第6話 招待状

 結果から言うと、お茶会は無事に成功した。

 クリスが誘った数人のクラスメートとの間を、ルーファスが取り持った。

 と言っても世間話をして座を温めただけ。

 最初はルーファスと話せると思って来ただろうクラスメートたちも、教室とは違う開放的な空間と、ルーファスの絶妙な合いの手でおかげで、自分からクリスに話を振ったりと打ち解け、いい雰囲気になった。


 タイミングを見計らったルーファスが「すまない。私は用事があるので、これで」と中座し、あとはクリスとその友人同士で、ということになった。

 ジェレミーは心配で影から様子をこっそり窺ったが、クリスたちはなごやかに話が出来ているようで安心した。


(最愛の人との時間も大切だけど、ああして友だちと一緒にいることも必要だよなぁ)


「クリスたち、うまくいってるみたいですよ」


 ルーファスにクリスたちの様子を報告すると、「良かった」と微笑んだ。

 そこに、「あいつの様子は?」とラインハルトが近づいて来た。


「私たちに聞かず、自分の目で確かめてくればいい。カフェにいるから」

「俺が行くと、他の連中が怖がるだろ。邪魔したくない。で?」

「うまくいっているみたいだ」

「……そうか」

「邪魔だなんて思ってませんよ、クリスは」

「どうだかな」


 ラインハルトは少しふて腐れたように唇を尖らせた。

 自分だけのクリスでなくなったことがきっと不満なのだろう。

 それでも彼は、友人ができたことを喜ぶクリスを前にしたらそんな不満などおくびにもださず、「良かったな。でも俺のことも構ってくれ」と二人の時にしか見せない、あの少年めいた笑顔でねだるはずだ。


(クリスの身長を合わせるために、ラインハルトが両膝をついた格好でハグする姿、すっごく萌えるんだよなぁ!)


 そしてラインハルトは焦がれた眼差しで、クリスの額や首筋に口づけの雨を降らせる。

 愛おしむように。慈しむように。


「では、私たちは行くぞ」


 ルーファスが歩きだすと、「待て」とラインハルトが追ってくる。


「……まだクリスのこと、諦めてないのか?」


 睨み付けられてはいるが、以前ほど殺気は薄い。警戒というよりも確認していると言ったほうがいい。


「どうだろうな。だが、クリスとの時間が心地いいのは確かだな」


(どうだろうな?)


 ジェレミーは自分の耳を疑った。悪役王子で己の身の破滅さえもいとわず、なりふり構わなかったというのに。

 ラインハルトも予想外の答えだったのか、すぐには反応できない。


「ジェレミー、行くぞ」

「は、はい」


 そして一緒の馬車に乗り込む。

 馬車に揺られながら、ジェレミーは今のルーファスの言葉について考えた。


(どういうことだ? 関心がなくはないけど、以前ほどではないってこと?)


「そんなに私が、クリスに対してあっさりしてるのが気になるのか?」


 ルーファスが苦笑まじりに言った。


「分かりますか?」

「お前の顔を見ればな」

「クリスに興味がなくなったんですか?」

「……不思議と以前ほどの強い執着はない。もちろんクリスは素直だし、貴族社会には不向きなほど善良だから一緒にいて気持ちがいいことに変わりはないが」


 それが本当なら朗報だ。

 すでに断罪の運命から大きく離れていると言ってもいい。

 早くも目標達成だろうか。でももしそうだとしたら今後はどうするべきか。

 断罪から回避して、それから……。


(この世界の住人である以上は、自分の人生を生きるってことになるのかぁ)


 ひとまず難しいことは考えず、学生生活を楽しもう。


「そういえば今週末はお前の誕生日だったな」

「……あ、はい」


 王国において、十六歳は成人の年齢。社交界デビューがはじまる。

 その準備で屋敷は今はなにかと騒がしい。今回はただの誕生日パーティーではない。

 十六歳を迎えたジェレミーの成人式をかねた場である。これまでは家族や親戚を呼ぶ程度だったが、父とつきあいのある家の当主や後継者たちが大勢、招待される。

 そのせいで、家に帰れば社交界でのマナーを家庭教師からみっちり教わらなければならないのだ。

 前世はしがない平民の会社員だった身としては、文字通り、食器の上げ下げにまで厳しく言われることには辟易させられるが、家の名誉もかかっていると父から毎日のように言われ、睡眠時間を削って頑張っているところだ。


「私のところにはまだ招待状が届いていないのだが」

「え、」

「忘れていたのか?」


 ルーファスは不快さを露わにした。


「来られるんですか? でも殿下は王族ですよ?」

「王族が、誕生日に出向いてはいけないという法はないだろう」

「来てくださるのなら嬉しいです。正直、見ず知らずの人たちばかりの招待客ばかりで、不安だったんですっ」


 ルーファスはフッと口元を緩めた。


「しょうのない奴だ。そんなんでは、今後社交界を渡っていけないぞ」

「……それはおいおい馴れていく、ということで」

「ま、そういうことならば、喜んで出向こう。招待状を楽しみにしているぞ。届かなくても押しかけるが」


 ルーファスはそう冗談めかして言った。そんな無邪気な顔もするんだな、とイケメンのお茶目な表情にドキッとした。

 学校が終わり、家に帰ると父の書斎を訪ねた。


「どうした?」


 父は書類から目を反らすことなく告げる。


「今週末のパーティーですが、招待していただきたいゲストがいます」

「……駄目だ」

「まだ何も言ってません」

「第二王子と言うのだろう。いいか。お前は嫡男ではないが、男爵家の人間。成人のパーティーはお前の晴れ舞台。将来を左右すると言っても過言ではないんだ」

「承知しています。ですから尚更、お願いしたいんです。王家とのつながりは大切です。特に我が家のような男爵家にとっては」

「泥舟を重要とは言わない」

「父上の耳には入っていませんか? 今、学院でも殿下が変わられたというの話でもちきりなんです。うちの学年でも殿下への評価がうなぎのぼりで」

「苦労知らずの学生どもに何が分かる。人間の本質などそう簡単に変わらない。変わっているように見えているだけだ」


 父の言葉には確かに一利ある。学院で騒いでいるのはミーハーな学生たちだ。

 それでも父が知っているのは昔のルーファスだ。

 今のルーファスを父は知らない。

 結局、色眼鏡で見ているのは学生たちと大差ない。

 だからこそ、不満を覚えたジェレミーはどうにか招待状を送って欲しいと重ねて訴えたが、結局、説得できなかった。



 昨日の今日でルーファスに招待状を送れなくなったと伝えなければいけないことを思うと憂鬱だ。


(激怒されて、またあの悪役王子モードに戻ったらどうしよう……)


 顔を合わせるのが気まずくて、朝からルーファスを避け、もう放課後だ。


「ジェレミー」

「で、殿下……」


 教室にやってきたルーファスが「来い」と言うかのように指を動かす。


「クリスたちと茶を飲む」

「あ、僕は今日はちょっと用事が」

「招待状を出すのを断られたか?」

「どうしてそれを……」

「昨日の今日でいきなり避けられたら誰でも想像がつく」

「すみません! 父を説得しきれず……。でもまだ日にちはございますので、どうにか」

「無理をするな。それよりパーティー前で準備をしなければならないことが山ほどあるだろ。私のことは気にせず、それに集中しろ」

「……う」


 懐が広く、王族らしくなったルーファスの優しさが今は、ジェレミーの自己嫌悪を加速させる。


(悪役王子の時も困ったけど、まともになった今はそのせいでこっちが辛い)


 ルーファスは元々スペックが高く、ジェレミーみたいな男爵家の次男が本来、つきあえるような人ではない。誰からも爪弾きにされるような立場だっだからこそ、ジェレミーみたいなモブキャラを取り巻きにしたのだろう。


 今の彼が声をかければ、良家の子女たちがこぞって彼の取り巻きに立候補したがるはずだ。

 カフェのテラス席に一足早く到着したジェレミーたちが待っていると、ラインハルトとクリスが仲良く話しながらこちらへ来る。

 四人でお茶をする。

 すっかり放課後のこの一時がルーティーンになっていた。


「クリス。れいの友だちたちとはどう?」

「はい。今日はお昼を一緒に食べました。今度、そのうちの一人と一緒に遊ぶ約束もしたんですっ」

「良かったな」


 かなり仲が進展したらしい。ちらりとラインハルトの様子を窺うが、嫉妬深い彼にしては特別気にするようなこともなく、話を聞いている。


「そうだ。ジェレミー先輩、これを」

「ん、なに?」

「今週末、お誕生日ですよね」

「あ、そういえば、クリスの家も招待客の一人だったね」

「はい。当日は色々とお忙しいでしょうから、今、差し上げようと思って。おめでとうございます」


 掌サイズの箱を渡される。


「開けても?」

「どうぞ。ラインと一緒に選んだんです。気に入っていただければ嬉しいんですけど」


 クリスは気恥ずかしそうに頷く。ケースを開けると、花の精緻な装飾のついたクラバット。


「ありがとう。綺麗だな。気にいったよ」

「良かったです!」

「クリスの誕生日も教えて。お返しもしたいし。……えっと、ラインハルト先ぱ――」

「いらん」

「あはは、で、ですよねー……」

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