第89話

 翌朝、扉をノックする音でナーニョは目が醒めた。どうやら修道女が朝食を持ってきてくれたらしい。


 ナーニョは朝食を受け取った後、素早く着替えて朝食を摂る。


「おはようございます。今日も天気が良くて良かったです」

「ナーニョ様、おはようございます。では出発しましょう」


 エサイアス達と共に街を出て森に入っていく。ひざ丈程度の魔獣が多いようだ。各々魔獣に討伐している。


 これだけ多いと街で専門店が出来るのも不思議ではない。


 商売になっているのだから騎士達が狩っては駄目ではないかと思ったのだが、どうやら商会の馬車に突撃したり、食糧を奪おうと襲ってくるのでいなくなった方がいいのだとか。


 それに空間が出来る限り魔獣はいなくならない。仕事が無くなるわけではないようだ。


 ただ、今回退治した魔物は集めて村の入り口に置いていて欲しいと言われている。


 魔獣専門店の店主から大きな手押し車を借り、騎士達は倒した魔獣をその上に乗せていった。


 半日だけで三十は倒しただろうか。騎士達は怪我することなく倒していく。


「まだまだいるが、今日はこれくらいにしよう」


 エサイアスの言葉で街へと戻った私達。


 街の入り口には魔獣専門店の店主がホクホク顔で待っていたわ。


 金額はかなり下がるらしいが、全て買い取りという形でお金を隊長に渡している。


 肉は食堂や精肉店へ、素材は魔獣専門店に並ぶそうだ。


 騎士達も思わぬ臨時収入に笑顔が溢れている。


 こんなに多く狩ったら肉は余るんじゃないかと思っていたが、そこは商人魂が炸裂。


 燻製にしたり、塩漬け、ジャーキーを作り長期保存が利くようにするらしい。


 今まで街で消費するためだけに狩られていた魔獣は私達が討伐したことで王都に珍しい食材として入ってくるのもあるかもしれない。


 私はエサイアス様と食事をした後、神殿へと戻った。今日から神殿で治療を開始する。


「ワット神官、お待たせしました」

「ナーニョ様、こちらです」


 神官は笑顔で手を振りながら迎えてくれ、そのまま応接室のような部屋へと案内された。


 タペストリーが飾られているその部屋は小さなテーブルを囲むようにソファが置かれてゆっくりと話をすることができるようになっていた。


 ソファに座る三人の人物。


 一人は商会長、あとの二人は身体に欠損があるようだ。三人は私を見るとすぐに立ち上がって深々と礼をする。


「ナーニョ様、今日は怪我人を治していただけると聞いてきました。私、商会長のヨモフです。今日は宜しくお願いします」

「ご足労頂きありがとうございます」


 ワット神官は私の隣に座り、治療の様子をしっかりと見届けるようだ。


 どうやら商会長の話では怪我をしている人は多くて全員に治療を受けさせたいが、治療できる人数に限りがあるので手や腕を失くした人を優先して治療してほしいそうだ。


 今回連れてきた二人は商会で働いている二人。二人とも他の街へ荷物を届ける途中に魔獣から攻撃を受けて怪我をしたようだ。


 一人は右手首から下がないのと左足もひざ下から義足になっている。もう一人は右腕の付け根からないようだ。


 神に縋りたい一心で今日この場に来たらしい。


「治療をはじめるにあたって、何か質問はありますか?」

「「いえ、ありません」」


 二人とも真剣な表情で頷く。


 私は立ち上がり、向かいにいた義足を付けている人の前に立ち、肩に手を当てて魔法を唱える。


 ゆっくり怪我人の身体を魔力が巡り、じわじわと手と足が生えはじめる。


 その様子を見ていた商会長の見開いた目は今にも零れ落ちてしまいそうなほどだ。待っているもう一人の怪我人も凝視している。


 やはり彼も驚きで言葉が出ないようだ。


「治療が終わりました。違和感はないですか?」


 カランカランと落ちた義足。ワナワナと震える両手を見て声が漏れる。


「あ、あぁぁ……。う、うぅ」


 声にならない様子。


 彼の目から涙が溢れると同時に嗚咽を上げて泣いている。


 商会長はその様子を見て目を真っ赤にしている。


 ここまでくるのに様々な事があったのだと思う。

 それこそ言葉に出来ない苦労が多かったのだろう。


「ナ、ナーニョ様。有難う御座います。ザレンもみてやってくれますか……」

「分かりました。ザレンさん触れますね」


 普段私は治療する人達の名前をあえて聞かない事にしている。それは治療する上で個人に思い入れをしないようにするため。


 自分に近い人であればあるほど丁寧な治療したいと思ってしまう。


 個人を知れば治療に差が出てしまうかもしれない。その思いがあるから名前を聞かないようにしている。


 私はザレンさんの肩に手を当てて治療を始めた。


 彼は腕以外特に問題はないように思える。ゆっくりと生えてくる腕。萎んでいた服の袖がゆっくりと持ち上がっていく。


 その様子を見てザレンも言葉を失っているようだ。


 ……魔力を流してふと気づいた。


 いや、きっと間違いかもしれない。私は口を閉じる。


「……本当、なのか……? 夢じゃ、ない、よな? 商会長、見てくれよ。俺、俺の手は見えるか?」

「あ、ああ。ザレン。見えている、夢じゃない」

「あぁ、ナーニョ様!!! あ、有難う御座います」


 ザレンさんは地にひれ伏しそうなほど頭を下げている。


「いえ、私は私の出来ることをしたまでです。……ごめんなさい。少し魔力を使いすぎたので少しの間、退室させて頂きますね。」


 私はそう軽く答えて一礼して部屋を出た。

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