僕が戦場に⁉
「試すって、どうやって試すんですか?」
「うむ。私は冀州の黄巾党の平定に向かう事になったのは聞いているか?」
「いえ、知りません」
曹昂は二重の意味で知らなかった。
一つは冀州に行く事で、もう一つは曹操が冀州の黄巾党の平定に駆り出された事だ。
前世の曹昂が読んだ本ではこの時期には官軍の将が盧植から董卓に代わったのは知っている。
そして、その董卓が戦果を挙げる事が出来ないでいるので、怒った霊帝が董卓から皇甫嵩に官軍の将を代えたと言うのは知っていた。
だが、その時に曹操まで従軍したのは知らなかった。
だから、二重の意味で知らないと言えた。
「うむ。冀州の官軍の将である董卓がどうにも戦果を挙げる事が出来ていないのでな、代わりに皇甫将軍が官軍を率いる事となったのだ。私も従軍する様に命が下った」
「はぁ、それは分かりましたが。それで、冀州の戦場にあの戦車を連れて実戦で試すのですね?」
「うむ。その通りだ。という訳でお前も付いて来い」
「何故ですか?」
「息子のお前だからハッキリ言おう。あの戦車の運用法が分からん!」
力強く言う曹操。
「そんな自信満々に言わなくても。それで制作者の僕を連れて行くのですか?」
「そうだ。お前も戦場を体験したのだから連れて行っても問題なかろう」
「う~ん。良いのでしょうか?」
曹昂はそう答えつつも戦場に出れば、あの戦車の実戦結果が分かるので悪くはないと思った。
しかし、問題が一つあった。
「母上が許すでしょうか?」
曹昂はそれが気掛かりであった。
過保護と言っても良いくらいに、曹昂を可愛がる丁薔。
戦場を経験したとは言え、まだ九歳の曹昂を連れて行くなど許す筈がない。
そこら辺が気掛かりであった。
しかし、曹操はそれを訊いて問題ないと言わんばかりに笑みを浮かべる。
「心配するな。あやつも頭は悪くないが。私とあやつとでは、此処の出来が違う」
曹操は人差し指で自分の頭を突く。
「それにあやつとはお前よりも付き合いが長い。あやつの扱いも心得ているわ」
「そうですか。ああ、でも僕が戦場に居ても大丈夫ですかね?」
「安心せい。護衛はちゃんとつける。それと私の傍にいれば、まず問題は起こらん」
「それだったら、構いませんが」
「良し。決まった。今夜の食事の席で丁にこの事を話す。その時、お前は私に話を合わせろ。良いな」
「分かりました」
あの強情な人をどうやって言う事を聞かせるのだろうと思いながら曹昂は曹操の言葉に従う事にした。
夜。食卓にて。
曹操の父曹嵩を除けば、曹操の家族が集まっていた。
ちなみに卞蓮も参加している。
「ほほほ、両手に華とは随分と楽しそうだのう。阿瞞よ」
上座に座っている曹騰が曹操を茶化した。
曹騰から見て正面の席に曹操が座り、右に丁薔。左に卞蓮を座らせていた。
曹昂は丁薔の右隣に座っていた。
何故、こんな席順になったのかと言うと丁薔は正室、卞蓮は側室なので曹操の隣に座っても良いからこうなっただけだ。
「ははは、羨ましいですかな? 祖父様」
曹操は笑うしかなかった。
本当は卞蓮をこの席に参加させるつもりはなかったが。曹騰が曹操が近々冀州の黄巾党平定に出陣するという話を何処からか聞いた様で。
『偶にはお主の側室と一緒に食事をしたいのう』
と言い出したからだ。
別に何か目的がある訳ではない様だ。
ただ、卞蓮とはあまり顔を合わせた事が無いので、良い機会だから顔を見ておこうと思っただけの様であった。
祖父にそう言われては、流石に逆らう事は出来ないので卞蓮を連れて来た。
卞蓮は変な事を言って丁薔の気に障るかもしれないと思い、あまり喋らないで黙々と食事をしていた。
食器を動かす音と食べ物を咀嚼する音だけが食卓に響いていた。
会話の無い食事と言うのは、何とも侘しいものであった。
そろそろ、話をした方が良いと思い曹操は口を開いた。
「ああ、薔。先程、洛陽に居る父上から文が届いたのだ」
曹操がそう丁薔に話しかけると、曹騰の眉が僅かだが動いたが、誰も気付かなかった。
「義父上様からですか。何と書かれていたのですか?」
「この譙県でも黄巾党が攻めて来たと聞いて驚いたそうだ。大事は無いと返信したのだが、その文が届いても父上は心配だと思うのだ」
「ええ、そうですね」
「其処でだ。息子を洛陽に連れて行きたいのだが良いだろうか?」
「旦那様は冀州に向かうのでは?」
「皇甫将軍には無理を言って洛陽で物資の補給を受ける様にしてもらう。その時に曹昂を洛陽に居る父上の下に置いて行く」
「そんな無理が通じるでしょうか?」
皇甫嵩は今、兗州東郡に居る。
曹操が其処に行って其処から洛陽に寄るとなったら、かなりの遠回りになる。
そんな事をするのだったら、兗州で物資の補給してから冀州に行った方がいいのではと思う丁薔。
「兗州も冀州に面しているからな、黄巾党の妨害を絶対に受けないとは言い切れない。だから、司州に入って確実に補給した方が良いと思うのだ。それに皇甫将軍も父と知り合いになるのも悪くはないと思うだろうからな」
曹嵩は太尉の地位に就いているので、将軍である皇甫嵩が知り合いになっても損ではなかった。
「……しかし」
「父上も偶には孫の顔を見たいと思っているだろうからな。丁度良いであろう」
「……昂。貴方はどう思うの?」
「…僕も久しぶりに祖父様に会いたいと思います」
曹昂は少し考えてから答えた。
即答すると、何か示し合わせたと思われる可能性があったからだ。
曹昂の返事を聞いて、丁薔は少し考えると。
「……そうね。義父上様にもここ暫く顔を合わせていないのだから、顔を見せた方が良いかも知れないわね」
「そうだろう。だから」
「分かりました。私も一緒でしたら行くのは構いませんよ」
「へっ?」
曹操は間の抜けた顔をした。
「義父上様の下に昂一人行かせては問題だと思います。ですので、私も付いて行きます。それでしたら、昂を洛陽に連れて行っても構いませんよ。旦那様」
「い、いや、軍務ではあるのだから、軍人ではないお前を同行するのは」
「その軍務の途中で洛陽に寄るのは私事だと思うのですが? それに一人連れていくのも二人連れて行くのも同じだと思いますが?」
丁薔の切り替えしに、曹操は冷や汗をかいていた。
それを見た曹昂は、情けない物を見る目で自分の父親を見ていた。
(誰だよ。扱いを心得ているとか言ったの)
これじゃあ実戦で試すのは無理かと思えた。
しかし、此処で意外な助け船が出た。
「ほほ。嫁殿は昂が可愛くて仕方がない様だのう」
「義祖父様。茶化さないで下さいまし」
「お主の気持ちは分かるが、あまり大勢で行くと返って阿瞞の仕事に差し障るからのう」
丁薔が行くとなると、馬車も居るし使用人達も連れて行かねばならない。
そうなるとかなりの大所帯になる。
その事を指摘する曹騰。そして、言葉を続ける。
「昂一人であれば、阿瞞の背に乗せるだけで十分じゃ。使用人も向こうの家に居るから要らんじゃろう。洛陽に居る義息子も心配しているじゃろうから、此処は儂の顔を立てて昂を行かせてもらえぬかのう」
「義祖父様がそう言うのでしたら……」
曹騰にそう言われては丁薔もそれ以上、何も言えなかった。
少し危うい所もあったが、何とか曹昂を屋敷の外に連れて行く事に成功したのであった。
食事が終わると、曹操は曹昂を連れて曹騰の部屋を訪ねた。
先程のお礼を述べる為だ。
部屋に入ると、曹騰は横になって女性の使用人から背中の按摩を受けていた。
「おお、そこ、そこを、もっと、強くしておくれ。……ああ、うん、もう少し上じゃな、ああ、そこじゃ……」
細かく注文する曹騰。
さり気なく女性の使用人の太腿を撫でていた。
「おほん。祖父様。曹操と曹昂が参りました」
「おお、どうした?」
「お話しがあり、参りました」
「そうか。下がって良いぞ」
曹騰は按摩を止めさせて、下がる女性の使用人の尻を目で追った。
それを見て助平だなと思う曹昂。
曹操は何も言わないが、ニヤニヤしていた。
「それで話とは何だ?」
曹騰は上着を羽織って何事か訊いてきた。
曹操は顔を引き締めた。
「先程は助けて頂きありがとうございます。お蔭で息子を父上の下に行かせる事が出来ます」
「ふっ、そうか」
曹操が一礼して感謝を述べていると曹騰は笑みを浮かべた。
「阿瞞や。お前の幼名の阿瞞の瞞とはどういう意味か知っているか?」
「はぁ? 確か、騙すという意味でしょう」
曹騰が自分の幼名の意味を訊ねて来たので、曹操は意味を図りかねながらも意味を答える。
「そう騙すという意味じゃ。そして、お主は昔から人を騙すのが得意な男じゃったな」
「祖父様。一体何を言いたいのです?」
「昂を連れて戦場に行く為の嘘をついて、丁薔達を二人で上手く騙したのぅ」
曹騰の口から出た言葉を聞いて驚きに打たれた曹操達。
「何を言って」
「嵩から手紙が送られれば、まずは儂に届くであろうが。だが、そんな文など、儂は知らんぞ」
曹騰の指摘にぐうの音も出ない曹操。
それを訊いた曹昂は内心で、この父は時々抜けている所があるなと思った。
「そんな文が届いていないのに、お主は昂を連れて行く理由なんぞ一つしかない。昨日の兵器の事じゃろう」
「ど、何処でその話を?」
「伊達に大長秋を務めてはおらんよ。この譙県で起きた事なら直ぐに儂の耳に入るわ。ほほほ」
愉快そうに笑う曹騰。
「……祖父様には敵いませんな。昂が開発した兵器を試したいと思うのですが、私には運用できる自信がありません。ですので、昂を連れて行きたいと思います」
「うむ。聞いた所だと、火を吹くとか聞いておるぞ」
「その通りです。ですので、祖父様」
「皆まで言わんでも良い。それよりも。昂や」
「はい。曾祖父様」
「お主は戦場に行きたいか?」
「はい」
曹昂は頷いた。
それを見てニコリと笑う曹騰。
「ならば、行ってこい。行って戦とはどんなものか、その身で感じて参れ」
「はいっ」
「うむ。良い返事じゃ。阿瞞やくれぐれも昂を死なすでないぞ」
「はい。分かっております」
「話はそれで終わりじゃな。下がって良いぞ」
曹騰は横になったので、曹操達は一礼して部屋から出て行った。
それから数日後。
曹操は曹昂と麾下の一万二千の兵と共に皇甫嵩が居る兗州東郡へと向かった。
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