14話【愛の告白】

「貴様が我が孫娘の名誉を傷つけ、我が約定を破り捨てた男か。素っ首刎ねられても文句は言えぬぞ」


 リングからお爺様が王子を見下ろして言う。


「そんなことで気が済むのであれば、そうするがいい、レストライアの王よ。だが、その場合エメルディオは完全降伏をし、戦争は望めない。それでよければだが」


 王子は堂々とお爺様の目を見て言う。


「エメルディオの王位は武力により俺が継いだ。王自ら古い約定を破棄し、新たな約定を結びに来た。戦争という約定だ」

「何のために」


「ルティージアの全てを我がものとするためだ。俺の命どころか国ひとつ賭けても足らん程の美姫。俺は俺だけのものにしたい。故に、その美姫の望みのひとつを叶えに来た」


 威風堂々言い放つそれは、ただの我欲だ。黙っていても半分は手に入ったもの。その半分が欠けるのを、拒否したのだ。

 婚儀の後に愛人を持つことは血統主義ではないレストライアでは普通のことである。誰の子を生んだとしても、子は宝。皆で育て慈しむ。


 一方、エメルディオは血統が重んじられる。

 故に、その折衷案として王子の子を産んだ後に愛人を持つことになっていた。その選定も済んでいた。

 シュレーゼとクレイデュオだ。


 それが、我慢ならないという。なんという我がままな男だろう。そのために臣下臣民全ての命を賭けた。

 だからこそ本人がここに来たのかもしれない。


 まずは自分の命を賭けることを示すために。


「ルティージア姫は7つの時に、俺から欲しいものを訊かれ、答えた。戦場を望むと。ならば叶えるだろう」


 来年になれば、婚儀が行われ、私はこの男に公爵家から嫁ぐはずだった。

 公爵家、公国とは言え、その家の娘であれば『公爵令嬢』であって、『姫』ではない。


 けれど王となったフェンラルドは私を『姫』と呼んだ。


 彼の中では私はすっと『姫』だったのかもしれない。いつそう思い始めたのかはしらないが、歴史を学んで両国の違いを重く受け止めたのかもしれない。

 エメルディオでは王や王妃が戦場に出ることはない。それをするのは世界の王国帝国を集めても、レストライアだけだ。


 ただ、王自らが、宣戦布告の書状を持って現れるなんてことは、レストライアでもやらない。

 それだけ覚悟を決めて腹を括ってきたのだろう。


 全て。手に入れるのも失うのも、どちらにしても半端はない。

 そういうことなのだろう。


「俺がここで死ねば、前王が完全降伏を申し出る。戦いにはならない。孫娘の愛らしい願いを叶える気がないのであれば、俺の首をとるがいい。力を封印された無抵抗の男をな」


 王子の言葉を聞き、王は呵々と笑う。

 そしてスキル封印の腕輪を、命じて外させると、王子をリングにあげた。


「ならば、その大言に見合うだけの武勇を示せ。一撃でもいれられれば、その書状、受け取ろう」


「光栄だ。レストライア最強の王よ。そして、ルティージア、お前の男がどれ程のものか、お前に恋焦がれた男の得た力がどれ程が、そこから見ていてくれ。俺はお前に全てを捧げる」


 王に一礼をした後、王となったフェンラルドが私を見据えて言った。

 策略も謀略もなく、ただ堂々と。


「俺はお前だけを愛している。今日はそれを伝えに来たのだ」


 そう朗々と言い放った。


 愚鈍の仮面を被り、演じ続けた本性は、苛烈な独占欲のためだけに在る男。

 最も権力を持たせてはならない男だ。


「了見が狭くてよ。私を侮辱した分、お爺様に揉まれるといいわ」


 試されに来たというのなら、試そう。

 レストライアという国と民が異端であることを我々は知っている。

 他の国家は戦争を避ける。臣下臣民の命は王にとっての財産でもある。


 人の命の価値は、それぞれの国で違っている。


 だとしても王が女ひとりのためだけに、それを全て投げ打つというのは狭量がすぎる。

 国は民の命でできている。民なくして国は国にあらず。


 了見の狭い、我欲に生きる王は討たれても文句は言えまい。


「お前の望みは俺が全て叶える。故に、俺の了見の広さはお前の望みの広さに順ずることになる。よく考えておくといい、お前が女王として君臨する事を」


「私の望み、全てとは大きくでましたわね。私に愛人を持たせたくなくて暴れているのでしょう?」


 私の望みを全て叶える、ということは、全てを私の望む国にするということ。

 女王と言った。王妃ではなく。


 王位すらも、私に捧げると?


「無論、それもある。俺も男だ。お前が俺と戦って、それでも俺以上の男を望むのでなければ、諦めるわけにはいかんだろう」

「私と戦うおつもりなのね」


 思わず微笑してしまう。正面から私を打ち倒して全てを得ようとする男には、生まれて初めて出会った。

 なるほど、これはよいものだ。


「決闘ではだめでしたの?」

「そんなままごとで満足する女ではないだろう。そんなお前を俺は愛しているのだ。最も苛烈で美しき姫よ」


 こんな男だったとは知らなかった。


 暗愚かと思えば、この男はエメルディオ、レストライア、その他のどの国の者とも違う思想で生きている。


 今のこのやりとりに、どんな感情を抱いてよいものか迷わせたのもこの男がはじめてだ。


「お爺様、その男、気に入らなければ討ち殺して頂ければと思います。王のご随意のままに」


 故に、裁量は王の手に委ねる。

 ここはレストライア。この闖入者への決定権は全て王にある。


「では、ルティージア。お前が審判として裁定をせよ。お前の招いた客人だ」

「御意に」


 フェンラルドが私のその声に、にこりと微笑む。

 向かい合うは、老いたる最強の王と、若き暴挙の王。


 私の開始を告げる声と共に、戦いが始まった。


 

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