第86話【小さな約束】
びっくりした。両思いだったんだ。全然気付けなかった。
嬉しさを噛み締めてたら、何故かホールの人たちの中でお祝いムードになっていて、それにもちょっと驚いた。
「敬、やるじゃん」
顔色の戻った根岸くんが笑って言う。
「人前で勇気あるな」
「勇気ってわけじゃ、真剣に訊いてくれてるのに誤魔化すのは誠実じゃないなって思っただけで」
照れるけれど、有坂さんを好きなことは恥ずかしいことではないし、あの時有坂さんは震えていた。
嘘をついたり、誤魔化したりするという選択肢は最初からなかった。
有坂さんは母さんと話をしている。
照れながら恐縮して、笑顔を見せる有坂さんもかわいい。
彼女を隣で一番側で守れることが嬉しい。
「気をつけろよ。有坂、ネットで変な持ち上げられ方めちゃくちゃしてるから。ヤバイ奴が絡んで来そうだし」
「僕も見た。元々側で守ろうと思ってたし、根岸くんもみんなもいてくれるし大丈夫だよ」
ネットでは『血の蘇生術』を持つ有坂さんを崇め奉る、みたいな動きがあって狂信的な人も結構いるみたいだ。
有坂さん自身はそのことに触れたりは特にしていなくて、少し擦り合わせが必要かもしれない。
「……そう、だな。大丈夫だよな」
僕の言葉に、根岸くんが小さく笑う。少しの驚きと少しの照れと、大きな覚悟をその目に見る。
「どんな相手でもPKはダメだよ?」
「……釘を刺すなよ。俺はお前らのためなら何だって」
「だめだよ?」
「わかったわかった」
根岸くんはいい人だ。間違えたけれど、間違えたことを理解している。
原国さんは言っていた。PKをした人間の中で一番協力的だったと。
周回する中で、原国さんはあらゆる選択肢を選んできた人だ。
根岸くんをPK部隊にしたことも、あったと思う。
もう既に、左手に血の紋がある。持たない者の代わりに、悪人を殺してまわった周回だってあったはずだ。
原国さんが初手で根岸くんを選んで連れて来たということは、それだけ過去周回で根岸くんが献身的だったということだと思う。殺すことにも、救うことにも。
「僕はもう根岸くんに人を殺してほしくはないし、傷つけて欲しくもないんだ。根岸くんの初期スキルは有坂さんと同じ回復術だったって聞いたよ。根岸くんには、人を助けて欲しい。殺すんじゃなくて、活かして欲しい」
彼は優しい人なんだ。誰かを癒してきたんじゃなければ、初期スキルが回復術になったりはしない。
最初のPKだって、襲われた女の人を守ろうとして、してしまったことだ。
「敬……」
「根岸くんと同じように間違った人の気持ちがよくわかるはずだから。そういう人を救ってあげて欲しいんだ。根岸くんならできるって僕はそう信じてる」
同じ間違いをした人がいることは救いでもある。共感があれば、立ち直れたりもする。
ただ罰を受けるだけでは、きっと人は変われない。
根本の心の孤独や貧しさを癒せなければ、辛くて悲しくて生きるのが辛くて、自分も他人も粗末にする結果が犯罪なのだと僕は思っていて。
きっと根岸くんなら、その孤独を救うことができる。そんな気がするのだ。
「わかった。約束する」
穏やかに笑んで言う。きっとこれが彼の本質の顔なんじゃないだろうか。
本が好きで、人を癒す術を持っていて、他人の為に体をはれる。
少し捩れて歪んでしまった部分があっても、それに気付けば立て直していける。
僕の友人は、そういう人だから。
*
少し休憩が長引いてしまったけれど、血の蘇生術による蘇生が再開された。
僕たちの見知らぬ女性が血の紋を差し出す。有坂さんが頷いて、血の蘇生術を使う。
僕はその側で見守り、サポートする。
たくさんの人を蘇生してきて、初めて。
学校の、有坂さんの友達が蘇生された。
有坂さんと泣いて抱き合う。その後も、僕たちの関係者が蘇生されていった。
レベルアップによる、効果だろうか。
学校のクラスメイト、中学時代の友達、母さんの仕事先の人、武藤さんの仕事関係の人。
編集さんや作家友達の人が武藤さんをペンネームで呼んでしまって、武藤さんの正体がバレてしまったりもしたけれど。
根岸くんが「サインとか貰えねえかな」とこっそり訊いて来て「僕もいろんなことが何とかなったら頼むから、一緒に頼もう」と約束をする。
小さな約束が、果たせるように。
あらゆることに備えておこう。
僕のガチャスキルは、強力だ。職業スキルも。パーティーにはまだ空きが2人分ある。
誰をそこに入れるかの相談もしなければいけない。
ギルド拡張のためのダンジョン攻略も必要かもしれない。
タロット、大アルカナを持つ人と運命固有スキルを持つ人。
彼らの招集と、協力を取り付けることも。
レッドゲートが開いて48時間後に、僕らが攻略しなければならない大型ダンジョンが発生する。
レッドゲートを潰しきれたとしても、消滅後に残った魔方陣により異界化が進む。
オブジェクト型ダンジョンの発生。
建物がダンジョン化する現象が起きる。
明日の、朝。また世界は姿を変える。
そしてそれと同時に有坂さんの聖女スキルも覚醒する。
復活者と有坂さんのスキルによって、罪悪の清算が行われる。
7日後の滅びを回避する。そして、その後の世界をまた平穏に暮らせるように。
僕たちのできること。選択肢は無数にある。
だけど選べるのは、その場、その時に、ひとつだけだ。
誰かを救うということは、その他の誰かを救わないということもある。
それでも選ばないといけない。
それは今までの世界でも、同じこと。
人の積み重ねてきたことを、僕らもそうし続けられるように。
僕たちは選択をし続けなければいけない。
そんなことを考えているうちに、午前中の行動が終わる。
僕たちはホテルのレストランに呼ばれて、昼食をとった。
武藤さんは作家仲間の人や編集さんと何かを話ながら、ノートに何かをかきつけ続けている。
僕と有坂さん、母さんと楓さんで食べた昼食は美味しくて、楽しい時間だった。
移動の時に、有坂さんと手を繋ぐ。
温かくて、人を救う優しい手。
この人を、守って生きていたい。
午後からは警視庁に行き、原国さんと打ち合わせた後、有坂さんの反魂で意識のない人たちを復活させる。
既に救急の人たちが大きな病院へと移送がほぼ完了させたという。
車で移動を始めようとエントランスへ下りてきた時、出入り口で人が揉める声が聞こえた。
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