再び洛陽へ

 中平五年西暦188年二月。



 豫洲沛国譙県の曹家の屋敷。


 其処には朝廷からの使者が来ていた。


 曹操と曹嵩は礼服を着て使者と対面する。


「ご使者殿。遠路遥々ようこそ。何用で参られましたか」


 曹操は使者が来た理由を知っているが敢えて訊ねた。


「天子よりの勅書である。心して聞くが良い」


 使者がそう言うと、曹操達はひれ伏した。


 それを見て使者は手に持っている巻物を広げた。


「ここ数年、乱が勃発し地は荒れ果て民は安んじからぬ時を過ごしている。朕はその事に心を痛める。故に民の安寧の為に朕は新しく軍を新設する。その部将に先の黄巾の乱にて功績を立てた曹操を加える。来たる八月に洛陽に来るべし。との事です」


 使者は勅書を曹操の前に掲げると、曹操は恭しく受け取る。


「臣曹操。拝命いたします」


「では、私はこれにて」


 曹操が拝命するという言葉を聞いて使者は一礼して屋敷から出て行った。




 使者が屋敷から出て行くのを見送った曹操達は屋敷に入り各々の部屋に戻った。


 曹操が自室に入ると、既に曹昂と麻山が部屋に居た。


 曹操が入るのを見ると、二人は立ち上がり一礼する。


「楽にせよ」


 曹操はそう言って上座に座る。曹操が座ったのを見て二人も椅子に座った。


「情報通り、天子は新しい軍を創るか。ふん、そんな物を創るよりも政治を正した方が金が掛からないものを」


 手の中にある使者から貰った勅書を目で見ながら鼻で笑う曹操。


「その政治を正す為に武力で以て行う為に軍を創ったのでしょうね」


「ふっ、愚かな事を」


 曹昂が軍を新設する理由を自分なりの解釈で言うと、麻山は冷笑した。


「そうだ。愚かな事だ。だが、その愚かな事だと分からないでいるのが今の天子だ」


 嘆かわしいと暗に言う曹操。


 そして、話を変える為か曹操は麻山に訊ねる。


「その新設する軍についての情報を聞こう」


「現在、集めた情報によると軍の名前は『西園軍』で変わらず。歩兵約三万。騎兵約二万。弓兵約二万五千。弩兵約五千。戦車隊約一万。軍楽隊約千。合計約九万千となっています。部将に関しては孟徳殿以外は袁紹、鮑鴻ほうこう趙融ちょうゆう馮芳ふうぼう夏牟かぼう淳于瓊じゅんうけいと言った者達の他に総指揮は陛下のお気に入りの宦官蹇碩との事です」


 既に調べていた様で立て板に水を流すかのようにスラスラと教える麻山。


「袁紹、鮑鴻、趙融、馮芳、夏牟、淳于瓊と来て、最後が蹇碩だとっ。はははは、陛下も面白い人事にしたものだ。ははは」


 曹操は部将の名前を聞いて笑い出した。


 その笑い声を聞きながら曹昂は笑う程に変な顔触れか?と思った。


 馮芳、夏牟、鮑鴻の三人は聞き慣れない名前ではあったが、霊帝直属部隊の部将に選ばれるという事から有力者なのは間違いないだろう。


 最後の蹇碩に至っては、これだけはどうかと思った。


 父曹操と蹇碩との間にはちょっとした揉め事があり、蹇碩はその事で今でも根に持っている様であった。


「勅命を受けた以上、行かねばなるまい。息子よ。お前も付いて来い」


「良いのですか?」


「偶には都の空気を吸うのも悪く無かろう。薔には私から言っておく」


「それでしたら別に構いませんが。卞夫人はどうするのです?」


「置いて行く。子供を産んだばかりだからな」


「確かにそうですね。ちなみに、僕の供は?」


「好きにせい。誰を連れて行くかはお前に任せる」


「ありがとうございます。父上」


 曹昂は貂蝉を連れて行こうと思いながら返事をした。




 数日後。




 洛陽に向かう為に屋敷を出た曹操はげんなりした顔で馬に乗っていた。


「父上。気を確かに」


「……分かっている」


 曹昂が曹操を励ますが声に力が無かった。


 何故、曹操に元気が無いのかと言うと原因は自分の後ろに居る馬車の中に乗っている者が原因であった。


「洛陽に着いても色々と教えるからね」


「はい。奥様」


 馬車には卞蓮と貂蝉が乗っていた。


 洛陽に向かうのに卞蓮が何故、付いて来るのかというと訳があった。


 曹操が霊帝直属部隊の部将になる事を聞いた丁薔が卞蓮に頼んだのだ。


『貴方が産んだ丕は私が面倒を見るから、その代わりに旦那様と昂が羽目を外さない様に監視して頂戴』


『分かりました。私にお任せをっ』


 丁薔に頼まれたので、卞蓮は胸を叩いて承知した。


 それにより、卞蓮が曹操の洛陽行きに同行した。


 この時代、側室が産んだ子を正室が養育する事は、良くある事なので何の問題も無かった。


 だが、お蔭で洛陽行きに卞蓮が付いて来るとは予想できなかった。


「はぁ~、久しぶりに洛陽に行って、垢ぬけた美しい美女と戯れようと思ったのだがな……」


「父上。自重して下さい」


 父の反応を聞いて思わず溜息を吐く曹昂。


(それにしても、どうして僕まで監視させるのだろう?)


 これと言って女性関係で問題を起こしてはいないのに何故だと思えた。


「どう思う。重明」


「ピィピィ?」


 肩に乗っている愛鳥の重明に訊ねるが、言葉の意味が分からないのか首を傾げた。


 聞く相手を間違えたなと思い溜め息を吐いた曹昂。

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