第20話 目覚めと再会

 書斎で応接用のソファに座った澪の前で、絵山が紅茶を淹れる。

 それが正面に置かれた時、澪は招待状を開封していた。新月の夜会は、毎年四月末のワルプルギスの夜を終えた、その次の最初の新月の日に、高位の華族が行う夜会だ。毎年主催者は持ち回りとなる。満月の夜会は、ハロウィンの次の最初の満月に行われる。桜を見たり紅葉を見たりといった行事も多いが、洋風の行事にもことかかない。


 澪が日時を確認しながら、紅茶のカップを持ち上げる。

 するとノックの音が響いた。


「入れ」

「失礼します」


 入ってきたのは津田だった。愛くるしい少年姿の津田は、入室すると絵山の横に立つ。そして澪へと微笑を向ける。


「昨日お連れになられた相くん、目が覚めましたよ」

「そうか」


 招待状をテーブルの上に置き、澪が顔を上げる。


「目立った外傷もなさそうです。ただ、非常に個性的な血の匂いがしますね」

「個性的、か。ものは言いようだな」


 澪はそう苦笑して紅茶をもう一口飲んでから、津田を見た。


「暫くはこの家で保護するから、身の回りの世話を頼む」

「はい」

「午後の茶会時に、昴兄上に会わせる準備を整えておいてくれ」

「お知り合いなのですか?」

「恐らくな」


 頷いた澪を見ると、津田が腕を組む。


「極上の匂いの持ち主と、その逆の人間が知り合いというのも奇妙ですね。ただどちらにしろ人間です。澪様、あんまり深入りしない方がいいのでは? 何をなさっておいでなのかは知りませんが」

「そうだな。肝に銘じておく」


 澪はそう答えると立ち上がり、招待状を改めて手に取り、執務机へと向かった。そして出席するという手紙を綴ると、封筒に入れて、津田に渡す。


「これを出しておいてくれ」

「はーい」


 津田はそれを受け取ると、部屋を出て行った。ぱたんと扉が閉まった時、絵山が言う。


「俺もあまり危険なことはしない方がいいと思うよ」

「人間の児戯など危険なものか」

「……まぁ、人間は俺達に比べれば、確かに弱いですけどね」

「どちらかといえば、敵の行為は怖気が走り吐き気がする。敵、と呼ぶのが正確かは分からないが」


 澪の声に、絵山がゆっくりと頷いた。



 このようにして時間が流れ、昼食の席で、澪が昴に告げた。


「兄上、会わせたい者がいるんだ」

「うん?」

「午後のお茶の時間に、ちょっと一緒に来てほしい」

「分かった」


 こうして約束を取り付けた澪は、食後一休みしてから、昴を連れて相の部屋へと向かった。先導していた津田が扉を開けると、ベッドの上で上半身を起こしていた相がハッとしたように顔を上げてから、まず澪を見て泣きそうな顔をした。その直後、昴の姿に気づくと、ベッドを飛び降りて駆け寄ってきた。


「昴さん!」

「相? どうしてここに?」


 やはり顔見知りだった様子の二人を見て、澪が腕を組む。

 津田が、そばのテーブルに簡単なお茶の用意を始めるのを、絵山と久水が手伝っている。


「昨日、澪様が助けてくれたんだ」

「え?」


 驚いたように昴が澪を見る。澪はゆっくりと頷いた。


「実は教会へ慈善事業に出かけて――忘れ物を取りに戻ったら、相が危険な目に遭っていたから保護したんだ」

「危険な目? 一体何が……」


 困惑した様子の昴を見て、何も知らないようだと澪は判断する。相は震えながら昴に抱きつき、額を昴の体に押しつけている。聖職者達の行いであったから、昴も育ての親がなにより紫苑牧師だったというし、あちらの事情を知っている可能性を、澪は考えなかったわけではない。だがあの、アリスにはなにも知らせていなかった様子を振り返り、兄は関知していないと判断していた。それは被害者の相が知らなかった事と同じだ。


「檻に入れられて、あとは怖くてよく覚えてないんだけど、そこから澪様と、そこにいる絵山さんが助けてくれたんだ」


 震えながらそう述べた相の髪を、心配そうに昴が撫でている。それを聞いた昴は、澪を見た。


「相を助けてくれてありがとう」

「いいや。困っている者を見たら、助けるのは当然だ」


 本当はそのような事は思っていなかったが、澪は優しい上辺の表情を取り繕い、そう答えて穏やかに笑った。すると相が見惚れたように目を丸くし、僅かに頬に朱を差した。


 昴が頷く。


「澪は優しいんだな」

「兄上の自慢の弟になれるだろうか?」

「そ、そんなのは決まってるよ」


 昴のことも照れさせて、澪は満足した。




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