第84話【小さな平和】
レッドゲート開放まで、残り24時間を切った。
とはいえ、マップを見るとあれだけたくさんあったレッドゲートも、最初に見た数からすると残り3割くらいに減っていた。
僕たちと同じように活動していた人や、警察、個人活動をしている人などがダンジョンを踏破してゲートを消してまわっている。
よく考えれば、レッドゲートは『夢現ダンジョン踏破者』の数より少ない。
レッドゲートに変化しなかった通常ゲートは手付かずで残っているものが大半だけれど、単純に考えれば、レッドゲートより夢現ダンジョン踏破者の方が多いのだ。
10階層のダンジョンをクリアした人たちが、夢現ダンジョン内の浅い階にいた魔物しかいない5階層のダンジョンを踏破できないはずはない。
連携や協力をしあっていれば、48時間以内にレッドゲートを全て踏破することは、問題なくできてもおかしくはない。
世界で多発的に起きていた暴動や戦闘行為も、今は小康状態だという。
スキルを得て即時に殺し合いをする程、一触即発だった場所での戦闘。人を殺していれば蘇生スキルがあっても蘇生ができない。
殺し合いなのだ。
双方が殺人を行っていたら、人の数は減り、相手から奪った力で強化された者が覇権を握る。
家や建物に篭っているいる限り、そこに攻撃は届かない。
一部地域ではダンジョンで得られる力を求めて、ダンジョン内での闘争に発展しているとも聞いた。
政権が何とか持ち直した国もあるというし、新政権が樹立した国家もあるという。
建物が崩壊をしないお陰で、何とか家や職場に篭って安全を確保している人たちは怯え暮らしているという話。
一方ではフロンティアスピリッツに目覚め、ダンジョン攻略にいそしむ人たちもいるという話。
混乱はまだしている。
それでも、原国さんが見てきたどの周回よりも死者は少ないだろうという。
自身の信仰する神の御使いの姿をした、分かたれた星格が目の前に現れて、言葉を授けるのである。
深い信仰心を持つ人々は
遺恨が残らないわけではないだろうけれど、それでも自らの信仰が故の紛争は一度収まった。
信仰する神の御使いに「いつも見ている」と告げられて、戒律を破ることを彼らは恐れ、懺悔したという。
七つの悪徳についても告げられ、決して誘惑されることがないよう言われた彼らは、懸命にレッドゲートを踏破するようになったらしい。
海面の下降により、起きた混乱もあったが、それでも被害は原国さんの生きてきたこれまでの周回の中で最も少ないという。
今僕たちは、ホテルのホールで待機をしている。
今までの周回と違う点が多すぎることが主な要因だった。
余裕と余力がある、と原国さんは通話で言った。
無論経済の混乱や様々な理由で人同士の争いがなくなったわけではない。
それでも、ダンジョンアポカリプス以前の世の中でも、それらはあったことだと原国さんは語った。
スキルの力による犯罪の抑止と犯罪者の逮捕。人間の作り上げた法もまた機能をしている。
交信の復活した他国との連携も議会で話し合われ、新たな秩序の構築に向けて動き出しているともいう。
広いホールの中で、僕は有坂さんと根岸くんの側にいる。
昨日の夜に引き続き、血の蘇生術を使い、このダンジョン災害によって命を落とした人たちの蘇生を行っている。
血の紋を持つ根岸くんや、夢現ダンジョンでPKをしたことを後悔している人たちが協力してくれている。
手のひらを床につけた根岸くんの血の紋を使って、もう数十人が蘇生されている。
午後からは反魂を行う予定で、有坂さんの負担が大きい。
それでも彼女は笑顔で「できることはなんでもするよ」と言ってくれた。
僕や母さん、楓さんは蘇生した人をホール内に設置されたソファへ連れて行く。
武藤さんは離れたテーブルで何かをノートに書きつけている。
医療関係のスキルを持つ原国さんの部下の人たちに蘇生された人を預ける。
彼らは問診などを受け、別室へと案内されていく。
人に刻まれた血の紋から蘇生を行うと、血の紋を持つ人には激痛が走るという。
根岸くんの顔色は悪く、汗も滴り落ちている。
「そろそろ交代した方がいいよ、根岸くん」
「いいんだ。まだやれっから、大丈夫」
僕が声をかけると、彼は弱弱しく笑って言う。
どう見ても大丈夫には見えない。
有坂さんと目が合うと、彼女は微笑んで頷く。
「根岸くんは休んでね。次の人、お願いします」
強がる根岸くんに有坂さんが微笑んで言う。
夢現ダンジョン5階にいた大学生が、前に出る。
「俺にも償わせてほしい」
まだやれると言いかけた時に、そう言われて、根岸くんは「ああ、そうだよな……」と呟いて立ち上がった。
その体がふらつき、よろける。咄嗟に支えると、根岸くんの体はひどく熱を持っていた。
「根岸くん歩ける? 肩貸すよ。ソファで休んで」
「悪い」
「悪くなんてないよ。ありがとう、根岸くん」
「何で敬が礼を言うんだよ。それを言うのは、俺の方だろ」
ゆっくりと肩を貸して歩いて、ソファに根岸くんを座らせる。
「俺が奪っちまったんだ、返さないと、ダメだろ。その方法を敬たちがくれたんだ。俺は何でもするよ」
汗を拭い、息を吐く。
視線は、有坂さんとあの大学生の方を向いている。大学生はあまりの激痛に悲鳴を上げてのたうつ。
それでも彼は起き上がり、また床へと手をつく。泣きながら。
「痛みの感じ方って人それぞれ違うらしいぜ」
彼の奮闘を眺めて、ぽつりと根岸くんが言う。
「確かに、痛みって主観で共有できないもんね。同じ刺激に対しての反応と感覚の伝達でしか差異はわからないっていう」
「そう、俺って打たれ弱かったのかも」
根岸くんが小さく笑う。
彼が弱いというイメージはない。首をかしげると根岸くんが言う。
「ちょっと思い通りにならなかっただけで拗ねてグレて、この有様だもんな」
血の紋の刻まれた、左手をかざす。彼が夢現ダンジョンで行ったPKの数は多い。その紋は肘にまで達している。達していたはずだった。
「あれ?」
「あ」
血の紋がほんの少し、短くなっている。
肘に達していた紋は、肘の手前までになっている。
「ステータスとか、変化ない?」
はっとして言うと、根岸くんはスマホを見た。
「レベルが下がってる」
根岸くんの個体レベルが、1レベルだけ下がっている。スキルとかには変化はないらしい。
「経験値を使ってるのかな。
僕は
『紋は門。開くには代償が必要になる。生命力精神力、そして経験値を僅かに消費する』
この星格たちは、善悪関係なく、説明が不足するらしい。
僕がそれを伝えると、根岸くんは笑った。
「代償がそんだけなら全然いいや。それにしてもなんか説明下手なんだな。何か親近感わくな」
何だか少し、根岸くんは変わったみたいだ。
イライラした表情を見せなくなった。
僕のバイト先で、コーヒーを飲んでいるときみたいなゆったりとした表情をしている。
「敬、ありがとう。俺できることをやるよ。お前みたいにはできないだろうけど、それでも。俺は俺を諦めないことにしたから」
彼はそう言って、笑った。
「うん、できることをやろう」
そう言って、拳を軽くぶつけあう。僕には協力できる仲間がいる。
全部上手くはいかなくても、それでも。
滅びの回避をみんなでするんだと思えば、怖くはない。
有坂さんの元へ戻り、サポートをする。
幾人かの蘇生が成った時、
有坂さんの手が、止まった。
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