第11話 アルタイルの約束

「んーアイス、冷たくて美味しいです」


 街での用事が済んだ帰り道。屋台で売っていた棒付きアイスを食べながら、家へと向かっていた。

 買い物だけではなく、短冊を書くなんていう私らしくないイベントに参加してしまったため、普段の4倍くらい疲れを感じている。

 ちなみにイデアは「美味しいごはんが作れますように」と書いていた。お願いされる側もこれには頭を抱えるだろう。


「今日は街で食べちゃいましたから、わたしの本領を発揮するのは明日の朝になりますね」


「いいよ。私が作るから」


「いいえ! 今日買ったエプロンと本が泣いています。今すぐ使ってって!」


「『5さいからのりょうりきょうしつ』」


 今日買った本のタイトルを読み上げる。本が苦手そうなイデアが学ぶのを放棄しないようにと子ども向けの本を購入した。

 バカにしているか、と怒られると思ったが、むしろ読みやすいと好評をもらい、そのまま購入したのであった。


「これは宝物なんです。わたしが初めてエルンからもらったものとして大切に読ませていただきます」


 明日もバッチリ作らせていただきます、と宣言を受けた。

 はぁー……とため息を吐いて天を仰ぐ。明日もイデアの朝食か……。

 どうしたら美味しいものを作れるように誘導できるか、と空を見ながら考えてようとしたところ


「……あ」


 つい、綺麗な星空に声が出てしまう。それが気になったのか、イデアも同様に空を見上げた。


「……わぁ!」


 感嘆の声を上げる。街ではほんの数個しか見えなかった星が、自然が溢れた暗い道に入ったお陰だろう。満点の星空と言うに相応しい星空が一面に広がっていた。


「エルン」


 イデアは唐突に私の名前を呼び、手を掴む。

 何をする気、疑問を口にする前に身体に違和感が出た。

 全体重を受け止めていた足が急に軽くなる。まるで地面から浮かんでいるように。


「……!?」


 ようにではない。浮かんでいた。

 今まで掛かっていた重力がなくなったかのように、身体がどんどんと上へと昇っていく。

 

「こんな綺麗な星を地面で見るなんて勿体ないです。一緒に空のお散歩をしましょう!」


 今まであった中で一番楽しそうな笑顔を向ける。

 星や月の光に照らされたイデアが一番綺麗だった。


「あなた、本当は魔法が使えるじゃない!?」


「あはは、普段は使えないんですよ? でも、今みたいに気持ちが『ぱぁ!』ってなったときは不思議な力が使えるんです!」


 言葉に合わせ目や口を目一杯『ぱぁ』と広げる。

 これがイデアにとって幸福を表した顔なのだろう。


「あれが二人を分かつ天の川ですね!」


 空の中でより星の光が密集した明るいところを指さす。

 

「そう。それで天の川の両側に向かい合うように存在する明るい星が、恋人同士」


「ちょっと青白い光の星ですか?」


 私の説明が上手く伝わったようで、イデアは一つ目の星をすぐに見つける。正しいと頷き、そこから向かい合う白い星を指で辿るように示す。


「これが恋人同士の星……」


 輝く星を何か思うことがあるように眺める。かと思いきや、突然口を窄めて、荒い息を吹き出した。


「ふー、ふー」


「何してるの……」


「わたしの息で天の川を吹き飛ばそうと思いまして!」


 発想が幼すぎる……。


「地上に立っているときよりは近いじゃないですか。もう少し近づけたら届くかもしれません!」


 空いた手で星空へ手を伸ばす。何も知らない彼女が眩しい。

 自分の力で七夕の言い伝えを改ざんできると思い込んでいる彼女に事実を伝えるのは忍びなかったが、必死で息を吐きすぎて酸欠状態になっているので現実を教えることにした。


「絶対に無理。何万光年も離れていると思ってるのよ」


「光年?」


「光が1年で進む距離を1光年。これはすごく遠くて、あなたが一生かけても歩けない距離」


「ひ、光って進む……ある、歩くんですか?」


 私の説明にイデアは混乱する。確かに初めて聞いた場合――しかも口頭ではより理解も難しいだろう。私も家にあった天体関係の本を読まなければ知らなかった知識だ。

 そして、光年に連鎖してふとその本に書いてあった別の記述を思い出す。


「……そういえば」


 先ほど、イデアに教えた白い光の星――アルタイルを指さし、イデアに声を掛ける。


「アルタイルは地球から約16光年離れていると言われているの」


「16光年……」


「星が光を放ってから、私たちが観測するまでに16年掛かるってこと」


 想像するのが難しそうに、頭を捻っている。光は進み、それが16年? それは、つまり……とイデアは声に出しながら知識を整理する。分かりやすく言うと――


「つまりあなたが今見ている光は、あなたが生まれた16年前にあの星から放たれた光」


「…………!」


「アルタイルはずっと遠くに位置して輝き続けている。地球に届くまでは誰にも見られずに孤独かもしれないけど、16年かけたその先に、光を見る人は必ずいる」


 実際は16.7光年と言われており、しかも誕生日も知らないので、下手をしたらイデアは生まれていないときの光になってしまうかもしれない。

 もしそうだったとしても構わない。私はあの星に感じた感想は変わらないから。


「イデアみたいな星」


「…………! すごい、すごい」

 

 彼女の瞳が星の光を吸収したようにキラキラと輝きだす。

 

「16年前の光! つまり、わたしとエルンが生まれた年の光を今一緒に見れている!」


「いや、だから私はもっと――」


「エルン!」


 否定などお構いなしにイデアは私の正面へ向き合い、両手を絡めるように繋ぐ。大きな輝く瞳の中に私を写し、


「16年後の七夕もこうして一緒にお散歩しましょう」


 笑顔で未来の約束を持ちかけた。


「一緒にアルタイルを見て、今日のことを思い出すんです」


「あなた、いつまで私と一緒にいる気?」


「もちろん、ずっとです!」


 永遠なんてないのに。私は一週間くらいなら生きてもいいと伝えたはずなのに。

 この先も生きて、ずっと一緒にいることを保証されているかのように、イデアは自信で満たされた張りのある声をして話をしていた。


「33歳……、その頃にはエルンもわたしも素敵な女性になっているんでしょうか。紅茶を嗜んで、花を愛でるような、落ち着いた女性に」


 美味しいご飯も作れるようになっているかな、と笑顔で未来を想像している。ウキウキ気分なのか、ステップを踏むように歩いており、その振動が繋いだ手から伝わり私もふわふわと揺れる。足場がない状態で上下に動くのは正直怖い。

 だけど、楽しい未来を想像して笑っている姿を見ると、どうにも怖いなんて言葉にすることができなかった。彼女の幸せそうな気持ちに水を差したくなかったから。

 ちなみに計算に「ん?」と気になるところがあったがそれもスルーした。


「16年後、あなたの料理で私は死んでいるかもしれないわ」

 

 まぁ、意地悪は言うけど。

 

「どうしてそういうことを言うんですか! 来週には立派なシェフになっている予定ですよ?」


 エプロンも買いましたし! と胸を張って主張をする。魔法が掛かっているわけでもないただの布に何の期待をしているのか。


「エルン。エルンの好きな料理はなんですか?」


「教えない」


「なんでですかー!!」


 ぷんすかと、地面がないはずなのにぴょんぴょんと跳ねる。

 手を通じて振動が私の元へ来る。同様にぴょんぴょんさせられた。

 

「教えたらそればかり作るでしょう? 好物を無くすのは嫌よ」


「どういうことですか?」


「美味しくないものばかりを食べていたら好きなものも嫌いになるってこと」


「だから来週には立派なシェフになってる予定だって言ってるじゃないですか!」


 むーーっと頬を膨らまして怒る。一年後ならまだしも来週なんて、その自信はどこから来るのだろうか。

 しかし、今日はそういう願いを叶えてくれると言われている日だ。もしかしたらがあるかもしれない。

 だから少しだけ期待をしてあげることにしよう。そう考え、口を開く。


「……ハンバーグ」


「意外と子供っぽいものが好きなんですね」


 可愛い人ですね、と言いたげにニヤニヤとした顔をしている。まるで自分は大人な食べ物が好きだと言いたげだ。

 オムライスが好物なイデアだって子供舌じゃないか。


「これは二番目に好きなもの。オムライスが好きなあなたとは一緒にしないで」


 イデアの態度についムッとしてしまい、真実を伝えてしまう。

 いじわる! と怒っているが、何か気づいたように表情はドヤ顔へと変わる。

 絶対に何か企んでいる……!


「な、何……」


「二番目に好きなものを最上位にしてこそ、真のシェフってやつですね」


 ドヤ顔は継続され、夢のまた夢のような台詞を吐いた。


「全く。美味しいものを作れるようになってから言いなさい」


「もう失敗はし尽くしましたから。この先は伸びる一方ですよ」


「何、名言みたいなことを言ってるの……」


 呆れた顔をする。この子は本当に前向きだ。


「エルン」


「わたしはエルンがいるから、毎日とっても楽しいです。偶然でしたが、出会えたのがエルンであって良かったと心から思っています」


「わたし、ずっと俯いて生きてきました」


「ずっとひとりだったし、こんな見た目だし、魔女という悪い立場の人だし」


「でも、エルンが上を向かせてくれた。結構無理矢理な手段でしたけど」


「こんな素敵な景色に気づかせてくれたのはエルンのおかげです。ありがとうございます」


「わたし、寂しい毎日は苦しかったです。ちょっぴり辞めちゃおうかなって思ったりもしました」


 でも、と言葉を続ける。

 私は口を挟んではいけないと思い、静かにイデアの声、表情に視線を向けた。


「そこで終わっちゃったら、わたしの人生はずっと寂しいままなんです。楽しいも幸せも知らずに、俯き続けた人生になります。それは嫌だったから、だから生き続けました」


「そしてエルンに出会えて、エルンのおかげで、今もこの先も楽しみに溢れています」


「わたし、エルンにも同じ気持ちになってもらいたいんです」


イデアわたしがいるから、もっと生きてみようって思えるように」


「頑張りますので。なので、これからも一緒に生きましょう」

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