転生したら自称魔王が憑いていた。そして、魔王討伐に巻き込まれた
蒼唯まる
Chapter1
斯くして平穏は崩れ去る
俺が”佐藤正義”であった頃の人格と記憶を取り戻したのは、身投げしたはずの崖の真下で目を覚ました直後のことだった。
「痛っ……! あれ、俺は……って、ちょっと待て、なんで生きて——!!?」
瞬間、俺は飛び跳ねるような勢いで上体を起こし、周囲を見渡してからさっきまでいた崖を見上げる。
近くに落下の衝撃を和らげるようなものはなく、ここから崖上までは優に三十メートルは越えている。
だからこそあそこから飛び降りたわけで、本来であれば、今頃俺の身体は肉片となっているはずだった。
けれど、結果は体のあちこちが多少痛むだけ。
強いて言うなら、降り頻る雨で全身ずぶ濡れアンド泥まみれになってるくらいか。
もしかしたら擦り傷が新たにできてるかもしれないが、それでも無傷といって差し支えないだろう。
元より全身傷だらけだったから、今さら一つや二つ増えたところで大して変わらないし。
そんなことよりも、だ。
絶賛混乱真っ只中の思考を落ち着かせて、俺は努めて冷静に現状を分析する。
「これ、もしかしなくてもあれだよな……異世界転生ってやつ、だよな……?」
……いやいや、いやいやいや。
常識的に考えてそんなわけがない。
だって、あんだけ高いところから飛び降りたのに無傷ってありえないだろ。
流石にそれはない。
論理が飛躍しすぎだ。
「……うん、そうだ。きっとこれは
『ぶつぶつと独り言の絶えねえ奴だな、お前。それよりオレへの感謝が先だろ』
「——んんっ!?」
えっ、何、今の……男の声、だったよな。
再度、周りを見回すが人影は一つもない。
夜だからはっきりと視認できるわけじゃないが、近くに人はいないのは確かだ。
じゃあ、今の声はどこから……?
思考を巡らせるうち、次第にさーっと血の気が引き、背筋に悪寒が走る。
正直、考えたくなどないが、こんな夢みたいな状況だ。
あり得ないとは一蹴できない。
つまり、この声の正体は——、
「ぎゃああああ、お化けえええええっ!!!!!」
『違えよ!!!』
「いや、間違いなくお化けだろ! お化け以外に考えられるか! どっか行け!! 悪・霊・退・散!!!」
叫びながらこの場から逃げようとした時だった。
駆け出すと同時にバランスを崩し、足がもつれ、
「グボへアッ!?」
勢いよく倒れ、顔面を思いっきり地面にぶつけてしまう。
そして、そのまま気を失って暫くした後、再び目を覚ましても何も状況は変わっておらず、謎の声が消えることもなかった。
これが俺と自称魔王”ルーク”との出会いだった。
* * *
この世界を簡潔に言い表すなら、剣と魔法のRPGだ。
魔術と魔導具と呼ばれる機械が文明の根幹を担っていて、人類と魔族が敵対し、バチバチに争いまくっている。
……いや、正確に言うのであれば、各地で暴れ回る魔族に対してどうにか抗っているというのが正しいか。
魔族の勢力は本当に凄まじく、ここ数十年でいくつもの街や村が滅ぼされ、住人の大半が殺されてしまっている。
転生先の俺——イクス・デュアルスもその被害者の一人で、あの日、身投げを図ったのも暮らしていた村が魔族に襲われ、生きることに絶望したからだ。
恐らくあの時に生き残ったのは俺だけで、当時十二歳だった俺に一人で生きていくだけの力も無かったからな。
それに近くの集落に行こうにも、村があったのは山奥だったからその前に力尽きていた可能性大だったと思う。
まあ、俺の身体の中にいたルークが俺を守ってくれたおかげで、こうして今も生きているわけだけど。
そうでなくともルークがいなきゃ、確実に俺はどっかで野垂れ死んでただろう。
事実、それくらいこいつには色々と助けられてきた。
魔王を自称してることだけは不穏だけど、声だけの存在で別に悪さをするわけでもなし、寧ろ悠々自適な異世界生活を送るためのサポートをしてくれてたから、そこには目を瞑ることにした。
と、こんな感じでこっちの世界で暮らし始めてから五年が経過したある日のことだった。
「あのー、すみません。何も見なかったことにするんで、ここは一つ見逃していただくってことは、できませんかね?」
「あ? 見逃すわけないでしょ。舐めてんの?」
「ですよねー。すみません、変なこと言って……」
俺は今、現在進行形で——数体の魔族に囲まれていた。
全員、頭から角が生えているから間違いない。
それにエルフほどじゃないが耳が尖っているのも魔族の特徴だ。
あとなんか身体にタトゥーみたいな紋様もあるし。
近くには魔族に襲われたであろう男性が血まみれになって倒れている。
俺が発見した時にはとっくに事切れており、身体中のあちこちが欠損していた。
心の中で合掌しつつ、俺は鞘から剣を引き抜き、構える。
誠に不本意だが、生き延びるには戦うしか道はない。
けれど、この窮地を乗り切ることなんてできんのか……?
「なあ、ルーク。この数相手にして俺に勝ち目ってある?」
『ない。数はともかくとして、上級が一体混ざってる。まともにやり合えば一分でお陀仏だろうな』
「そうか。最悪な情報提供ありがとよ、くそったれ……!!」
なんとなくそうじゃねえかとは思ってたけどよ……!
けど、なんかもっとこう言い方ってもんがあるだろ。
悪態をつきながらじりじりと後退りして、魔族らとの距離を取る。
すると、魔族たちが俺を見てゲラゲラと笑い出す。
「ギャハハ! なんだよ、そのへっぴり腰はよ。ビビってんのか?」
「そうだよ、自分より喧嘩が強え奴がいたら逃げたくなるだろ! だからさっき命乞いしたんだろうが!」
キッパリ断られたけど!!
『ハッ、いつもながら情けねえな』
「うるせえ、三十六計逃げるに如かずって言うだろ」
『いや、知らねえよ』
逃亡、どう考えてもそれが一番生存率の高い作戦だ。
どうにか撒くことさえできれば、後はどうとでもなる……はず。
『——ま、どうするかはお前の勝手だけどよ。尻尾巻いて逃げるよりももっと確実な手があるぞ』
「……なんだよ?」
『十秒だけ身体を貸せ。そしたら、面白い見せてやる。一瞬でこの状況をひっくり返してやるよ』
「……それ、マジで言ってんの」
なんか借りパクされそうで怖いんだけど。
十秒だけって言っても、返してくれる保証もないわけだし。
……けど、まともにやり合っても一分も持たない奴相手から無事に逃げ延びるってのも解決手段としては現実的ではないってのも確かだ。
一か八か、ルークに賭けるべきか。
ここで殺されるよりは、こいつに身体を乗っ取られたほうがまだマシだし。
「……ちゃんと返せよ」
『ククッ、ああ、分かってるよ』
「つーかよ、さっきから何ぶつぶつ呟いてんだよ。耳障りだし、とっとと死んで黙ってもらおうか! そんでさっさとその心臓を俺に食わせろ!」
痺れを切らした魔族の一体が飛び出してくる。
一瞬で俺の懐へと潜り込んでくる魔族。
しかし——、
「ルーク!!!」
叫んだと同時、全身から大量の魔力が溢れ出し、身体が勝手に動き出す。
魔族の心臓を狙った突きを紙一重で躱すと、逆に魔族の首を掴み、締め上げる。
刹那——掌から噴き出した超高密度の魔力が魔族の頭部を四散させた。
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