青州黄巾賊 侵攻

 生き残った劉岱軍の兵達は濮陽へと帰還する事に決めた。


 皆、身体の何処かに傷を負っていたが、中には力尽きて倒れる者も居た。


 そんな兵達が濮陽へ向かう途中、曹操達と合流する事が出来た。


 合流した兵達は曹操達に何があったのか報告した。


「何とっ、公山殿が黄巾賊の夜襲により討たれただとっ⁉」


 報告を聞いた曹操はわざとらしい位に驚いていた。


「信じられん。昨日会ったばかりだぞ」


 鮑信も同じ思いなのか、疑いの目で報告する兵士を見る。


「嘘ではありません! この傷が証拠ですっ」


 偽証と思われれば、自分の命が危ういと思った兵士は必死な表情で声をあげる。


 そして、簡単に手当てした左腕の傷を見せた。


 傷を見せられた曹操達は押し黙った。


「どうする。孟徳殿」


「……ここで話をしても仕方がない。此処は陣地に向かい調べるのが良いだろう」


「むぅ、確かにそうだな。私も付いて行っても良いか?」


「別に構わない。……夏侯淵」


「はっ」


 曹操は少し考えると、随伴してきた腹心の部下に声を掛けた。


「お主は傷ついた兵を連れて先に濮陽に帰還せよ。私と允誠殿は劉岱殿の陣地に向かう」


「供はどれくらい連れて行くのですか?」


「多いと敵に見つかるかも知れんから、五十騎ほど連れて行く」


「少ないのでは?」


「敵と出会ったら逃げるから問題ない」


「承知しました。お速い御帰りを」


「うむ。直ぐに出るぞっ」


 曹操は傷ついた兵士達を夏侯淵に任せて、自分は劉岱軍の陣地へと向かった。




 数刻後。


 曹操達は陣地に辿り着いた。


 勿論、陣地に向かう途中、兵士達の死体を見つけたので兵士の偽証では無いと分かった。


 それでも陣地に向かったのは、まだ生き残りが居る可能性を考えてだ。


「これは……」


「むぅ、これでもかと言えるぐらいにやられたな」


 馬上から陣地を見た曹操達は想像よりも陣地が破壊されて、至る所に劉岱軍の兵士の死体がある事に言葉を失っていた。


 火が放たれたから、殆どの死体が黒くなっていた。


 そうして、陣地を見回ったが生き残りは居なかった。


「生き残りは無しか」


「これだけ死体があっては、公山殿の死体は見つからんだろうな」


「困ったな。せめて、弔う事はしたいと思ったのだが」


 曹操と鮑信は、これだけ沢山の丸焦げの死体がある中で劉岱の死体を見つけるのは難しいと言えた。


 仕方がないので濮陽に帰還しようと思ったが。


「殿。こちらへっ」


 共に付けた兵士が大きな声を上げて、曹操達を呼び出した。


 その声を聞いて曹操達はその兵士の元に向かう。


「これをご覧下さい」


 兵士が指差した先には、死体があった。


 その死体は幸運にも焦げていなかったが、首が切り取られていた。


 だが、兵士達の鎧よりも、明らかに豪奢な作りであった。


 曹操達はその鎧を見ていると、ある人物を思い出した。


「もしや、この死体……」


「お主が考えて居る通りだ。孟徳殿」


 曹操が呟くと鮑信も曹操が思っている事が正解とばかりに頷いた。


「この鎧、間違いない。これは劉岱殿の死体だ」


「お、おおお、公山殿。何と言う御姿に…………」


 曹操は馬から降りてその死体に抱き寄せた。


「ああ、悲しいかな。これから貴殿と共に天下を駆ける事が出来ると思っていたのだが。惜しいかな。公山殿。貴殿の才は乱世の中であっても光り輝く程の素晴らしい才だと言うのに、痛ましいかな。賊に討ち取られて首も一緒に弔う事が出来ないとは……」


 曹操は劉岱の死に嘆き悲しんでいた。


 反董卓連合軍の同志が死んだという事が、それ程の悲しみを与えたという事だ。


 曹操が泣いている背を見た鮑信達はそう思った。


 そんな時に蹄の音が聞こえて来た。


 曹操達は思わず身構えた。曹操も袖で涙を拭き柄に手を掛けた。


 そう身構えていると、馬に乗って曹操の元に来たのは先日、曹操が青州に偵察に向かわせた者であった。


「おお、殿、此処に居りましたか。よくぞ、御無事でっ」


「どうした? 昨日、青州に送ったばかりではないか」


「至急、報告すべき事が起こりまして、戻って参りましたっ」


「戻って来たと? 今、この現状よりも不味い事が起こるというのか?」


「はっ。青州に居る黄巾賊が侵攻を画策している模様。目標は濮陽との事です」


「「何だとっ⁉」」


 男の報告を聞いた曹操達は驚きの声を上げる。


「それは真か?」


「既に本隊が州境に向けて進軍中。その数、二十万」


「では、劉岱殿の陣地を襲ったのは先発隊という事か」


「恐らくは」


 男の報告を聞いた鮑信はどうしたものかと頭を抱えた。


「落ち着くのだ。允誠殿」


 曹操は報告を聞いて気持ちを切り替えたのか、冷静な声で鮑信を宥めた。


「孟徳殿……」


「此処で考えても仕方がない。此処は濮陽に帰還し対策を考えよう」


「……その通りだな。済まない。気持ちが焦っていたようだ」


「お気になさらずに。とりあえずは、公山殿の死体を回収して濮陽に帰還しましょう」


「そうだな。よし、そこらにある布で劉岱殿の死体を包むのだ」


 鮑信が指示を出していると、曹操は報告に来た男を手招きする。


 誰にも聞かれない様に小声で話す二人。


「鎧を着ている割りに傷が無いのはどうしてだ?」


「それは殺した後に鎧を着せたのです。もっとも、同志の報告では劉岱の天幕に入った時には、正体を無くすほどに酔っていたそうですが」


「だが、おかげでこの死体が劉岱だと分かった。助かったぞ」


「ありがたきお言葉」


「この後は私と共に濮陽に帰還する。その後で予てからの策を実行する」


「こちらは準備が整っています」


「良し。後は実行に移すだけだな」


 曹操は笑みを浮かべた。


 そして、曹操達は首なし死体となった劉岱と共に濮陽に帰還した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る