その頃、譙県では

 沛郡譙県を出た曹操達は一路洛陽へと駆けて行った。


 途中、黄巾党の兵達に出くわす事無く進めた。


(これを機に我が名を天下に知らしめる)


 そんな思いなので、黄巾党の兵を見つけた端から撃破しようと決めていた。


 しかし、戦闘らしい戦闘は起こらなかった。


 戦闘が無くても移動すれば、馬も人も疲労する。


 黄巾党の兵の姿も見えないという事で、曹操達は洛陽から十里約四百キロほど離れた所で足を止めて休息を取った。


「・・・・・・」


 曹操は馬から降りて、木にもたれて休息を取っていた。


「孟徳殿」


 曹操に史渙が話しかけて来た。


「公劉殿。何か?」


「喉が渇いたであろう。水を」


 そう言って史渙が水が入った革袋を曹操に渡す。


 曹操は革袋の口を開けて水を喉に流し込むと、ぬるいものの水分が喉を潤してくれた。


 水を飲んだ事で、自分が喉が渇いている事に気付いた。


(いかんな。初陣だからか。どうにも気が逸るな)


 戦場に立つ事で生まれる渇望と興奮と恐怖。初陣であれば余計に強くなる。


 普段は雄々しく振る舞う事が出来る曹操も人間であった。初陣で逸らない訳が無かった。


「落ち着かれよ。孟徳殿。将が焦れば兵にもその焦りが伝わるぞ」


 曹操よりも年上で修羅場を経験している史渙は諭す。


 これで、自分と同じく初陣の者であれば曹操は苛立ったかもしれない。


 そう考えると史渙が付いて来てくれた事に内心感謝した。


「落ち着かれたか?」


「うむ」


「しかし、貴方を見ていると初陣の焦りはあるが、家族の事に関しては何も思っていないようだな」


「ああ、それは大丈夫だ。私達が発ってから数日後には私の親戚達が譙県に来るからな」


「親戚と言うと?」


「夏候惇と夏侯淵と後は曹洪」


「信頼できるので?」


「小さい頃からの友人で信頼できる。それに息子も居るからな。黄巾党が数万の兵で攻め込まぬ限り譙県は落ちんよ」


「確かに御曹司が居れば安心でしょうな」


 史渙もそれについては同意した。






 曹操と史渙が話をしている頃、譙県では。


「「「おおおおおおおっっっ‼‼」」」


 今正にその黄巾党の兵達が譙県の県城に攻め込んでいた。


 此処豫州では張角の弟子の一人である波才が蜂起したからだ。


 その勢いは激しく多くの県が攻められて滅ぼされ、このままでは豫州を全て飲み込まんとする程であった。


 だが、その黄巾党は未だに譙県の城を落とす事が出来なかった。


 それもその筈、曹昂が前世の知識を活かして防衛線を展開していたからだ。


 県城の周りに空堀があり、それに橋を架けて渡ろうとしたら、


「放てえええええっ」


 その声と共に弩が放たれる。


 城壁の上からだけではなく、城壁からも放たれた。良く見ると城壁には穴が空いており、其処から矢が放たれる様であった。


 狙い違わず放たれた矢は黄巾党の兵達に当たり倒していく。


「続いて、第二射、放てえええっ」


 其処に弩が再び放たれた。


 放たれた矢は再び黄巾党の兵に当たり、また倒していく。


「ひいいいっ、この県がこんなに守りが固いなんて聞いてねえぞっ」


「退け、退けええ‼」


 黄巾党の兵達は逃げ出した。


 逃げ出す黄巾党の兵達を見るなり、城門が開く。


「逃げる黄巾の奴等を叩くぞ‼」


「「「おおおっっっ‼‼‼」」」


 城門から騎兵部隊が出撃し逃げる黄巾党の兵を追撃した。


 少しすると、全身血だらけになった騎兵の一団が戻って来た。


「はっはは。今日も勝ったなっ」


 その騎兵の一団で先頭に居る者が黄巾党の者達を倒した事を喜んでいた。


 口髭と顎髭を生やした男性であった。歳は二十代後半であった。


 ツリ目で端正な顔立ちであった。


 その騎兵の一団の前に男性が姿を見せた。


「淵。お前、また突出していたぞ。少しは他の者との連携を考えろ」


 騎兵の先頭にいる淵に注意するのは八の字のような口髭を生やし精悍そうな顔立ちの男性であった。


「惇。そんなに怒るなよ。戦に勝ったんだから、問題ないだろう」


「勝った時こそ気を引き締めるのだ」


「惇は固いねぇ~」


 淵は苦笑する。


 この二人は先頭に居るのが夏侯淵、字は妙才と言う。その夏侯淵に注意をしたのは夏候惇。字は元譲であった。


 幼い頃から友人である二人は仲が良く名で呼び合う。


 血縁で言えば夏候惇が曹操の従兄弟で、夏侯淵は夏候惇の従兄弟に当たる。


「子廉はどうした?」


「兵糧や武具の点検に向かった。あいつはそういうのが得意だからな」


「確かに・・・・・・なぁ、惇」


「何だ?」


「城ってこんな事も出来るんだな」


「ああ、そうだな」


 夏候惇は夏侯淵の言葉に同意した。


 何せ彼等からしたら城壁とはつまり防壁だ。守る為に必要な物。それなのに、その壁に穴を開けるというとんでもない事をして、其処から弩を射るという狭間という物には驚きを隠せなかった。そんな事をしたら壁の防御力が落ちると考えるからだ。


 他にも何かしらの仕掛けが有るらしいが、今のところお目に掛かっていない。


「孟徳の子だからな、あいつの頭の良さを受け継いでいるんだろうな」


「じゃあ、将来は孟徳みたいになるのか?」


「・・・・・・分からん」


 夏候惇はそれだけしか言えなかった。

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