第114話【赤い銀貨】

「まずは、情報の整理だ。時間がないからと言って、混乱したままで動いたら碌でもないことになる。別にお前を責めてるというわけじゃないぞ」


 武藤さんが、静かに、優しく言った。

 確かにその通りだ。今僕がした失敗。提案のつもりが、そうならなかった。全部は思い通りにはならない。


 この上で、僕たちが慌てて何か致命的な失敗をすれば、みんな死んでしまう。世界ごと、失ってしまう。


「僕の手に入れた、神の右手について、説明をします」


 僕は頷いて、説明を始めた。


 運命固有スキル『神の右手』、それはあらゆるスキルを人の魂から剥奪するスキル。運命固有スキルでさえも、引き剥がすことができる。

 そして、それを保存することができ、別の魂に付与することができる能力。


 だけどその保存には容量がある。僕のMPの最大値がごっそり減った分がその容量。

 運命固有スキルなら1つが最大。通常のスキルにあるレア度は容量値を示している。


 HPの最大値が大きく減ったのは、運命固有スキルを僕に定着させるために使用した僕の魂の容量。

 職業スキル共有者、調停者による増幅がなければ、足りていなかった。


「最大MPを消費すれば、容量は増やせます。レベルを上げて、スキルポイントコインをMP量を増やすステータスに割り振れば」

 僕の説明を、武藤さんがノートにかきとめていく。


 もう体の調子は、前と変わらない。痛みも苦しさもない。


「次はこの赤い銀貨です。私もこれは初めて見ますが、どういったものですか」

 原国さんが拾い上げていた、僕の吐いた血で出来たコインが、6枚、テーブルに置かれた。


 原国さんは、卵も精霊も知らなかった。2000回を越えるループを経験し、そのすべてを記憶している原国さんでさえ、初見。


 武藤さんの書き付けているノートの他に、星格オルビス・テッラエの前にもノートが開かれている。

 パーティー内会話機能と、筆談。異星の神へ情報を渡さないためのそれに、文章が現れる。


『それは真瀬敬命の魂の欠片だ。命とは人の時間だ。時間と労力と精神を使い人は貨幣を得る。人間は金銭という概念を作り上げて、信仰した。世界を廻る血脈として、それを信じ循環させた。だから僕は命にまつわる魂にまつわるものをコインの形をとらせた。現代人類の最も信仰し、失うことを恐れる有形無形の価値。時間、魂、労力、精神、あるいは肉体、人の持つ、命の交換を行う物こそが、通貨。ゆえにそれは、君の命の一部とも言える』


「これは、何に使える?」

 僕は僕でできたコインを摘み上げて訊ねる。


何にでも使える・・・・・・・。金銭とは、そういうものだ。通貨レートが違うだけで、両替をすれば使えるもの。その価値は、君たちが決める。使い道も君次第だ』


「何にでも、使える」

「全部坊主が持っておけ。それはお前のだ。他の誰にも使わせるなよ」


 武藤さんが真剣に言う。

 僕が、僕の命を、何に使うか。


「父さんの精神の復活に、使えませんか」


『彼の精神、魂は散逸している。かき集め終わって、肉体に戻す時に、1枚使うといい』


 さすがにたった6枚では、そんな奇跡みたいなショートカットはできないらしい。


「あの光るひよこ、どうなってしまったんですか」


『君に力を渡して、君の中で眠っている。あれは力そのものでもあり、異星の神の精神と魂の一部だ。消え去ることはない』


 名付ける前に、消えてしまった。あの温もりはまだ手のひらに残っている。

 何故異星の神の分体自身もまた散逸したのか、聞きたかった。父と共に異星から来た神の分体は、一体何に絶望したのか。


「……異星の神の本体は、今のこの現状を知っていて何もしないんですか」


 元はといえば、異星から来た者による混乱だ。神は人の願いを叶える者。楓さんの説明が事実なら、この状況を好ましいと考えはしないだろう。


『僕にはわからない。他の卵から精霊化した分体の一部から、話を聞かなければわからないだろう』


「次は大型地下迷宮についてだ」

 武藤さんが言う。


「過去周回も含めて、解説を頼む」

「では私が。星格オルビス・テッラエは補足を頼みます」


 そう言って、原国さんが語った、大型地下迷宮。


 どの周回でも、最も重要だったのは東京タワーの地下にできた大型地下迷宮で、地下100階。魔物は強力で、いまの僕たちのレベルでは踏破が難しい。

 運命固有スキルを持ってしても、困難を極めるであろうということ。


『この大型地下迷宮ラストダンジョンは、僕の制御からも外れている。夢現ダンジョンに施したような難易度調整も不可能。僕の転移も使えない。通常ダンジョンとは全く別物だ。その悪意は、夢現ダンジョンの比じゃない』


「過去周回で、攻略に乗り出しましたが、踏破できたことは一度もありません。最高到達点は66階。なりふり構わずにあらゆる手段を講じても、そこまでしか届きませんでした」


「……そのなりふり構わずってのは、悪事やPKも含めて、か?」


 武藤さんの問いに、原国さんが頷く。

 何をしてでも、どんな犠牲を払ってでも、世界の破滅を防ぐ。そんな意志を持った人の、重い首肯。


「最終段階。大型地下迷宮は7日目に必ず、崩壊し、あらるゆる人間は、人間の形を保てず崩壊したのです。あるいは、魔王となった武藤くん、あるいは徳川くんや伏見くんが我々を殲滅して踏破し、世界は魔物で溢れ、人は滅びました」


 ひとつ息を吐いて、原国さんが続けた。


「今ならわかります。崩壊は自動で行われる。必ず滅ぼす、という異星の神の仕掛け。そして魂の循環を司る部分が壊れてしまえば、人は人ではいられない。肉体も精神も崩壊してしまう。個人で、固体でいられなくなる。神としては群体である人類は、癌化した個体による破壊により殺される。それが成されずとも、ダンジョンにより心臓を潰され殺される。異星の神による、神殺しの完成形。実によく、練られ、何重にも罠が張り巡らされた悪意」


「つまり、大型地下迷宮ラストダンジョンは、人間が踏破しなければならない?」


『今回は僕が魂の循環システムと分かたれて存在している。条件はだいぶ違う。外部装置として、ダンジョン入り口前までは、ある程度の魔法は敷ける。発想は任せる』


「次は、聖女と復活者の持つ、告解スキルについて、説明しますね」

 有坂さんが、自身の得たスキルについて説明を始める。


 告解スキルは、人についた血の紋に作用する。術者が注ぐMP量に比例して、血の紋に刻まれたその罪を清算する。

 被害者側にも罪科がある場合は、その相殺が起きる。告解は全ての罪においてに平等だと、以前説明を受けていた。


 罪の告白と共に与えた苦痛をその身と魂で味わい、その罪科により、経験値等から被害者へ賠償として譲渡することで成されるカルマ値への干渉術。


 その告白は、僕ら第三者に対するものではなく、被害を与えた者に直接届く。


 被害者は蘇生を受けたもの同様に、魂の傷は修復される。修復に使うのは、罪人の経験値、スキル、そして罪人の肉体。

 告白が真摯なものであり、被害者がそれを受け入れ、許されるのであれば、肉体の欠損までは起こらない。


 伏見さんは小指を1本失った。傷を負った他者の魂が多いほど、重罪であるほど欠損は増え、購いきれなければ肉体を完全に失う。

 すべての罪を清算をされた罪人の魂は、浄化される。


「魂の浄化ってのは、何を指す?」


『悪徳を重ねてまで得たいと願う力を剥奪する。信仰の剥奪だ。神としての力を失う』


「その剥奪された神性は、どうなる」

『被害者へと還元される』


「神性を失った人間は、どうなる」

『神性を失った人間を、僕は知らない。だけど、肉体を失えば輪廻システムが回収をする。そこからの流れは変わらない」


「……神性を失う人間か。異世界の人間が俺たちとどう違うのか、知りたいところではあるな」

 ぽつりと武藤さんが言う。神の実在する世界の人類。魔物や魔族が存在する世界の人々。


 星格オルビス・テッラエがぴくりと動き、ノートに文字を書きつけた。


『異星の神が、動いた。徳川、伏見と共に……富士樹海近くだ。多分、青木ヶ原地下大迷宮の1つの完成を待っている』

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