相国就任

 中平六年西暦189年十一月。




 董卓は献帝から『相国』の位を授けられた。


 廷臣の最高職であり、長らく誰も就く事は無い職。


 前漢の時代では高祖劉邦の功臣筆頭である蕭何、曹参、呂産の三人しか就いていない。


 呂産に関しては例外という意見もあるが、それでも董卓が就任するまでは誰もその職に就く事はなかった。


 これにより、董卓は朝議の場では靴を履いたまま昇殿し、更にゆっくり歩くことと帯剣を許された。


 宮中では帯剣して入る事は禁じられ、早足で歩かなければならなかった。


 それらを許されるのが、相国という地位の権力であった。


 董卓はそれだけでは足りないのか、配下の官職を上げると共に生母に池陽君の称号を与えた。


 


 董卓の拠点である将軍府改めて相国府。


「がっははは、遂に儂は人臣の位の頂点に就いたぞ」


 上座に座りながら大笑いする董卓。


「「「おめでとうございます。相国様」」」


 下座に居る董卓配下の文武百官達は董卓の相国の就任を祝福した。


「相国こそ我が漢帝国をお救いした偉大なる御方。この相国の地位も授かるのも遅いくらいです」


 李儒が他の臣下達を代表して、董卓の相国就任を言祝いだ。


「はっはっは、そうか。お前もそう思うか?」


「はい。そして、今回の就任の儀は何とも壮大で豪華な儀式です。古今の儀礼を比べても、この儀式に抗するとしたら秦の始皇帝の封禅の儀ぐらいでしょうな」


 封禅の儀とは帝王が天と地に王の即位を知らせ、天下が泰平であることを感謝する儀式の事である。


 最初は三皇五帝によって執り行われたと言われているが伝説の時代であるため詳細は不明である。始皇帝が歴史上で最初にしたのでは、という話もあるぐらいだ。


 だが、その儀式の内容は秘密とされており、実際に何が行われたかはよく分かっていなかったが、秘密と言う事で神秘性と中国で最も高い山である泰山で行われるという時点で権威があるという事になる。


「居並ぶ百官の豪華さ。それを更に彩る兵達の華美なる武具。この様な素晴らしい儀式に参列する事が出来て身に余る光栄にございますっ」


 李儒の話に武具の件が出て呂布を始めとする武官達はニンマリとした。


 この日の為に特注の鉄の鎧と武器を持って参列したのだ。


 褒められて嬉しくない訳が無い。


 武器は曹昂が図案を書いた武器を持っていた。


 皆要望通りに華雄は斧槍。李傕は大斧。郭汜は格好いい大刀という事で鷹頭刀にした。


 他には徐栄は三尖刀を。張済は眉尖刀を。樊稠には大桿刀を。最後に張遼には偃月刀を渡した。


 渡された武将達は子供の様に喜んでいた。


 そして、兵達には傷一つない剣と槍と戟と鎧と兜を着用させる。


 騎兵の馬も精悍な馬だけを選び参列させていた。


 其処までは分かるのだが、其処に何故か『帝虎』と『竜皇』が陳列されていた。


 曹昂からしたら何でだろうと首を傾げていた。


 なので、李儒に訊ねると、権威付けに最高のものだからとだけ教えてくれた。


 知恵者と名高い李儒がそう言うのだから、そういうものなのだと思う事にした。


「そうであろう。そうであろう。儂もこのような素晴らしい儀式を挙げる事が出来て嬉しい事この上ないぞ。はははは」


 李儒の称賛に董卓は機嫌良さそうに笑い、曹昂を見る。


「曹昂よ。どうだ。今日の儀式は?」


「……はい。とても素晴らしいと思いました。この様な儀式に参加できて誠に嬉しく思います」


「がははは、そうかそうか。だが、お主もそう遠くない内にこの儀式に負けない位の式を挙げるのだからな。楽しみにしておるがいい」


「えっ⁈」


 曹昂はそんな式を挙げる予定など、無いので思わず声を上げてしまった。


「儂の孫娘はお主の事を気に入ったようだから、そう遠くない内に婚礼の儀式を挙げてやろうぞ」


 董卓は本当に楽しそうに笑みを浮かべた。


(いやいや、その式を挙げる前に多分、反董卓連合軍が結成されて貴方は長安に逃げて其処で謀殺されますから出来ないと思いますよ)


 と思いながら笑みを浮かべる曹昂。


 それでふと思い至った。


(そうなると、董白も殺されるのか……)


 歴史上では董卓が謀殺された際、一族全員皆殺しになった事になっている。


 その中には恐らく董白も入っているだろう。


 曹昂は董白の事を考えた。


 此処のところ、何かしら理由を付けて屋敷に遊びにやって来た。


 接して見ると口は悪いが、優しい性格なのだと分かった。


 弓が得意なので、一緒に狩りに行っている。


 女性でも馬に乗れて、弓を扱えるのは涼州の出身者だからか、それとも董卓の教育方針なのか分からないが、上手に乗りこなしていた。


 弓も上手く百発百中で、狙いを外した所を曹昂は見た事が無かった。


 褒め言葉を言うと顔を真っ赤にして怒るが、それは照れ隠しなのだと接してみて分かった。


(……如何にか出来ないかな?)


 曹昂はそんな事を思ったが、今のところ何も思いつかなかった。


「そう言えば曹昂よ。お主の父の曹操から手紙が来たのか?」


「はい。成皋県に居た呂伯奢様は残念ながらお亡くなりになったそうで、その報告の為に故郷の譙県に居る祖父の下に向かったそうです」


 手紙には曹昂が言った事は書かれていなかった。


 ただ『何かしらの理由を付けて洛陽から抜け出せ』とだけ書かれていた。


 それを読んで曹昂は、父が近い内に挙兵すると察した。


「そうか。では、近い内に戻ってくると考えれば良いのだな?」


「はい。早くて今年中に、遅くても来年の二月までには」


「ならば良い。曹昂よ」


「はい。何でしょうか?」


「父が朝廷に戻ってもお主はそのまま儂の傍で知恵を絞るが良い」


「は、はい。分かりました」


 それを訊いて周りの者達は孫娘の婿にするぐらいだから、曹昂の事をかなり気に入っているのだと分かった。


 曹昂からしたら、此処まで重用されて裏切るのは心が痛むなぁと思った。

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