第195話

「お疲れ様」


「おうお疲れ。たっく、姫さんには振り回されてばかりだよ。いきなりパーティーやるっていうんだからさ」


「でもまあ、気心知れた人間しかいないし、それはそれで楽じゃない?」


「まあ確かに。うるさいセリスもいないしな」


 シャノンはそう言うと、皿に追加の料理を加えていた。

 パーティーも終盤になった頃、一通り食事を終え椅子に座って雑談をしている私達と、まだ食べているルティスがいた。


「そう言えばこの前の声の主は何かわかったことはあるんですか?」


「声の主? ああ、あれか。そうね……まだわかってないかも」


 私はアイリスにその出来事の説明をした。

 するとアイリスは、もしかしたら自分の声なんじゃないかと言い、私はよく考えてみた。

 確かに聞き馴染みのある声であったのは確かだが、それが一体誰の声だったか。セリスの声の様で少し違う。身の回りの、近くに居る人の声だった。


「確かにそう思えば、自分の声だった気もするけど……だとしたらなんで? あの世界は心の声が聞こえるのかしらね」


「そこまではわかりませんが、潜在意識との会話だったのかも知れませんね」


 パーティーもお開きになったが、私は考え事を続けており、屋敷に帰る道中も何度も低い段差に躓いていた。

 本当に自分だったとすれば、これは自分でやったことなのだろうか?

 至高神の世界に行った時に、自分の身を守るために行ったことだと言うのか?


「お風呂、先に入りますか?」


「え? ああ、うん。ありがとう」


 ぼーっとしていた私にハナがそう言うと、私は慌てて返事をし、入浴の支度を始めた。


「何か考え事ですか?」


「ミオ……」


 クローゼットから下着を取り出していると、ミオが隣に立ってそう声を掛けてきた。


「よくわかるね」


「それなりに一緒にいますので、少しは感情の機微はわかるようになりましたよ」


「へぇ。それは……で、一緒に入ってくれようとしてるの?」


「……お望みとあらば」


 頬を若干赤く染めたミオがそう言うと、私も少し照れてしまった。

 その様子が可愛過ぎたのだ。私は思わず抱き締めてしまった。


「な、いきなり何を……」


「ごめんね。ちょっと今凹んでるから……」


 そう言って私はしばらくそのままでいた。

 ミオと一緒に入浴を済ませ少し涼んでいると、思い詰めた顔をしていたのか、ミオはまだ心配そうに私を見つめていた。


「体、動かしますか?」


「どうしたの急に」


「モヤモヤしていたら体を動かした方がいいのかなと……」


「じゃあ……ストレッチでもしようかな」


 私はマットを敷いてその上に座った。

 ミオに背中を押してもらいながら前屈をし、ミオにも同じことをしてあげた。


「スッキリしたね。これでよく眠れるよ」


「そうですか? そうは見えませんが……」


 ミオはそういうと、添い寝までかって出てきたから、私は流石にとそれは断った。

 夜明け前に目が覚めた。

 まだ星が空を照らし、月が私を見つめていた。そんなまだ暗い空が窓の外には広がっていて、世界を包み込んでいた。

 私は知っていた。自問自答のその先に答えがないことを。もしかしたら、こうして悩んでる自分に酔っているのかも知れない。

 虚しさと悔しさが同居するこの躯体を、どうにかできないだろうかと爪を立てて掴んでみるが、どうにもならなかった。


「何やってるんだろ……私」


 そう呟いてみても、何も変わらない。私はそんな失望を溜息に乗せて吐き出した。

 夜明け前の冷えた空気に冷やされたその息は、白く染まり呆気なく消えて行った。

 見えなくなった失望から希望だけを取り出して吸い込もうとしたが、当たり前だがそんな事できなかった。

 マッチを擦りランプに火を灯す。その僅かな光では身体を温めることはできないので、部屋を出て階段を降りる。ギィと音を立てる床と、ランプの仄かな光。リビングを横切った時、何か存在を視認した。


「ルティス?」


「あ……」


 残っていたパンを食べているルティスは、私の顔を見てその膨らんだ頬を萎ませることに必死だった。


「おはよう」


「お、おはよう……」


 私は水を飲んでその冷たさで頭が痛くなった。

 その様子を見ていたルティスは私を心配そうに見ていた。


「だ、大丈夫か?」


「ええ……大丈夫。朝はやっぱり冷えるね」


「そうだな……冬は苦手だ」


 ルティスはそう言うと、部屋に帰って行った。

 私は一人、テーブルに着いてお湯が沸くのを待っていた。

 コンロの炎を見つめている。揺れる炎がまるで私の心模様の様で、それがどうなるのかが気になって目を離せなかった。


「おはようございます。お早いですね」


「ええ、目が覚めちゃって……コーヒー飲む?」


「私がやりますよ!セレス様は座っていてください」


 ハナはそう言うと、私は制してからキッチンへと向かった。

 手際よく豆を挽き、ペーパードリップをし、良い香りが屋敷中に立ち込める。

 私はその香りだけで眠気が覚めてきたように感じたが、数秒後欠伸が出た。


「まだ眠いんですか?」


「ううん、欠伸が出ただけ。ハナも早いけど大丈夫なの?」


「はい。私はいつもこの時間なので」


 ハナはそう言うと私の隣に座り、少し体を寄せてきた。


「なになに? どうしたの?」


「なんだか最近、セレス様の温もりを感じていなかったので……」


「確かに。最近はそばに居るのがミオなこと多いしね」


 そう言うとハナは私の腕に思い切り抱き付いた。


「えい!」


「わっ!本当、どうしたの?」


「いっぱいセレス様成分を取り入れようかなと」


「だとしても……なら、ベッドにでも行く?」


「またいやらしい事をするつもりですか?」


 ハナは嫌そうな顔をしてそう言うと、私はハナの頭を撫でた。


「そんなことしないよ」


「えへへ……久しぶりに頭を撫でて貰えました」


「そんなに嬉しいの?」


 私は呆れ気味にそう言うと、ハナは私に向かって上目遣いを使って来た。


「な、なによ?」


「えへへ、セレス様照れてますね」


「て、照れてないわよ!もう……私、散歩しに行ってくるわね」


「あ、待ってくださいよ」


「待たない」


 私はそう言って外へと出た。

 気の向くままに歩いていると、気付けば城壁の外へ出ていた。

 平和になったもんだと魔物もいない草原にボロボロになった兵を見つけた。


「ちょっと大丈夫?」


「セ、セレスティア様……」


 気を失いかけている彼に、私は何もできない……いや、彼を背負って私は精一杯走った。


「セレスティア様!」


 衛兵が私を見つけそう言うと、私はさっきの兵を彼に任せてアイリスの元へ向かった。

 寝癖を直したアイリスが毅然とした態度で報告を受けていたが、徐々に顔色が悪くなっていった。


「破壊神ですか……」


「私も存在を知らないわね……リカが知ってそうだけど……」


「よく知っていますよ。厄介な神です」


「リカ……どうしてここに?」


「先ほど屋敷の方に使いの方が来られて……」


 リカはそう言うと、後ろに他の皆んなが来ていることを知らせてくれた。


「その方が早いかと思いまして……」


「流石はアイリスね。それにしても奇襲を仕掛けて来たとは……被害の状況は?」


 私は回復が済んださっきの伝令兵に訊ねた。


「カイン団長を始め、セリス様も負傷されているとのことです」


「セリスが? つまり、相手は神殺しの力を使って来たってことね……」


「はい。かなり傷は深いとのことです」


 奇襲であれば仕方がないが、セリスがそこまで深傷を負うとはと、私は少し難しい顔をした。


「……一度、様子を見に行きましょう」


「あなたがですか? 無茶ですわ」


「力がなくても……私に出来る事があるはずだから……」


 私はそう言って拳をギュッと握り締めた。




 

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