諫言するが
使者の降伏の申し出を兵から聞いた曹操は、詳しく話を聞こうと、その使者を自分の下に呼び寄せた。
少しすると、兵と共にその使者がやって来た。
「私が曹操だ。お主は?」
「はっ。賈詡。字は文和と申します」
自分の名前を言った賈詡は曹操に降伏を申し出た。
城を明け渡し、曹操の臣下になるという条件で。
その話を聞いた曹操は気になっていた事があったので訊ねた。
「降伏する。それは構わんが、そうであれば昨日、そちらの軍勢と一戦交えた理由を教えて貰えるか?」
「それについては申し訳ありません。此度の降伏を不服に思う者達が、我等の命令に背き、勝手に曹司空様の軍勢と戦ったのです。我等は関与しておりません」
命に背いた者達が勝手に戦を仕掛けたと賈詡が言うのを聞いた曹操は少しの間、何も言わなかった。
「……良かろう。そちらがそう言うつもりであれば、こちらとしても戦う必要が無い。賈詡とやら」
「はっ」
「お主は城に戻り、張繡に武装を解く様に命じるのだ」
「はっ。畏まりました」
賈詡は頭を下げて、その場を離れると来た道を引き返していった。
数日後。
曹操は軍勢と共に宛県まで辿り着いた。
既に城壁には白旗が掲げられ、城門も開け放たれていた。
それを見た曹操は全軍城内に入れようとしたが、曹昂が止めた。
「我が軍は十五万になります。それ程の大軍を城内に入れられるか分かりません。一部のみ城内に入れるのが良いと思います」
「それもそうだな。良し、五万のみ城内に入る。残りは城外に布陣せよ。そちらは、夏候惇。お前が指揮しろ」
「はっ」
曹操に命じられ、夏候惇はその命令に従い、部下達に城外へ布陣する様に命じた。
そして、曹操は典韋と曹昂と五万の兵と共に城内に入った。
城内に入った曹操は降伏の条件として、張繡は一族の誰を人質に送るかを話し合って決めるので、数日城内で待って欲しいと言われて、城の中の一室で寝起きしていた。
長々話が決まらないのか、曹操は無為な日々を過ごしていた。
そんな曹操の気持ちを察してか、張繡は酒宴を設けた。
それが終わると、曹操は部屋に戻ろうとしたが、何処からか胡弓の音が聞こえて来た。
「むっ、この音色は」
哀しい音色であった。
その音色に惹かれて、曹操はふらふらと聞こえる方に歩き出した。
さながら、蜜を求める蜂の様であった。
やがて、曹操はある離れにある館に辿り着いた。
其処には女性が一人で椅子に座り、胡弓を弾いていた。
パッと見では年齢が分からぬ美しい顔立ち。
豊かな胸を持ち、折れそうな位に細い腰を持っていた。
切れ長の目を持つ、怪しげな雰囲気を漂わす女性に曹操は思わず唾を飲み込んだ。
内心で美しいと思いつつ、無礼と思いながらも、曹操は庭から館に入り込んだ。
女性は突然の事で、胡弓の手を止めてしまった。
声を上げようとしたが、その気配を察知した曹操が先んじて声を掛けた。
「怪しい者ではない。私は曹操という者だ」
その名前を訊くなり、誰なのか察した女性は椅子から降りて、その場で跪いた。
「曹司空様とは知らず、ご無礼を」
「よい。それよりにも、其方は?」
「はい。張繡の叔父の張済の妻の鄒菊と申します」
「鄒菊か。良い名だな」
曹操は目の前にいる女性が誰なのか分かり、その後雑談を交えた後、一夜を共にした。
それから、曹操は鄒菊の下に入り浸る様になった。
「なに、父上が未亡人の下に入り浸っている?」
「ああ、私も確認したが、間違いない」
その話を従弟の曹浩から聞いた曹昂は頭を掻いた。
ちなみに曹浩も成人し、字を貰った。
字は安民であった。
(もう、手を出したな。早すぎる)
会う前に妨害しようと思っていた曹昂。
当てが外れたと思いつつ、曹操が居る所へ向かった。
ところが、訊ねると使用人から昼寝をしているので会えないと言われた。
それを聞いた曹昂は、直ぐに体が良い嘘だと分かった。
使用人に息子が会いに来たので、会わせて欲しいと告げた。
使用人が伝えに言ったが、直ぐに戻って来た。
「子脩様が来たと告げて声を掛けたのですが、司空様は起きる気配がありません」
使用人がそう言うのを聞いて、曹昂は怒りで頭に血が登りそうであった。
「ならば、起きるまで待たせて貰おうか」
曹昂はそう言って、その場に座り込んだ。
長くなるかも知れないと思い、護衛の兵達に水と食糧を持ってくるように命じた。
そうして、四半時ほどすると、
館の前で陣取る曹昂の下に使用人がやって来た。
使用人が曹操が起きたので会いたいと告げてくれた。
内心で、根負けしたなと思いつつ、曹昂は使用人の後に付いて行った。
そして、案内された部屋に曹操が居た。
「どうした。子脩。何かあったのか?」
曹操の問いかけに応える前に、曹昂は曹操を見た。
若干酒の匂いがしてきた。
その事から、噂の未亡人と酒を飲んでいたのだなと察する事が出来た。
「父上に一言申し上げに参りました」
「何だ?」
「この地はまだ我等の土地ではありません。それなのに、甲冑を脱いで昼寝をするなど、些か不用心では?」
「はははは、お前も心配性だな。張繡は降伏する事を決めたのだ。肩の力を抜いても構わぬだろう」
曹昂が気を緩めるべきではないと言うが、曹操は笑い飛ばした。
「ですが、張繡は完全に降伏すると決めた訳ではないのですから」
「分かった分かった。この館の守りに典韋をつける。それで良いだろう」
「そうではなく、そろそろ城外に出ても良いと思います」
「張繡の返事がいつ来るか分からん。城外で待つよりも、此処に居た方が良いであろう」
「ですが」
「ああ、この話はもう終わりだ。下がれ」
曹昂は話を続けようとしたが、曹操は強引に話を終えた。
そして、奥の部屋へと向かった。
曹操の背を見送った曹昂は溜め息を吐いた。
「……これは、こっちで備えるしかないな」
未亡人の美貌に骨抜きになっているなと分かったので、曹昂は独自に行動を開始した。
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