第2話

 私はナーニョ・スロフ、八歳。


 猫種の獣人なの。明るい茶色の耳にふわふわの尻尾はとっても気に入っているの。


 けれど人間の血が濃い私は夜目がきくとか身体が柔らかいとか猫の特徴ともいえるものは持っていないの。


 ちょっと残念よね。その分魔力はあるみたい。


 今日は私の誕生日で父と母は仕事を切り上げて家に帰ってきた。私の家はいたって普通の家庭で父も母も村の役場で働いているの。


 妹のローニャは四歳。テーブルには私の好きなポイの実やキュールのスープが用意されていた。


 私と妹は嬉しそうに席についてポイの実を頬張った。


「ナーニョ、八歳のお誕生日おめでとう!」

「お父さん、お母さんありがとう」

「ナーニョも八歳になったのだからプレゼントは指輪にしたんだ」

「本当!? 嬉しいっ! ありがとう」


 母から渡されたのは三つの指輪。

 指輪にはヒエロス、ヒーストール、ヒュールヒュールと書かれていた。


「凄い! これで私も魔法が使えるのね」


 私は嬉しくなって母に抱きついた。


 妹のローニャはまだよく分かっていないようで首を傾げている。


 魔力を持つ私達は物を介して魔法を使うことができるが、媒体となる物は指輪が一般的だ。そして人間と違う所は魔法を使う用途ごとに物を変えなければならない。


 人間は呪文で様々な魔法を行使していたようだが、獣人には発音が難しく、物に呪文を刻み、使うようになった。


 当初は杖や服など様々な物に書かれていたが、持ち歩きやすい装飾具、特に指輪を使うことに落ち着いたようだ。


 ヒエロスと刻まれた指輪には怪我を回復させる。ヒーストールは浄化、ヒュールヒュールは結界だ。これは子供が一番初めに与えられる代表的な指輪。


 子供のうちは人に害を与えない物が選ばれる。


 火の玉や氷の矢などふざけて他に危害を加えさせないためだ。


 そして指輪の形状。


 初期の物はシンプルな輪になっている。高度な魔法は複雑な形を取っている。そして複雑な物になればなるほど高値で売買されている。


 父も母も花や蔦柄の指輪をしている。


「ナーニョ、無くすといけないから首に掛けておきなさい」


 父はそう言うと、チェーンを渡してくれた。


「お父さん、ずっと掛けっぱなしでいい?」

「あぁ。これは肌身離さず持っていなさい」

「はぁい!」


 私は元気一杯に返事をした。嬉しくて仕方がなかった。母の作ったごちそうを食べ、みんなで歌い、誕生日を楽しく過ごした。


 翌日から村の人達に回復魔法をして回ったのは言うまでもない。



「ナーニョ、腰が痛いんだ。ちょっと掛けておくれ」

「うん!ジョロアじいちゃん、これでいいかな?」

「おぉ、良く効いた。ナーニョは魔法が得意なんじゃな」

「うん! 村一番の治癒の使い手よ!」

「ホッホッホッ。これからも頼んだぞ」


 近所のお爺さんやお婆さんを治療して感謝され鼻高々になるナーニョ。


 年寄り達はこの年頃の子供達の治癒魔法を頬笑みながら受け入れている。


 ナーニョの生活は父と母を仕事に送り出してから妹と一緒に村の年寄り達と田畑を耕す作業を手伝う。


 これはナーニョの家だけではない。


 異界の穴は閉じる事が出来るとはいえ、魔物と遭遇し、親を無くす子供もまだまだ多い。


 若者は働きに出て年寄り達はみんなで村の子供を育てる。 


 これはどこの村でも同じような暮らしだ。


 こうして村の人々は協力し合い、生きている。そうしてナーニョは魔法を使った後、畑の手伝いをし、妹を連れて家に帰る。


「今日は何をしていたの?」

「今日はね、ジョロアじいちゃんにヒエロスを掛けた後、ボログと畑を手伝ってきたわ。ボログったら葉っぱの間にいた虫を投げてきたの。酷いよね」


「ふふっ。それでどうなったの?」

「怒って虫を投げ返してやったわ! そしたらおじいちゃんがボログと私を怒ったの。酷いよね? 私はやり返しただけなのにっ」


「まぁまぁ、ナーニョは勝気な女の子ね。身体の大きな二人が畑で喧嘩したらどうなるかしら?」

「苗を踏んじゃうかも、しれない」

「そうね。ローニャだって真似しちゃうかも?」

「それはだめだわ。ローニャはいい子だもの」

「ならナーニョもいいお姉さんにならないとね」

「うん」


 幼馴染のボログは犬の獣人。


 少し獣人寄りの血が強いようでよく走り回っている。ボログは六人兄弟の四男でいつも兄達と遊ぶ事が多いせいか、遊びは駆けまわったり、剣の打ち合いをする事が多いわ。


 私だって剣の練習をしているけれど、中々上手くいかない。


 村に住んでいる子供達は魔物から自分の身を守るために幼い頃から木剣を持たされる。


 ローニャも小さな木剣を持って練習しているの。


「ナーニョ、指輪は上手に使えているかい?」

「お父さん、大丈夫。ばっちり使えているわ! おじいちゃん達が私の魔法を見て上手だって褒めてくれるの」

「そうか。魔法を使って気分が悪くなったりしないか?」


「おじいちゃん達にもよく聞かれるんだけど、全然平気なの。全然減った感じがしないんだよね」

「ナーニョは魔力量が多いのかもしれないな」

「大きくなったら私が村を守るわ! 魔物なんて魔法でイチコロよ!」

「頼もしいお姉さんだ」


 こうして今日も家族で楽しく食卓を囲んだ。いつもと変わらない日々。


 それはとても幸せな事でかけがえのないことなのだとナーニョは気づいていなかった。

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