第50話【救出】
悲鳴が聞こえる。駆け出そうとした小川さんを抑えて、武藤さんが僕に目で合図を送る。
小川さんの気持ちは、痛いほどわかる。僕も出来るなら駆け寄って助けたい。
だけど慎重にならなければならない。悲鳴の主が敵対しているのは、モンスターとは限らないのだ。
武藤さんと僕とで足早に、しかし足音を発てず、先行する。
やがて薄暗い通路の奥に見えたのはモンスターに襲われて、倒れている人と、悲鳴を上げる青年。確認したと同時に武藤さんがモンスターを屠る。
「大丈夫か!」
目の前で自分に襲い掛かっていたモンスターが真っ二つに切り裂かれ、驚く青年に武藤さんが声をかける。
どうやら彼らは、覚醒者ではなさそうだ。
覚醒者なら、レベル5ダンジョンで死にかけることはそうそうないだろう。
振り向いた青年は震えて、「み、みんなが……」と繰り返す。彼の周囲には倒れている人たちがいる。4人だ。そして周囲にはモンスターコインも落ちている。
「今回復します」
追いついた有坂さんが、彼の傷を癒す。
「スマホ見せてみな。他の奴の状態が知りたい」
突然痛みも怪我もなくなり、驚く青年は武藤さんの声に素直にスマホを差し出した。
半分呆然としている。
武藤さんが有坂さんにスマホを渡す。有坂さんが頷いて、死者には蘇生を、怪我で気を失っている人には回復をかける。
うめき声を上げて、倒れていた全員が起き上がる。念のため全員にスキル封印を施しておく。
僕は彼らの話を聞くのをみんなに任せて、原国さんに報告を上げる。
彼らの話は単純で、報道やネットを見てダンジョンに来た大学生たちだった。
レベルは低く、覚醒者ではない。武藤さんが立ち上がった彼らに清浄魔術を使い、血を落とす。服以外は怪我をする前に状態に戻り、彼らは有坂さんと武藤さんに何度もお礼を言う。
ここからは保護した彼らを連れて、攻略を進めることになる。
この先に覚醒者がいないとも限らない。僕の存在は伏せて、話の方向は武藤さんに全て預けている。
僕らの扱いは『警察組織内にある部署の人員』、という形ではない。
ダンジョン特務捜査という組織は、ダンジョン災害による超法規的措置『ダンジョン災害に置ける特務捜査機関設立』法案から成るものらしい。
立ち位置的には、警察の上位組織として特殊に編成されているとのことだった。
なので、この場を取り仕切る権限は警察官の小川さんではなく、武藤さんが指揮権を持っている。
そして僕らは能力があるとは言え、未成年なので立ち位置的には武藤さんの部下という扱いになる。
警察組織は上意下達が基本のため、小川さんもまた、立場的には武藤さんや僕らの下位に位置していることを理解している。
僕は特に人に命令することに魅力は感じないし、子供に命じられても大人からすればいい気分はしないだろうと思う。
とにかく僕はダンジョン内では影に徹して、みんなの安全を守る方がいい。
外でも気配遮断を使い通した方がいいかもしれない。影に徹していても、パーティーメンバーは僕を認識できるのだから。
僕らは、5人の大学生と共にダンジョンを攻略する。強いパーティー、しかも国の特殊機関の人員に庇護を受けて、浮かれかける彼らを諌めて進む。
生存者はあと3人。死者は2人。
正体不明の生存者。彼らがどこで、どうしている、どんな人間なのかはわからない。
とにかく慎重に進んで、助けられる人を助け、小川さんを覚醒させて送り出す。
病院地下駐車場にも、車両を用意中だという連絡がチャットに入る。
スマホの時計を見れば、もう完全に夜は明けている。
普段なら、いつもの日常なら学校の教室にいる時間だった。
学校は、どうなっているだろう。
根岸くんたちは、どうしているだろう。
ふと思うが、頭を今に切り替える。ここは、まだ危険が残っている。
武藤さんが刺された、有坂さんを泣かせてしまった、夢現ダンジョンを思い出す。
刺した男の諦めの顔と、厭わぬ死を思い出す。
今度は。今度こそ、そんなことにならないようにと、前を向く。
隊列は僕と武藤さんが並び前を歩き、小川さんと有坂さんで4人を挟む形で進む。
慎重に進む僕たちが、彼女と出会ったのは地下3階でのことだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます