3章 運命の輪

第74話【原点回帰】

「神様だってわっかんないんだよなあ……」


 スマホで巨大掲示板を眺めながら楓さんがボヤく。

 僕たちは一度警視庁へと原国さんの運転で戻る最中だ。楓さんの「僕が神様になることへの提案」に武藤さんが怒って、姉弟喧嘩が始まってしまい、僕と有坂さんでそれを止めた。


 子供の頃の時間で止まっていた姉弟関係。本気の喧嘩ではないことはわかっていたけど、それでもようやく一緒にいられるようになったのに、僕のことで喧嘩はしてほしくない。


 楓さんが言うには、人格はそのまま武藤楓であり、異界の神の分体から得たのは知識部分だという。

 知識を得れば、人はそれを知らなかった状態には戻れない。彼女自身15年かけて今までの知識と概念でそれを擦り合わせながら昇華しつつ、動向を見ていた。


 とはいえ全てを見られるわけではない、とも語った。


 原国さんの過去の周回記憶については楓さんにはない。神の叡智とは言え、この星のものではなく、万能ではないということだった。

 それでも今回の15年分を見ていて原国さんのスキルにあたりはつけていたらしい。


 その上で僕が神様になるよう提案されたのも、衝撃だった。

 僕はただの高校生でしかないのに、得たスキルが強かったばっかりにこんなことになるなんて、想像もしてなかった。


 ガチャスキルだって、みんなで使ったほうが有用だからそうしただけだし、調停者スキルは調停の名前通りの裁判スキルで僕が扱えるのか不安だし、不老不死に至ってはどの周回の僕も封印して使わなかったものだ。

 父さんが異世界の人だというのも驚いたし、強いスキルが偏るのはそのせいかもしれない。


 だとしたら、それは僕の力ではなく父さんの力だ。もっとこのスキルにふさわしい人がいるんじゃないだろうかと考えてしまう。


 PK以外のスキルの継承や譲渡。そんなスキルもあるかもしれない。何もまだ未熟な僕が神様になることを考えるよりも、もっとたくさんの物事を理解している思慮が深い、聡明な善い人がいるはずだとも思う。


 でもその人に人間をやめろとも言いたくはない。僕たちで結論を急いでいいことでもない気がする。


「夜桜さんたちや宗次郎くんたちも戻っています。我々だけで考えてはいけない問題だ。情報の共有と意見を貰いましょう」

 原国さんがそう言った。

 警視庁に戻り、人を集めて相談を行う。確かに神様になるのは誰かだけじゃない、知り得たことを僕たちだけで秘匿しておいてはいけない気がする。


 どの程度世界に情報を開示するのかも。


 最早今までの周回で通ってきたルートと余りに外れてしまっている、と原国さんは言っていた。

 夢現ダンジョンのように、みんなで力を合わせたことで最良の結果が出せたのなら。後悔がないように、同じようにした方がいいのかもしれない。


 今回の夢現ダンジョンの攻略結果が一番最良の結果だったという話であるならば、夢現ダンジョンでの攻略に習った方がいいのかもしれない。


 夢現ダンジョンは協力型でいたから、多くの人を助けられた。助けた人たちにも助けられて、有坂さんは血の蘇生術を得られた。

 これまでの原国さんの見てきた周回で、今の時点で生き返らなかったひとたちも数百人単位で生き返っている。


 隠された条件はきっと、協力しあうこと。それぞれがみんなのために力を貸し合うこと。

 そうなのかもしれない。


 それを思うとたったひとり、夢現ダンジョンで救えなかったあの男を思い出す。


 全てを諦めた目をしていた。紅葉さんと同じ目をしていた男にも、ああなってしまったきっかけがあったのかもしれない。

 根岸くんたちのように、紅葉さんのように、あの場所で、踏み外した何かが。


 他にもいる、PKをしてしまった人たち。徳川という男に首を落とされてしまった人たち。してはならない過ちを犯した人たち。


 もしそれを救えるとしたら、それは僕ではなく、他の誰でもなく有坂さんかもしれない。

 あの時彼女は迷うことなく、あの男に蘇生魔術を使った。強さも優しさも厳しさも持った、有坂さんだからこそ堕ちた魂をも、救えるのかもしれない。


 だけど有坂さんの運命固有スキルについては聖女、ということしかわかっていない。

 内容も獲得方法もだ。


「有坂さんの聖女スキルの獲得条件ってわかりますか」


 原国さんの死に戻り、武藤さんの直感EXは事故直後から発現していたらしい。

 僕の調停者は共有者からのランクアップ扱いで取得出来ている。


 だけどいろんな情報に飲まれて、有坂さんの聖女スキルについての話がまだできていない。


「残念ながらそれはまだ話せません。ですが、時間の問題かと思いますよ」


 死に戻りスキルが停止しても制約までもが停止になるわけではないらしい。

 それでも時間の問題というのであれば、それを獲得することはできることがほぼ確定しているということだ。


「わかりました」

 僕は返事をして、スマホを見る。

 母さんとショートメールのやりとりを眺める。母さんも覚醒者になったらしく、付与術スキルを得たとメールには書かれている。


 スキル封印を付与した留置場や車両、手錠の話もあったけれど、どうやらそのスキルらしく、レベル上げに侵入者のいないレッドゲートもいくつか回ったという話だった。


 母さんに、父さんの話をしなくてはいけない。

 どんな顔をするか想像もできないけれど、少なくとも母さんは父さんを今でも愛しているから、父さんを覚えている人がいることに喜ぶかもしれない。


 母さんは僕に、父さんの思い出をたくさん話してくれた。

 誰も父さんを覚えていないことを、僕に隠し通してくれた。父さんの写真がなかった理由も優しい嘘で隠してくれた。


 僕が不安に思わないようにしてくれていたのだと、わかる。


 もし、星のバグを取り除く方法が得られたのなら、もしかしたら父さんの存在を取り戻すことができるかもしれない。


 宗次郎くんたちも警察官3名入れ替え式の6名体制でレッドゲートを8つ攻略したとメールが来ていた。


 僕たちはまた力を合わせて、みんなで7日間を生き延びて、人類滅亡の阻止をする。

 夢現ダンジョンでは10時間だった。今回は7日間。


 そのために、あの時のように、できることをできるかぎりしていこう。


 そんなことを考えていると、警視庁の地下駐車場に到着した。

 駐車場にあったレッドゲートは全てなくなっていた。



『一定の魂の銀貨を得ました。海面の下降を行います。実行まであと8時間』


 そして、僕らの耳に届いたのはそんなアナウンスだった。

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