第117話【道化の思案/伏見宗旦視点】
「追って来ないじゃん。どうすんの神様さん」
自殺スポット、青木ヶ原樹海。あらゆる都市伝説のある森の中、徳川多聞が楽しげに女に向かって言う。
異星の神という、厄ネタお嬢さん。体はあの武藤くんの姉らしく、多聞が面白半分に手を出さないか、俺は正直言って、ハラハラしている。
「わめくな、腹立たしい」
武藤楓の姿をして、その声で異星の神は苛立たしいという態度を、隠しもしない。
他者の怒りや苛立ち、憎悪。そんなものは俺たちにとっては、恐ろしさの欠片もない感情だ。むしろひっかけやすくていい。視野が狭く、足元が疎かになっている人間ほどだましやすいものはない。
煙草を吸いながら、さて、どうしたもんかと思案する。
どの情報をどんなふうに与えて、この女の中身の異星の神だけを抜き取るか。
世界や他人がどうなろうと知ったことではないが、自分が生きる場所がなくなるのは勘弁願いたい。潰れ滅ぶのが日本だけなら、見捨てていただろう。
とりあえずのところはうまくやっている。異星の神の強化はたいしてされていない。個人戦力で言えば、俺や多聞の方がPKを繰り返している分、高い。レベル差やスキルをしても、異星の神に俺たちを殺しきる力はない。
逆にこちらは殺そうと思えば武藤楓ごといつでも殺せるが、それをやる予定はない。
それをやれば、世界が滅ぶ可能性が高いと左京さんからの情報がある。俺や多聞が死んでもアウト。勿論左京さんチームのメンバーが死んでもアウトだ。
俺たちにの魂にひっついている、運命固有スキルというやつは、強力である分、なかなかに厄介なものらしい。
多聞とイラつく神様のやりとりを眺めながら、考える。
世界を救う英雄なんて柄でもなければ、利用の果てに殺されるなんて碌でもない死に方をしそうで大変嫌だが、世界の敵って奴も同じくらい末路は悲惨。面倒で嫌だな、と思いつつ。
俺の欠けた小指を見て「へー、えっちじゃん。よく見せてよ」と言い放った多聞といい、「ちっ滅べばよかったのに」と舌打ちと共に言い放った異星の神といい。俺がこいつらごと世界の面倒を見なくてはならないのは、どう考えても貧乏くじを掴まされている気がする。
正直適当な情報ばらまいて逃げたいのが本音でもあるが、それをやっても多聞にはバレて捕まるのがオチで、余計面倒だ。
が、面倒ごと自体は、大きく儲けるには格好の稼ぎ場でもある。
どうせ裏社会はこのまま多聞がスキルを使って、まとめてしまうだろう。全員を魅了する必要はない。集団のトップ層を取り込んでしまえば、それで下は勝手についてくる。
軍隊として運用してもいい。が、告解という厄介なスキルがあるのでやりすぎは禁物。左京さんから有用とみなされなければ、あっさり瓦解する集団でもある。
現代日本の裏社会は、暴対法によるヤクザの弱体化に伴い、表舞台から見れば解体、細分化されているようで、あちこちに繋がりが残っている。
辿り方は俺が知っているし、操り方は多聞が知っている。
多聞を軸にした俺たちの会社は、裏ではそこそこに有名かつ、裏からも表からも実体の尻尾を掴ませない形で運営をしていた。多くの情報網とそれなりの大金、そしてそれを悪辣に使いこなす能があれば、多少の畏敬を得ながら闇の夜を闊歩できる。
この二晩で多聞は六本木界隈、渋谷界隈、新宿、池袋、と各地に移動して、昔の伝手で会える裏社会の人間には全て会ってきた。都内なんてのは、広いようで狭い。バイクを飛ばせば、移動に大したロスは出ない。最悪今の身体能力なら走ったってまわりきれる。
無論、それらの居場所は俺の情報網とスキルを併用して得たし、俺も同行していた。
病院への襲撃にしても、多聞の声ひとつで行われた。統率試験でもあった。あまり使えない、血の気の多すぎる連中の処分もかねて。
告解による欠損がどの程度の血の紋の量で定まるのか。血の紋と一口に言っても、模様はそれぞれに違う。大きさ、現れ方。その辺りの解析も既に依頼はしているが、俺のスキルで情報が得られるのと、どっちが先か。
「あやつら、狂ったのか?!」
突然、異星の神が目を見開いて小さく叫んだ。どうやら左京さんたちが奇策を使ったようだ。面白くなってきたが、俺は最初からあいつらは狂人だと思っているので心境的には「何を今更」である。
2000回以上死に、人生を繰り返しながら正気を保つ男に、一度死んで大事なものを全てを失っても絶望を欠片も持たない男。
人体の欠損なんて一般的に忌避することが起こることを理解していて、冷徹に感情と理性を切り離して、俺の小指を告解で消した女子高生。
あのお嬢ちゃん、自分の持つ力の大きさに戸惑いすらなかった。
普通は戸惑い、恐れる。ネットでもあらゆる言葉が自分の存在に向けて放たれていたのは知っているだろうに。動揺の欠片も見えない。
他人からどう見られているか、なんて人間なら誰しも気になって仕方ないそれを、あのお嬢ちゃんは完全に切り捨てている。奢ることも恐れることもしない。迷惑に感じはしているだろうが、その程度。
帝王学すら学ぶ機会のないであろう、ただの女子高生の精神性とは思えない。
挙句の果てにはあの場で一番うろたえながら、俺たちに恐怖を感じながらも、俺たちを一度も嫌悪の目で見なかった男子高校生。
相手が犯罪者であり、他者の人生を陵辱しつくした者であることを知っていて尚、「その行為そのものに対しては恐怖」しながら、それでもあの少年はフラットに俺たちを見ていた。有坂琴音嬢でもわかりやすく、嫌悪と侮蔑を篭めた目をしていたというのに。
感情のどこかをフラットに保つことは、軍人なんかがする訓練のひとつにもある。
慌てることや焦ること、恐怖。感情に飲まれれば、味方を巻き込んで自滅する。訓練が必要なそれを、真瀬少年は既に身につけている。平凡なよくある貧乏シングルマザー家庭に育って、そんな技能が身につくか。
大抵は己の境遇を哀れんで思春期らしく我欲を発露するところだろうが、あの少年には、我欲が見えない。
他人の欲望は、俺の稼ぎだ。
俺の稼ぎ、というよりは人間の稼ぎと言ってもいい。それを満たすことで、満たせる可能性を与えることで、皆、メシを食っている。
俺はその嗅覚が鋭い自覚がある。ガキの頃自覚してから伸ばし続けた才能と言ってもいいし、命綱と言ってもいい。どんな人間にも我欲がある。
認められたい、愛されたい、誰かの上に立ちたい。そんな欲求はくすぐりやすい。
その俺の観察眼をしても、あの真瀬少年にはそういった我欲を小指の先ほども掴めなかった。
声の抑揚、表情と体の動き。何を一番の幸せと感じるか。どのやりとりをしていても、多聞があのお嬢ちゃんをからかった時ですら、頭の半分は冷静だったはずだ。
高校生ふたりを含めて、どう考えても、あいつらは異常者の集団だろう。
あっちも俺たちをまともだと思っちゃいないだろうが、こっちはこっちであいつらをまともだとは考えていない。
故に、そいつらが何をしようと、俺は大して驚きはしない。
「テレビとネット中継を使って、全て暴露する気でいる。
なるほど、そう来たか。なら俺たちのすることはひとつだ。
「なら、俺たちもその場に」
「よし、乱入しようぜ」
多聞と声が被った。多分、思考は別のところを通っただろうが、結論はいつも大抵被る。
「宗旦」
俺を呼ぶ、多聞の声。煙草とジッポライターを投げつける。
その先の言葉は、不要。
多聞がやりたいことは、それを聞くだけで俺にはわかる。
「神の威光とやらを、こっちも見せに行けばいい。アンタが元祖神様なんだろう?」
企みを隠さず微笑んで、紫煙を吐いて、煙に巻く。
さて、どのタイミングの乱入するか。多分左京さんは、わかっているだろう。
俺たちがどこかのタイミングで、乱入してくるであろうことを。
手帳に書かれていたことを思い返し、思考する。
道化役だ。パフォーマンスは派手に、少々残酷でもいいだろう。
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