良い所に

 邢螂達を迎えた曹昂達。


 兵の数も増えて、一万を超えた。


 武陵郡を預かる太守は、その数を聞いて恐怖して、曹昂達に書状を出した。


 内容は簡単に言うと、勝手に郡内で暮らす者達を徴兵したのは不問にするので、早く郡から出て行くようにと書かれていた。


 そんな書状を貰った以上、長居は出来ないと判断した曹昂は武陵郡を出て行く事にした。


 太守が胆を潰したお蔭なのか、郡の兵士達に襲われる事なく、曹昂達は進む事が出来た。


 武陵郡を越えて、零陵郡に入った。


 そして、今は零陵郡の洮陽の地で陣を張っていた。


 その陣地の中にある天幕の一つの中で、曹昂と劉巴が話し合っていた。


「流石にこれだけの数なら、野盗も襲ってこないか」


 少し前であったら野盗達は襲って来たのだが、今では襲ってこないので数も力なりとしみじみと思う曹昂。


「ですが、その数により我等は困った事になっています」


 劉巴は、困ったような悩んでいるような複雑そうな顔をして呟いた。


「まぁ、そうなんだよね」


 劉巴の呟きに、同意する様に曹昂も頷いた。


 北上して南郡に行く事も考えられたが、曹昂は州牧の劉表には荊州に入った経緯などを知らせていない。


 なので、日頃から親しくもしていない曹昂達を通してくれるか、どうか分からなかった。


 という事で、北上は止めて零陵郡へと入った。


「まさか、一万も兵が集まるとは予想しなかったからな~」


「ですね。しかし、こうなった以上は考えられる策は二つです」


「二つか。どんな策?」


 この状況を打開できる策と聞いて藁にも縋る思いで耳を傾ける曹昂。


「はい。一つは御父君の孟徳殿宛てに書状を送り、劉表殿に荊州を通る事が出来る様に話して貰うのです。一度、孟徳殿は荊州を通りましたので、その縁で通してくれるでしょう」


「それも一つの手だね。でも」


「はい。非常に時間が掛かります」


 曹昂が指摘しようとした事を先に言う劉巴。


 現在曹昂達は、零陵郡に居る。


 其処から、北上して河内郡に居る曹操の下に書状を送るにしても、着くまでに時間が掛かる。


 更に、其処から曹操が劉表に書状を書いたとしても、届くまでに時間が掛かる。


 もっと言えば、その書状を書いたとしても、すんなりと通してくれるか分からなかった。交渉する事も考えられたので、其処から更に時間が掛かる事も予想できた。


「時間が無駄に掛かるね。まぁ、父上と劉表殿との仲を拗らせないで通れるとしたら、こちらの方が良いね」


 劉巴の献策を聞いて悪くはないと思いながら答える曹昂。


 決断はもう一つの策を聞いてから決める事にしようと思い、目で次の策を教えてと言った。


「次は劉表殿と協力して、そして渡るようにして貰うのです」


「協力? 何をすればいいの?」


 まさか、袁術の攻撃に協力しろという訳では無いだろうなと思いながら訊ねる曹昂。


「此処荊州南部の四郡は劉表の支配下に入っていません。特に長沙郡の太守蘇代は劉表に反抗しております」


「そうか。じゃあ、その蘇代を討ち取るのに手を貸せば」


「通行を許可して貰えると思います」


「良し。それでいこう」


 丁度、長沙郡には、協力者の桓階が居る。


 その桓階の手を借りれば、蘇代を討ち取る事も可能だろうと判断した曹昂は手を叩いて、その策を採用した。


「では、誰か劉表に使いを出しましょう」


「そうだな。さて、誰を出そうか」


 考える曹昂であったが、今の居る配下の中で弁が経つのは劉巴しかいなかった。


 なので、劉巴を行かせるしかないかと考えていると。


「失礼します。若君」


 そう言って、兵の一人が天幕の中に入って来た。


「如何した?」


 曹昂が訊ねる代わりに、劉巴が兵に訊ねた。


「はっ、今、陣地の外で荊州の別駕に任じられている劉先という者が、若君に面会を求めております」


 兵の報告を聞いた曹昂達は顔を輝かせた。


「渡りに船だね」


「確かに、直ぐにお通ししろ。それから、別の者は甘寧殿を呼んで来る様に」


「はっ」


 劉巴の指示に従い兵は返事と共に一礼して天幕から出て行った。


「どうして甘寧を呼ぶんだい?」


「護衛と一人ぐらいは将を置いた方が威厳が出ますので」


「成程」


 劉巴の意見を聞いて、納得した曹昂は対面の準備をした。




 準備を終えた曹昂達は先程まで、話し合っていた天幕を出て、会議などに使用するため建てられた天幕に向かった。


 向かう途中、甘寧と合流し三人で天幕へと向かった。


 天幕の中に入ると、既に面会に来た劉先という者が居た。


 年齢は二十代後半で、この時代にしては珍しく口髭も顎髭も生やして居なかった。


 彫りが深い顔立ちなので、余計に目立つ顔をしていた。


 身長は平均的であった。


 劉先は、曹昂達の姿を見るなり一礼する。


 曹昂達はその脇を通り、曹昂は置かれている床几に座りその左右に劉巴と甘寧が立った。


「この度は、事前の知らせも無いのに面会をして頂き誠に恐縮の次第。感謝の言葉もありません」


 劉先は頭を下げたまま、挨拶をしてきた。


 曹昂が口を開こうとしたら、劉巴は首を振る。


 何で喋っては駄目なのだろうと思いながら、曹昂はは無言になった。


「私は荊州の州牧に任じられている劉表様より別駕の職を頂いた劉先。字を始宗と申します」


 劉先が名乗ったので、まだ挨拶の途中なので喋るなと取る曹昂。


「ご丁寧な挨拶に痛み入ります。僕は曹操の息子の曹昂です」


 曹昂も名乗ると劉先は一瞬だけ目を見開かせたが、直ぐに元の顔に戻った。


「つかぬ事をお聞しても宜しいでしょうか?」


「何なりと」


 曹昂が話を促すと、劉先は曹昂の目を見ながら重々しく口を開いた。


「不躾な事ですが、貴方様はあの曹孟徳殿の御子息と名乗りましたが、その証拠は有りますか?」


 劉先の口からお前は本物なのかと訊ねて来た。それを訊いた曹昂よりも甘寧や劉巴達の方が怒り出した。


「何だとっ⁉」


「我らの主が偽物だと言うのかっ?」


 睨む甘寧達。


 二人に睨まれても劉先は動じる事無く冷静であった。


「私は曹孟徳殿にお会いした事がございません。なのでどの様な御方なのかも分かりません。その御子息ともなれば、もっと分からないと言えましょう」


「陣地には『曹』の字が書かれた旗が立っていても証拠にはなりませんか?」


「我が国には曹氏の方など、掃いて捨てる程おりますので」


 曹昂は証拠として、旗を上げたが劉先はそんな物は証拠にもならないと言い放った。


(意外に冷静だし度胸もあるな。成程、桓階が会うのを勧めたのも分かった気がする)


 この場には居ない桓階が会う事を強く勧めただけはあるなと感心する曹昂。


 しかし、甘寧はその発言が気に入らないのか剣の柄に手を掛けた。


「貴様。訪ねて来て会いに来た者にその様な無礼な事を言うと、その舌は余程要らぬと見える」


 甘寧が剣を抜こうとしているのを見て、劉先は笑い出した。


「ははは、この程度の言葉で無礼と取るとは、余程の田舎の出身の様で」


「なにっ!」


 いよいよ、甘寧は我慢の限界なのか剣を抜いたが。


「まぁまぁ落ち着いて。そんなに怒っては話も出来ないよ。甘寧」


 曹昂が甘寧を宥めた。


「しかしっ」


 それでも、怒りは収まる様子はない甘寧に曹昂は更に声を掛けた。


「始宗殿が疑うのは無理はないんだから仕方がないよ。とりあえず、剣は収めて」


 曹昂が剣を収めるように言うと、甘寧は不満そうであったが剣を収めた。


「申し訳ありません。甘寧は血の気が多い性格なので」


「いえ、私も言い過ぎました。礼を失していたのは確かですので」


 劉先が謝罪を込めて頭を下げたが、甘寧は鼻息を荒くするだけであった。


 甘寧の態度を見ても仕方がないと思い何も言わず話を進める事にした。


「僕の身分を証明するものですね。でしたら、これを」


 曹昂は懐から桓階から貰った身分証と手紙を出した。


 それを劉巴に渡し、それを劉先に渡した。


 渡された身分証をじっくりと見た劉先。


「…………これは、もしかして桓階が作った物では?」


「ああ、分かりますか」


「はい。此処に名前もありますし、それとこれは手紙ですね…………」


 劉先は手紙を開いて、中身を読んだ。


 少しすると、手紙を折り畳み頭を下げた。


「あの曹孟徳殿のご子息を疑い、無礼な事を言いまして、重ね重ねご容赦の程を」


「いやいや、疑問に思うのも不思議ではないので気にしておりませんよ」


 自分も劉先と同じ立場だったら、同じ事を言うだろうなと思ったので本当に気にしてないと言わんばかりに手を振る曹昂。


「はっ。ありがたきお言葉です」


「それで、此処に来た理由は何なのでしょうか?」


「はい。ご存知かも知れませんが、長沙郡の太守蘇代が劉州牧に反抗しています。劉表様も手を尽くしたのですが、蘇代は従う様子もないので、劉州牧は蘇代を討伐する事に決めたのです。そんな時に武陵郡に一万にも及ぶ武装勢力が現れて零陵郡に入ったという知らせが入りまして、もしや蘇代に味方する勢力かと思いまして、その調査として私が参りました」


「成程。そういう事でしたか」


 先程、劉先が曹昂の名を聞いた時に顔色を変えたのは、そういう訳だったのかと察した。


 話すまでは、蘇代に味方する勢力だと思われていたんだと分かったからだ。


「それで、曹昂様はどうして荊州に居るのでしょうか?」


「父に頼まれて兵を募っていたのです。益州で」


「益州でですか? よく州牧の劉焉が許しましたね」


「ちょっとした縁と伝手がありまして」


 本当は、五斗米道がどんな宗教なのか知りたくて行っただけなのだが、言う必要はないので曹昂は言わなかった。


「成程。それで、どうして零陵郡に来たのです?」


「それは勿論、父曹操の同盟相手である劉表殿の御助けになろうと思いまして」


「何と、それはつまり」


「蘇代の討伐に、手を貸そうと思いまして」


 本当は先程そう決めたのだが、曹昂は前々から決めていた様に話した。


「おお、それは助かります!」


 劉先は、思わぬ所で、援軍が来たので、とても喜んでいた。


「では、早速この事を我が主であられる劉州牧にご報告したいと思いますので、失礼」


 劉先は一礼して、天幕から出て行った。


 劉先が居なくなると、誰とも知れず溜め息を吐いた。


「これで良しだね」


「ええ、後はどのように進軍するか話し合いに劉表配下の武将が来るでしょう。その者と話し合って蘇代を討伐して、そのお礼に北上する許可を貰うのです」


「少し時間は掛かるけど、これが一番良いだろうね」


「ですね」


 曹昂と劉巴が話をしていると、甘寧が割り込んだ。


「話はよく分からんが、ようは俺達が蘇代って野郎をぶっ倒して、そのまま北上して河内郡に行くって事で良いんだろう?」


「その通りです。甘寧殿」


「良し。腕が鳴るなっ」


 戦に参加できると聞いて勇み立つ甘寧。


 そんな甘寧を見ながら、曹昂は話し合いに来る武将は誰だろうと考えていた。

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