13 火精霊のもどき人形とナクラの故郷

 ナクラは一命を取り留めたものの抉れた両目は視力を失い、使役の妖魔は鎖がプツリと断たれ、逃げたか狩られたかわからぬと校長は首を振った。

「ナクラがもつ銀の魔力は、路を創るに到底足りぬ欠片のようなもの」

 欠片だろうが銀は常軌を逸する力で、いくら負荷をかけようと破裂はしないが、生身の体は相応のダメージを受け昏睡状態に陥ったと説明した。


「南の一門であるナクラに、なぜ北の最果ての力である銀があったのでしょう?」

「諸説あるが、」

 ガラルーダの問いに対する校長の答えは曖昧で、それは大気と同義の銀の魔力を考察するのがタブーであるからだ。

「一門を破門されたのは8歳のときであった」

 これまで銀の発生の例がない火の一門は、氷属性のナクラを異端者としたという。


「『ひとつ』『よっつ』とは古代語じゃ。身内であるイデア・イリュージャへの問いかけか」

「なぜ今になって?入学前であれば、チャンスはいくらでもあったでしょう」

「ふむ。これにはウィラサラサ卿の知恵がいる」

 校長はナクラの髪を撫で、ふと、指先にあるべきでない奇妙さを感じたが、言及することはなく宰相の執務室がある図書館塔へ転移を踏んだ。


  ▽


 ナクラが目を開けばただ真っ白で、手を伸ばしてみたが触れるものはなかった。

「俺、死んだのかな」

 自室の鏡がドロリと溶けて現れた、銀色の髪と瞳の少年に両目を抉られた記憶がまざまざと甦って顔をしかめる。

「使役魔達はどうしただろう」

 ナクラが逝けば使役は解除され、空へ、海へ、森へ散るだろうが、契約者のいない妖魔に安住の地はないと胸が痛い。


「銀の路を通せって言ってたな」

 抉られた目よりも、グルングルンと蠢く内臓と脳みそのほうが衝撃的で、やっぱり銀は禍だと思ったのが記憶の最後だ。

 ナクラの瞳には生まれつき氷属性の銀があったが、これは火の一門にとっての厄災で、大切な家族に肩身の狭い思いをさせまいと、島を出てからもうずいぶん経った。

 二度と戻ることはないと覚悟した生まれ故郷が目の前には広がっており、だからきっと自分は死んだのだと思う。


 ザザーンと波しぶきが砂をさらって、寄せては返す波打ち際にナクラの生家がある。

 懐かしさに浸っていると波音はだんだんと遠ざかり、そろそろ天に召される時なのだろうと深呼吸をし、

「うわっ、なんだこれ!」

 素っ頓狂な声は、白い砂浜からイバラがニョキニョキっと突き上げたからで、

 -みぃつけた-

 声と同時にドドドと増殖した蔓がナクラを包囲し、バラの花弁をポコッと開く。


『いた、赤い髪』

『いた、赤い瞳』

『いた、銀の欠片』

 花からは精霊が飛び出して、ナクラの周りをフワフワと飛び交った。


「へえ、精霊ってあの世にもいるんだな。そうするともしや妖魔もいるのかな?」

 ぜひとも見たいものだと元気が出て、すると急に足元がぐらつき、異様な生命体が這い出そうともがいているのに気づいた。

「ミミズ系妖魔・・いやなかなか大きいからモグラ系に違いない!」

「ぐるじいっ!」

 しかし土中から這い出したのはイリュージャで、ペッペと土を吐き出している。


「こんにちは、ナクラ先生。あーあ、服が真っ黒だよ」

 せっせと土を払い落としているが、顔のほうが真っ黒だ。

「あれ、イデア・イリュージャ。墓から出て来たみたいだな」

「違います。精霊の路が山アリ、谷アリ、崖アリ、地下水源アリ、秘密基地アリで真っ黒けになったんです」

「秘密基地はうらやましいぞ」

 男性は秘密基地というワードに心躍る傾向がある。


「夢を渡ってずいぶん探しました」

「夢だから戻れぬ故郷にいるのか」

 白い砂地は風の模様を描き、どの家屋も低く平坦な陸屋根をしている

「戻りたいから夢に見るの。その目でもう二度と見ることのない風景」


 目を抉られた痛みが甦って、そりゃそうだろうと唇を噛んだ。

「もう見えないんだな。夢ならこんなにくっきりしてんのに」

 ナクラは失ったものを愛おしむ。

「夢は見るためにあるけど、しょせんはニセモノよ」

 キツイなあと苦笑し、それでもニセモノを目に焼き付けた。


『変なの、つーかーまーえーたよっ』

 精霊が捕獲した空飛ぶ物体は、赤い毛糸の髪に赤ずきん、目は赤いボタンを縫い付けて、刺繍を刺した口は岩婆ほどに大きい。

「俺の火精霊だな」

 ナクラの言葉に精霊は徒労を組んで、

『むっりぃ』と大合唱だ。


「うっ、本家本元から痛恨のダメだし。これは子供の頃に創造した奴らだよ」

「創造って、ナクラ先生は火属性ではないの?」

「家は先祖代々の火を司る一門だけど、俺の属性は氷」

 自分も父や兄たちと同じ、火の加護なら良かったんだがなと、手から氷を転がした。

「一門では氷が呪具の認識だから、俺は異端として8歳でエボルブルス国に渡ったんだ。もうずっと前の話、気にしないでくれ」

「南は暑いのだから、氷で一儲け出来るでしょう」

「うーん、少しは気にしろよ」

 こっそり舐める氷は、たしかに特別だったけどと笑った。


「ナクラ先生。ふよふよしてる火精霊のモドキちゃんを貰ってもいいですか?」

「どうぞ。ところでイリュージャは地の属性か?」

「どうかな?精霊は銀に惹かれて集まるの。まあロレッツァが地の愛し仔だから、地精霊とは身近な感じではあるわね」

 属性を調べたことはないと、火精霊もどきの人形を抱きしめる。


「それならサラさまに視てもらうといいぞ」

「図書館のサラ先生?」

「本当の名前は、エスタリーク・カンパル・スパカーニャ・アントレット・ウィラサラサ卿だけど、功績をあげた見返りにサラと改名したそうだ」

 それはずいぶんバッサリいったものだ。


「まあ人の心配をしている場合ではないか。俺のこれからを考えないと」

 ナクラは眩しい空に手をかざし、寄る辺もないしなあと呟いた。

「イリュージャは、あの銀の少年のことを知っているのか?」

「どこから見ても関係者だけど、まったく知らない人よ」

 銀の欠片を持つ魔法使いは稀にいるが、銀の髪と銀の瞳が揃う完全は初めてで、鏡に映ったような薄気味悪さがあった。


「そうなると奴がどう出るか見当がつかない。俺の目が銀の路なら、周囲を危険に晒すより逝くほうがいいかな」

「ナクラ先生の命火は、まだ終いではないから逝くことはできないわ」

 イリュージャの言葉には下手に慰めがなく、却ってナクラは気が楽だ。

「それに危険度合なら、ナクラ先生の欠片より銀のフル装備の私のほうがずっと上。ほら、耳を澄ませて、校長先生とガラルーダさんがそう話してるでしょう」

 ナクラが耳をそばだてれば、校長とガラルーダの会話が聞こえてきた。


「うわわっ、校長、ダダもれですよぉ!」

 叫んだって聞こえないよと笑ったイリュージャが光に透けだした。

「夢渡りは魔力消費が大きいから帰るね」

「わざわざ探してくれてありがとう」

「ううん。私も銀の身内に会ってみたかったから」

 ナクラの赤い瞳を覗き込めば銀の欠片は輝きを増して、古くて遠い身内なのだと感じられた。


「夢を渡る呪文を教えてあげる。『寄せる波 崩れる白砂 波に攫われ夢を渡る』」

 銀の力は強大で、欠片であろうと夢渡りは造作ない。

「人形の対価よ。夢渡りの練習台にもなってあげるわね」

 精霊にダメ出しされた火精霊のもどき人形に頬を寄せれば年相応の子供で、ナクラは胸がぎゅっと締め付けられた。


「大事にしてくれるのは嬉しいけど、そんなにたくさんどうするんだ?」

 いつの間にやら両手いっぱいに、人形を抱え込んでいる。

「魔石動力の使役魔として販売するの」

 欲しい!と目を輝かすナクラだが、教師モードになると咳払い。

「イデア・イリュージャ。校内で物品販売は校則により禁止」

「エエッ!!」

 これは捕らぬ狸の皮算用であった。


  ▽


  ▽


 一学期末試験終了の鐘が響き、監視鳥のウウッはイリュージャから答案用紙を引ったくると、グェエッと飲みこみ窓から飛び立った。

「ねえ、黄色。ウウッ鳥は首をキュッと絞めて答案用紙を吐き出すそうよ」

「エリートウウッともなれば、国家間の機密文書を運ぶという話だ」

「私の答案じゃ、ウウッも運び甲斐がないね」

「そうだな。せめて回答欄を埋める程度に励むことだ」

 これにはぐうの音も出ない。


 銀の少年の襲来後自宅学習となり、期末試験は洋館の一室で行われた。銀の路になったナクラは十重八重の結界で二階に保護されて、イリュージャはそれらを解除するとナクラから光を吸いあげる。

「バレたら叱られるぞ」

「私に解除が出来るなら銀の少年にだって出来るわよ」

 鈴を下げておくほうがマシだと、吸い上げた光を袋に押し込んだ。


 一学期は終了し、長期休暇の始まりだ。

 開かれた学校門を一番で通り抜けると、早速魔石狩りに出動したが、肩を慣らす間もない勢いで黄色が狩り尽くし、袋はあっという間に膨らんだ。

 それというのも輝く鱗の黄色は暑がりさんで、公園の大きな噴水で泳ぎたくてならない。

「次は刺繍のハンカチの納品で、その後リゼにお金を預けにいこう」

「だめだ、噴水が先。我はイリュージャを守るから、イリュージャは我と共に噴水に来るのだ」

 うちの使役魔は契約者を従わせる妖魔で、ちょっぴり困った子だ。


  ▽


 黄色が大きな噴水で泳ぐ間、魔石にじわじわと魔力を注ぎ込む理由は、火、水、風、土の四大の魔力を均等にするためで、色分けしたビーズを順ごとに糸を通すような作業である。

「銀の力は使わぬのか」

 黄色の質問にイリュージャはニヤリと笑い、

「これは物理エネルギーを変換して充電する魔石で、火精霊のもどき人形にセットするの。さあ、本日のメインイベントよ!」


 右手に魔石を組み入れた火精霊のもどき人形、左手には白い光を放つコチラはなんとタマシイさんだ。

「『波の音色で誕生し、燃ゆる朝陽を血潮とし、氷の魂は目醒める』」

 剥き身になったタマシイは守りの殻を求め、魔力が創造した火精霊のもどき人形に興味をもった。

「シメシメ、掛かったね。『殻は魂の手となり、目となり、力となって、安寧をもたらすものである』」

 願いである安定と安寧を得たタマシイから旋毛風が吹き、黄色は光を乱反射させて人の視界から遮った。


「ほら黄色、大成功」

 火精霊のもどき人形に大きな翼が六枚生えて、バッサバッサ、バッサバサ・・

「鬱陶しい。ちっちゃくなあれぇ、パタパタくらい」

 バッサバッサの羽はホタテ貝みたいなパタパタサイズに変化し、タマシイが宿った火精霊のモドキ人形は、首を二度三度、更に三度四度と捻ったものだから、短気な黄色にガブっと咥えられ、噴水に姿を映すことになる。


 水鏡に映る姿をまじまじと眺めるもどき人形は、右手、左足を動かしてそれが自分であることに、

「ナゼ、コノヨーナ、オ姿、ニ?」

 放心してポチャンと水に落ちたこの人形の正体は、タマシイの持ち主、つまりナクラである。



 ナクラがすごいのは環境への適応能力で、もどき人形に憑依した五分後にはすっかり立ち直り、数年ぶりの水泳をエンジョイ中だ。

「専用の道具を揃えなきゃね」

 イリュージャは財布の紐を弛めると、ままごと用の小さな食器とお人形用の櫛やリボンを買って、リゼが魔石を鑑定する間に髪を梳いてお世話する。

「その人形はずいぶんと、金の匂いがするねえ」

 さすがリゼの嗅覚は鋭い。

「魔石動力で動く人形だよ」

「最初に売るならお貴族がいい。珍しければ金に糸目をつけないうえに宣伝になるからね。情報料は売買の二割をいただくよ」

「あいにくだけど、これは商品じゃないよ」

 すると勿体ない!と地団駄を踏む金の亡者だ。


「もしも売りに出すんなら商品名が大事だ、お前はセンスがないからね」

「名前?うーん、ナ、ナ・・・ナラク?」

「奈落!?なんて縁起が悪いんだろう。生まれた途端に八方塞がり、生きていただけで大転落人生じゃないか」

 さすがリゼは勘がいいとますます感心し、ああだこうだと話し合った結果、ナクラあらため『なっちゃん』に決定したのである。

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