第二十七話 光と闇

新しい生活は多少の戸惑いもありながら平穏に過ぎていった。

そして新年。年が一つ上がり。

アリーシェが十九歳。ターニャが十八歳。オルトが十六歳。僕が十四歳、ヤンニシャリラが十三歳。カティが十二歳、クエンタが十二歳。ダインが十歳、ミルカが九歳。

新入り組もすっかり馴染み、古参組も表情が柔らかくなってきた。

スライム討伐組は角兎狩りに移行。カティとミルカは鎧猪に挑戦中。


それからしばらくしてアルシオの叙爵を聞いた。これで晴れて正式に領主だな。

と思っていたら子爵就任祝いのパーティーに招待された。

僕とターニャ、オルトの三人。

えー、なんで僕まで入ってるのかな。オルトとターニャは成人だから分かるけど。僕はまだ未成年だぞ。パーティーって成人じゃないと駄目なんじゃないの?

でもなー、領主様のご招待とあらば行くしかないんだけど、また目立つなあ。


例によって新しい衣服あつらえ。また金貨十五枚が吹っ飛ぶ。ほんと無駄。

でもアリーシェはのりのり。貴族様のパーティーなんて庶民の憧れなんだって。

オルトも期待している。大きな商人とか貴族と顔つなぎできるチャンスだとか。

ターニャはちょっと困惑してる。パーティーなんて冒険者には無縁だからな。

その点僕はターニャと同じだ。


さて、鬱陶しいパーティーの日。


控え室から会場に入ると、まず煌びやかな魔灯のジャンデリアが目に入る。

小さな頃、覗き見たあのアルシェ王国の大広間が一瞬、脳裏に浮かぶ。

ターニャは相変わらず綺麗だ。今日は肩を出した白いドレス。冒険者の彼女とは別人だ。

特訓の成果で動きも随分洗練されてきた。綺麗だ。何度でも言おう。

オルトは随分落ち着いてきたな。しっかり顔を上げて淀みなく歩を進める。


入室して僕達が紹介されると、アルシオがニコニコしながら近寄ってきた。

「この度は叙爵おめでとうございます」オルトが教わった通りのお祝いの言葉を告げる。

「あー、止め止め。そういうのは良いよ。いつも通りで、ね。気軽に話せる仲間っていうのは僕にとって希少な存在なんだ」

「じゃ、遠慮なく聞きますが、僕を呼んだ魂胆って何です?場違いじゃないですか?」


「あははは、それだそれ。その容赦のない物言い。いつも控えめなようでいて、時に鋭い閃きを見せる。そういう君を誰にも取られたくない。だからここに呼んだのさ。君は私の物だとはっきり見せつけるためにね」

「僕は誰の物でもありませんよ。悪趣味です」

「でも、それが君のためでもあるんだよ。私は権力を確立した。だから君たちの力強い後ろ盾になれる。まあ、任せておきたまえ」


「アッシュ、そんな言い方」ターニャが僕をたしなめた。

「はは、良いんだよターニャ。時に、約束した孤児院の話だけどね。建物を着工した。あと、人はほぼ揃って、今訓練に入ってる」

「まあ!」ターニャが掌を合わせて唇に沿わせる。

「完成したら浮浪児達の収容なんだけど、ターニャも手を貸してくれるかな?多分、彼らの事情に一番詳しいのはターニャだと思うんだ」


「はい、はい」ターニャがこくこくと頷く。微笑みを浮かべて。

やばい、ターニャが可愛い。もの凄く可愛い。

「そ、そうか。わ、私も、助かるよ。当てにし、してる」アルシオが顔をそらした。

またこいつ、デレた!


音楽が流れ始めた。

「それで、レディ、私と踊って頂けますか?」

そして、アルシオは突然ターニャの手を取り、その甲に唇を当てた。

待て待て待て~~~!何をしている?

ターニャの顔が真っ赤になって爆発した。

そのまま手を取られフロア中央へ。ふわふわと。

どうなってる?僕は呆気にとられて何も言えなかった。


あの鬼教師達のおかげで、僕らはなんとかダンスは踊れる。

で、はらはらしながら二人を見守っていると。

おおおっ!オルトとアリーシェが踊っているじゃないか。

ぎこちないけど何とも初々しい。そして楽しげ。

あー、良いですよ、僕はぼっちで壁の花。花じゃなくて壁紙ですかね。

とにかく無難にこなし、パーティーは終わった。


パーティーの帰り、ターニャは上の空だった。

でも翌日からはいつものターニャだ。オークをソロで狩りまくる。

本当に強くなったもんだ。

オルトとアリーシェも気になる。

厨房で働く二人の距離が近くなったと思えるのは気のせいか?


そして新人組が初めて角兎を狩って帰ってジュースで祝杯。

前後してカティとミルカが鎧猪を倒してきた。ジュースで祝杯。

ヤンニシャリラが中級魔法を覚えた。ジュースで祝杯。

そんな順風満帆な日々のある時。


僕とターニャが戻って来ると、カティがコンソールの前で眉をひそめていた。

「どうかした?カティ」

「これ見て、アッシュ」

指さすディスプレイに冒険者達が争う姿が映っていた。


少し巻き戻して成り行きから見てみる。

そこは三階層。ゴブリンや雷狼の出没する洞窟タイプの階層だ。

岩陰に潜む一団。そこへ通りかかった冒険者パーティー。まだ若い。初級だろう。

背後から襲いかかる一団。さすがに用心はしていたのだろう。迎え撃つパーティー。

あっという間に乱戦になる。しかし、実力の差は歴然。

若いパーティーは一人、二人と打ち倒され、女性メンバーが組み伏せられる。


この後、何が起こるか火を見るより明らかだ。カティには見せたくない。

ディスプレイを切り替えようと手を伸ばした時、ターニャが僕の手を掴んだ。

「奴らだ」

ターニャの目はディスプレイに釘付け。あの冷たい視線だ。凍り付くような。

「奴ら?」

「ああ。オーディのかたきだ」


そう言うとターニャは槍を抱えて駆け出し、ゲートルームに飛び込む。

僕は慌ててその後を追った。


岩壁に囲まれた洞窟の一角。下卑た男達の嘲笑と女性の悲鳴が響き渡る。

僕がその場所に到着すると、女性にのし掛かっていた男をターニャが一突きにした所だった。

騒ぎ立てる男達。一斉に剣を抜く。

僕も剣を抜いてターニャの横に並ぶ。

「あの男はあたいがやる。手を出すな」

一人のひげ面を槍で指し示すターニャ。


「何だと?おい、てめえら、獲物だ。抜かるなよ」

このひげ面を除いて、他の男達はオークより弱いと見て取った。

隣の男に狙いを定め、一気に打ちかかる。

擬態スライムでバフの掛かった僕だ。剣の一振りで切り裂いた。

二人の男が僕にかかってくる。


と、一人が首筋から血を吹いて倒れた。何だ?

目の端にカティが女性に上着を被せているのが見えた。

付いてきたのか。すると今のは雪鼬だな。

一瞬戸惑ったもう一人を切り伏せる。

冷たい気流が頬を撫でる。雪鼬の氷結か!

もうひげ面以外の男達は残っていなかった。


ターニャとひげ面は激しく打ち合っている。ターニャが優勢だが。

何を手間取ってるんだ?

と、一歩踏み込んだターニャが槍の石突き側を振り上げ、ひげ面の股間に打ち込んだ。

ぐしゃっと嫌な音がした。たまらず、男は転げ回る。そりゃ痛いだろ。

「その程度でなんだ。あたいはもっと酷い目にあったんだ」


しばらくその様子を眺めていたターニャは、ゆっくりと止めを刺した。

情け容赦もない。


ああ、ターニャはずっと闇を抱えていたんだな。

気がつかなかった僕が腹立たしい。

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