曹昂、出陣

 曹操は曹嵩と一族の者達の葬儀をしながら、荀彧、郭嘉、程立といった参謀達に文を書かせていた。


 内容は、父曹嵩を殺した陶謙を討つために挙兵すると書かれていた。


 長安にある朝廷にも、同様の上奏文は届けられた。


 その上奏文と同じ内容で、袁紹、袁術、劉表、劉虞といった各地の諸侯にも知らせとして届けられた。


 同時に曹操は仇討の兵を挙げる事を天下に広く布告した。曹昂も許県にいる蔡邕に文を送り、兵を集める様に命じた。


 


 布告から十数日後。




 濮陽城内の謁見の間。


 其処には、見慣れない者達が跪きながら、曹操に頭を垂れていた。


「済北郡太守鮑信殿の部下于禁。字を文則と申します。我が主鮑信様の命により兵五千を率いて参りました」


 そう自己紹介する于禁。年齢は三十代半ばだ。


 口の周りを囲むように髭を生やしており、縦長で引き締まった顔であった。


 鎧の上からでも鍛えられているのが分かる程に、ガッチリとした体格をしていた。


「冀州州牧袁紹殿の部下朱霊。字を文博と申します。我が主袁紹様の命により兵一万を率い、援軍として参りました」


 于禁の自己紹介が終わると、同じように自分の紹介をする朱霊。


 年齢は于禁と同じく三十代半ば。


 口髭は生やさず、豊かな顎髭を生やした精悍な顔立ちであった。


 体格は朱霊の方が于禁に比べるとやや高かった。


「うむ。よくぞ来てくれた。お主等の主には感謝するぞ」


 そう言いつつ、曹操は傍にいる曹昂を手招きする。


 曹昂が近付いて、曹操は顔を寄せて話し掛ける。


「どう思う?」


「如何とは?」


「鮑信は単に仇討の兵を挙げると聞いたから、援軍を寄越したのだろうが。袁紹が何で援軍を寄越したのかが分からん」


「ああ、そういう意味ですか」


 てっきり、二人を一目見て配下に加えたいのでどう引き抜くべきかと話しているのだと思ったので、直ぐに思い違いだと分かった曹昂。


「うん? そういう意味とは?」


「他意はありません。先程の話ですが、鮑信様の方はそうだと思います、袁紹殿の方は恐らく、これで応劭の件を手打ちにしろという事でしょう」


「手打ち?」


「はい。冀州に居る密偵の話では、逃げた元泰山郡の太守の応劭は今、袁紹の元に居るそうです。応劭は古典に通じているので、袁紹殿はその才を惜しいと思い、こうして援軍を送ったのです。父上もこれで袁紹殿に応劭の引き渡しを要求する事は出来ないでしょう」


 曹昂が肩を竦めると、曹操も苦笑いを浮かべた。


「それならば仕方がないな。応劭の件はこれで許すとしよう。それよりも問題は」


 曹操は、于禁達の後ろに居る者を見た。


 年は曹昂と同じ十代の少年であった。


「曹休。お前、呉郡に居たのではなかったのか?」


「はい。伯父上。大伯父上が賊の手に掛かり討たれたと聞き、居ても立っても居られず、荊州を通って参りましたっ」


「ほぅ、それはまた長い道であったであろう」


 曹休の話を聞いた曹操も、流石に感心していた。


 曹休が住んでいた呉郡は揚州にある。濮陽は兗州にある。


 楊州から兗州に行くためには、徐州を通るか荊州を経由して豫州を通るしかない。


 曹休は陶謙が治める徐州を通らないため、荊州を経由して、豫州を通り兗州に辿り着いた。


 州を二つも跨いでまで来る執念と行動力には、曹操も舌を巻いていた。


「一応聞くが、お主の母はどうした?」


「母上も一緒ですっ」


「そうか。それはかなり大変であったであろう」


「この程度の労苦など、大伯父上を亡くした伯父上の胸の苦しみに比べれば、どうという事でもありませんっ」


 曹休は問題なさそうに言うので、曹操は頼もしそうに見た。


「素晴らしいぞ。お前は我が家の千里の駒だっ!」


 曹操は曹休の行いを称賛した。


 この曹操が言う千里の駒とは一日で千里の道も走れる程の優れた馬を転じて優れた才能の人物の事を言う言葉だ。


「ありがとうございます。伯父上。つきましては、私も此度の戦陣に加わりたいと思いますっ」


「お前もか? う~む」


 曹操は少し考えながら、曹昂を見た。


 曹昂は曹操の好きにして良いという意味を込めて一礼し頭を下げた。


「……良し。では、お主は曹昂の側で戦場を見るが良い」


「は、はいっ。……あの、伯父上は出陣しないのですか?」


 元気良く返事をした曹休であったが、曹操は出陣しないと言っている様に聞こえたので訊ねた。


「……私は兗州の州牧であるからな。迂闊に動く事が出来ん。故に此度の戦は私の代わりに、息子の曹昂を行かせる事にした。お主も曹昂の元で軍略を学ぶが良い」


「承知しました」


 曹休を言葉の意味が分かり、頭を下げた。


「曹昂‼」


「はっ」


 曹操が曹昂の名前を言うので、曹昂は返事をし曹操の前に出て跪いた。


「此度の戦はお主の采配に任せる。見事、私の期待に応え、陶謙の首を取って参れ」


「はっ。ご命令に」


「ちょっと待て。孟徳」


 曹昂が返事をしている途中で、夏候惇が口を挟んだ。


「何だ。夏候惇」


「孟徳。曹昂を出撃させるのであれば、副将に誰か付けるべきではないのか?」


「何故だ? 曹昂の才はお前も認めるところであろう」


「確かに、曹昂の才は皆が認めるところではある。だが、戦は何が起こるか分からん。故に経験豊富な誰かをつけるべきであろう」


 夏候惇は、万が一に備えて副将を置くべきだと進言した。


 これは、曹昂が戦死した場合に備えてという意味と、曹昂だけでは心配なので付けるべきだと思い言った様だ。


「ふむ。夏候惇の言う事も尤もではある。どう思う、曹昂」


 曹操としても、愛息子が心配なので、自分の家臣の誰かを副将につけるべきと思い訊ねた。


(呂布が攻め込んで来るからな。一人でも将は居た方が良いだろうな)


 前世の記憶で近い内に呂布が攻め込んで来るのを知っている曹昂は、曹操の元に一人でも将を置いた方が良いと思っている。


 なので、此処は体よく断る事にした。


「父上。私も曹家の男子です。祖父様と一族の皆様方の仇討を己の才だけで成せないのであれば、将来父上の役に立つ事は出来ません。どうか、此処は私めにお任せを‼」


 曹昂は頭を下げて頼んだ。


「…………うむ」


 曹操も曹昂の熱意に押されたのか、考え込んだ。


「……良かろう。そこまで言うのであれば、お主の采配に全て任せるっ」


「ありがとうございます。父上!」


 曹昂は頭を下げた。


 その日に、育ての母である丁薔と弟達と言葉を交わした。


 そして、朱霊軍、于禁軍、兗州で集めた兵を合わせた合計二万五千を率いて豫洲の許県に居る豫洲軍に合流する為、許県へと向かった。






本作では、朱霊と于禁の二人は160年生まれとします

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