ま、基本は待機だけど。……質問答えてくれてありがとね」
「はっ。また何なりとであります」
操舵についての話が終わり、操舵についての仕事がないためか、彼女は暇そうな顔をして去っていた。
操舵出来ないから、目が死んでいるんだと思う。
俺は、彼女の背中を見送った。
十分後。
二人の仕事の手が止まって、外の廊下に戻る。
「よし。これでいいはずだろ。坊主どうだ」
「はい。これでピッタリ合うと思います」
「アルの旦那。しっかし、こんなすげぇ優秀な奴をよく捕まえたよな。……連邦の本部もこんな子を野放しにしているとはな、ったく見る目ねぇな。この実力ならよ、重要職につけてもいいくらいだぜ。……ま、旦那は、人を見る目があるぜ、さすがだ」
といいながらララーナは流れるように火をつけて煙草を吸う。
「まあね。でもたまたま出会えただけなんだ。運がよかったんだ。……それじゃあ。もう一人に会わせなきゃいけないから、ララーナまたね」
「ああ。またな旦那」
壁に腰かけながら煙草を吸うララーナは、とにかく格好良かった。
「おいアル。あたしには。ほれ、ほれ」
ララーナに言ったように「またね」と言ってほしそうな顔のフレン。
俺はそれを見透かしているぞ。
ということで。
「あ。じゃ。フレン」
「なんだよ。そのテキトーなのはよ。ちぇ」
フレンは、とにかく格好悪かった。
足で軽く地面を蹴りながらいじけていた。
宙空機部隊の職場。
その入り口から見える場所に彼はいた。
俺が手を振ると彼は笑顔で手を振り返してくれた。
「フェルさん、ご苦労さんです。……今日はね、この子を紹介したくて来たよ。この子ね」
ジャックを前に出す。
「あ、アルさん、チッす」
軽い挨拶から始まり。
「…へぇ~、俺に……しっかしちっこいな。まだ子供だろ」
フェルさんは、ジャックの頭を撫でた。
「……ん~。ま。でもアルさんが連れて来たんなら優秀な子なんだろうな…よろしくな、ちっこいの。俺はフェルナンドだ」
フェルさんもまたララーナ同様に察しがいいみたいだ。
「ジャックです。よろしくお願いします」
「ジャックね。ジャー坊でいくぜ」
何だそのセンスは。
君も頷いているけど。ジャック君もそれでいいのか?
いつも陽気で飄々としているフェルさんは、皆と接する時と同じ態度で、子供であるジャックにも対応してくれた。
「そんで俺に何の用?」
「いや、この子が研究と開発ができるからさ。ここの宙空機を一通り見せて置きたくてね。だからフェルさんの所に来たってわけ」
「おお。そういう用事か。じゃあ見てってくれよ。ジャー坊、ここらは俺の庭だからな。ジャー坊はいつでもここを自由に歩き回っていいぜ」
フェルさんは快く快諾してくれた。
「ありがとうございます。それじゃ見て回ります」
丁寧に感謝し、ジャックは真剣な表情で一つ一つ見て回った。
こういう場所で働きたかったのであろう。彼の目が輝いていた。
なんかこう、目が違うね。
いい表情だよ、キリっとしてる。うんうん
ちゃっちゃか動いたジャックが、見終わったのかこちらに戻って話しかけてきた。
「ここの古い型ですね。……でも、おいらが開発した鉄板にすればなんとか戦えるようになるかもしれないよ」
「なになに。それはどんなのモノなんだ?」
フェルさんが身を乗り出して聞く。
「これです。これ! この特殊なアルマダン鉄とスルート鉄を配合した鉄板にするだけでおそらく帝国の装甲と機動力に負けないようにまで持って行けますよ」
ジャックが自分の持っている端末の映像を見せてくれた。
「まじか。ジャー坊。それだとほんと助かるぜ。最近よ、帝国の野郎と戦う時に、速度で負け始めていたから、なんかおかしいなと思ってたんだ。なるほどな。装甲と機動力で負けてたのか」
いやまじで、この子。本当に優秀だよ。
とても子供とは思えない。
来てくれてよかったぁ~。
「大佐、今からさっき言った鉄を用意してもらってもいいですか。あとララーナさんにも連絡をしてもらえると助かります」
「いいよジャック。今用意するし、呼び出すね」
緊急でララーナを呼び出して、整備班とジャックで、装甲板の変更方法を模索している間に、必要な鉄を発注した。
その仕事の光景を見ながら俺とフェルさんは会話をする。
「おいアルさん。ほんとにいいやつ見つけたな。やっぱりアルさんには優秀な奴が集まるんだな。俺を含めてだけど」
さらっと自分を自慢してきたフェルさん。
俺はスムーズに無視して答える。
「まあね。でも俺的にはたまたま出会っただけだからさ。…‥でもさ、うちの艦隊だけが強くなってもさ、連邦全体が強くならないと意味がないよね。ああいう子が、重宝されない連邦ってどうなってんだよ。ホントにさ」
「それならアルさん、いい解決策があるぜ」
フェルさんは、ニカっと笑った。
「ほうほう。それはなんだい?」
「そりゃよ、単純なことでさ。アルさんが軍のトップになればいいんだよ。アンタなら、きっと帝国を倒せるはずだからな。ていうかアンタしかいないな」
「ええええええええええ」
な、何言ってんだよ。
無理だろうが。
何言ってんだこいつ。
人には出来ることと出来ないことがあるんだよ。
「いや無・・・・」「た、大佐。緊急連絡が入っていました」
俺が無理だろと言おうとしたその時、カタリナが慌ててやって来た。
ずっと探し回っていたのか。
息を切らしていた。
「はぁはぁ。か、海賊が出たそうです。はぁはぁ。……惑星ヘルスカランに五千隻も出現したそうです」
今までずっと笑顔だった俺から、表情が消える。
憎しみの感情に支配されて一瞬で顔がこわばった。
俺は、全ての準備を放り投げて、ある場所へと走り出した。
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