シクルスの宣誓

笹原九郎

第1話 兄妹

 ひんやりとした風が身に染みる夜だった。

「ハハハハハ!」

「ウェーイ!」

「飲めや、歌えや! ガンガラガン!」

 デナン王国キルカラン市。

 割と田舎町と言われるこの地の冒険者組合は、笑いの嵐に包まれていた。

 三日後に迫った慶事を祝うため、全員参加の宴会が行われていたのである。

 俺は、その中心にいた。

「これでフィア様は、正式に、リョウト様の妹になるんだな」

「おめでとう!」

「ああ、ありがとう」

 俺は、周囲に笑顔を見せながら、ぐいっと酒を飲み干す。

 と、そこに――


――バン!


「お兄ちゃん、ヤッホー!」

 ぶち破らんばかりの勢いで扉を開け放って、一人の少女が乱入してきた。

 フワリと揺れる栗色の長髪、紅玉のような瞳、きれいな鼻筋が備わった顔を備えた美少女。ただし、そんな容姿とは対照的なヤンチャぶり……。

「……噂をすれば、か」

 俺の”妹 “である。


 

「護衛は?」

「置いてきた!」

「組合に、事前にアポ入れてたか?」

「全然!」

「俺にも」

「伝えてない!」

「だよな……。バカ」

「フフッ」

 俺の隣に座った妹が、俺の小言にルンルンと反応しながら、グイッとグラスを傾ける。

「あのなあ……」

 全く悪びれる様子がない愚妹を見て、俺は、ため息をつく。

「昔から、ずうっと言ってることだけどな……外出時には、最低でも二人以上の護衛をつけろ」

「でも、アレじゃん。お兄ちゃんだって、護衛つけてないじゃん」

「俺は良いんだよ。護衛がいないけど、その代わりに、頼れる仲間がいるから」

 俺は、フィアに席を譲ってくれた冒険者達の方に、目をやる。

「なんか、その言い方だと、私がボッチみたいに聞こえない?」

「聞こえない」

 俺には護衛がいない代わりに、頼れる仲間がいる。とは言ったが、お前に仲間がいないとは言ってないからな。

「てか、そもそも……俺の場合、母上が許可くれないんだよ。護衛つけるの」

「あ……ゴメン」

「あ」

(しまった)

 場が一瞬凍る。

「……ま、まあ、とにかく! 護衛つけずに、ほっつき歩くのは、やめろ」

「でも、護衛の人より私の方が強いし」

「それを言うな」

「この国の将軍さんかなんかと組み合って、勝ったことあるし」

「だから、言うなって……」

 それを言われると、的確な反論ができないんだよ……。

 コイツが尋常じゃないくらい強いってことは、万人の認めるところなんだけども……でも、だからって、護衛をつけなくて良いってことには、ならないんだよ……。

「それに……私には、護衛なんかいなくたって、頼れるお兄ちゃんがいるからね!」

「お前なあ……」

「あっ、照れてる?」

 端正な顔を近づけられて、俺は思わずドキッとする。

 ……わけ、ない。

「全然」

「ええ~」

 コイツの名前は、フィア=ティルム。

 かつて、この世界を、魔王の支配から救った六人の勇者のうちの一人、テラ=ティルムの子孫である。

 かつて勇者を輩出した六家の社会的地位は、貴族や教会幹部以上、王室未満と言われる。当主には「大公」という爵位も与えられてて、正式な場では「閣下」という敬称も付けられる。つまり、フィアの実家は、相当な名家なわけだ。

 その上、この美貌と来た。故にコイツは、祖国では第一王女に匹敵するくらいの国民的人気を誇るんだが――

「まったく。こんな美少女に顔近づけられて、なんで、そんな、ぶっきらぼうでいられるのかなあ……」

 中身が、そんな感じだからだよ。さっきだって、ドアに乱暴働いてたし。

 そもそも――

「俺達は兄妹だからな。お前が可愛いことは認めるが……異性として意識することはない」

「兄妹……ね」

 なぜか、フィアが複雑な表情を浮かべる。

「でも、アレだね。私達、もうすぐ、正式に兄弟になれるんだね」

「まあ、な」

 俺は、酒を一口含む。

「今までも俺達は、実の兄弟みたいに接し合ってきたから、別に関係性が大きく変わるってわけじゃないけど……それでも、やっぱり、なんか嬉しいな」

 俺がそう返すと、さっきまでニコニコしてたはずのフィアが、ふいに神妙な面持ちになった。

 そして――

「そのわりには、あんまり嬉しそうじゃないよね」

「え?」

 フィアは、じっと、こちらを見つめてくる。

「いや、そんなことないぞ。俺だって、お前の兄になれるのは嬉しいさ。なんたって――」

「セルクのことでしょ?」

「……」

 やっぱり、妹……コイツ相手に悩み事を隠すのはムリか。

「ああ」

 俺は、天井を仰ぎながら、低い声でつぶやく。

「俺は……自分が、本当に勇者の子孫なのか、本気で疑ってるよ」

「また言ってる……リョウト兄ちゃんは、私のお兄ちゃんで、シクルス兄弟の四男で、勇者の子孫だよ。間違いなく」

「……どうだか」

「お兄ちゃん!」


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「シクルスの宣誓」

毎週火、木、土曜日の午後6時3分に更新予定


伝説の勇者の使命を受け継ぐ”義兄弟”6人の英雄譚を、ここに紡いでまいりたいと思います。

応援よろしくお願い致します。

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