8話【レストライアの番犬/クレイデュオ視点】

 姫様のお夜食の果物を山の中でもぎ取る。



 俺の採ったもので、姫様の腹が満たされる、というのは何とも言いがたい快感を覚える。

 食事の獲物も俺が捕って捌いた。


 明日は川辺を通るので、魚もいい。


 姫様の美しい肉体を作る栄養の元を、得ることができる。捧げることができる。

 なんという栄誉だろうか。


 レストライアの騎士は狩猟も得意だ。何故なら飢えれば弱くなるから、どこに在っても飢えないためだ。


 食事は肉体の源。


 それゆえレストライアの民は皆、よく食べる。そして、よく動く。


 姫様は俺を犬のように可愛がってくださるいい主人だ。

 番犬、あるいは猟犬のように。


 レストライアの騎士は、執事の下位職。

 騎士には武力があり、執事はそれ以上の武力と知識が必要となる。貴族に仕え、片腕となるのが執事。そしてその更に補佐をするのが騎士の役割だ。


 シュレーゼは執事として一流の男であり、俺を姫様を守る番犬として、そして姫様の敵を追い屠る猟犬として上手く使ってくれる。

 よき上司である。


 しかしエメルディオの王宮で過ごす日々も悪くはなかったが、まさかあのバカ王子がここまで頭の螺子が飛んでいるとは予想外のことだった。

 姫様への侮辱は許しがたいので殴る許可は今でも欲しいところではあるが、姫様が喜んでいる姿を見るのは純粋に嬉しくもある。


 草むらを抜け、野営地へと戻る。

 もうすっかり夜だ。夜目が利くのは便利でいい。鍛えた甲斐がある。


 夜の中でも姫様はお美しい。

 月光の下、俺を見て微笑む姫様は何者にも変えがたい宝石のような女性だ。


「おかえりなさいクレイデュオ」


「只今戻りました、姫様」


 騎士の礼をとり、シュレーゼに果物を渡す。俺が果物を採り、シュレーゼが果物を剝き、姫様が食べる。

 その流れが俺はとても好きだ。


 元々俺はそれ程賢くはない。それでも姫様付きの騎士になるため、騎士としての礼節や言葉遣いを覚えた。

 レストライアの端の方の村で育ち、幼少期から力が強く、その武力を買われて首都へと来た。


 そして姫様を見た。それで俺の心は決まった。俺の主はこの人がいい、と。


 そこからは猛勉強をした。俺と同じ目的を持つライバルは多かったが、それでも俺は騎士の座を勝ち取ったのだ。


 それから幾度も、騎士からの挑戦を受け、俺の武力は更に磨きがかかった。

 騎士同士の戦いでは、殺すことは禁止されている。それゆえ手加減も上手くなった。


 姫様は仰った。


「シュレーゼもクレイデュオも、私を望むのならこの男以上に面白くなくてはダメよ?」、と。


 ということは、あのバカ王子よりも姫様を面白がらせることができれば、俺が姫様を望んでもよい、ということだ。


 一体どのようにして、姫様を面白がらせるべきだろうか。


 やはり、レストライアの淑女たる姫様であらせらるわけだから、武力。

 武力により勝ち取るべきだろう。


 そうなると、戦場で首級を多くとればいいだろうか。


 許可があれば、あのバカ王子の首ももぎ取りたいところである。

 姫様のお望みは何だろうか。


 俺はただの番犬でもよかったし、猟犬でよかった。


 そしてシュレーゼと共に、王子との婚姻後に姫様の愛人になれれば、それ以上はないと思い込んでいた。


 けれど姫様は俺にも伴侶としての男になれるチャンスを与えてくださったのだ。


 戦争が終わった後に、姫様に挑み、シュレーゼと共に夫として屈服するのもいい。

 だがそれでは、多分姫様は今ほど面白がっては下さらないだろう。


 姫様を満足させて差し上げたい。あのバカ王子よりも。

 姫様への侮辱をしたあの時、シュレーゼに止められなければ、俺はあのバカ王子の首をへし折るか、噛み砕いていただろう。



「クレイデュオ」

 姫様が俺を呼ぶ声が好きだ。


「お呼びですか、姫様」

 姫様へ跪くのも、好きだ。


「私は休みます。見張りをお願いね」

 姫様のお願いも命令も、大好きだ。


「はい。ゆっくりとお休みになられて下さい、姫様」

 シュレーゼが姫様をテントに連れて行く。


 レストライアの民は、野営の時、火を焚いたりはしない。

 夜目が利くものが見張りを務める。


 姫様もシュレーゼも夜目は利く。戦場で有利になるスキルは、皆持っている。

 しばらくすればシュレーゼが交代に現れ、少し眠れる。


 夜闇の中、気配を消し、俺は座る。

 山の中は、故郷を思い出させる。


 そうして俺は、魔物や刺客を警戒をしながら、姫様を面白がらせる方法を考え続けたのだった。

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