第2話 首狩り姫の噂

「よっ、リーン!今日は学校に来てんのか?」

「まあな。たまたま装備を手入れで武具屋に預けていて、ダンジョンには潜れない。それに、俺だって本分は学生さ」


突然話しかけてきたこの男。べつにあやしい者じゃない。

俺と同じ冒険者学校に通う友人だ。

名前はリック・グランドール。グランドール家の三男で、いわゆる貴族だ。

だが、高貴の生まれも驕らず、ひょうひょうとして非常に気のいいやつである。

本人は噂好きのようで、あることないこと教えてくれる。

どうやら、本日もそんな日のようだ。


「ところでだ、リーン。例の転校生のうわさ、知ってるか?」

「ああ。つい最近越してきた、東洋から来たとかいう奴だろ?」

「そのとおり。いくらお前でもさすがに知ってるか。なんでも、目を見張るほどの美人なんだと。背はすらっと高く、凛とした顔。さらっとした黒髪。それに出るとこ出てんだぜ。まるで男の理想だなこりゃ。一目見てみたいぜ」

「ふ~ん...」

「なんだ、興味なさそうだな」

「おあいにくさま、俺は色恋にうつつ抜かしてる場合じゃないからな」

「それもそうか。妹さんのこと、大変だもんな」

「べつに大変だなんて思っちゃいないよ。ただ必死なだけ」

「...そっか。だがな、一つ、お前が気に入りそうな話があるんだ。例の転校生に関してなんだが、一席、聞いちゃくれないか?」

リックは人懐っこそうな笑みを浮かべながらそう問いかけてきた。


______________________


夕暮れ時、帝都の繁華街は活気であふれていた。

仕事終わりの労働者が酒を求めて闊歩する。

酒場からは歓声と怒号が飛び交い、市場では客引きの元気な声がする。


しかし、そんな喧騒も大通りをニ本も外れれば静寂しじまへと変わる。


腕の立つ冒険者やギャングしか寄りつかない場所。そこに、一人の女が居た。


なあ、『黒衣武者』を知らないか?

-----黒衣武者?えらく大仰な二つ名だな。それに得物は大太刀だって?少なくとも、ここらのギルドにゃ居ないはずだ。俺ぁそこそこ名が知れてるから有力なやつには目星をつけてる。そんな物騒なやつ、とっくに唾かけてるぜ。

.....そうか、分かった。邪魔したな。


すまない、『黒衣武者』、知らないか。

-----全身黒い鎧だって?軍や騎士団じゃあるまいし、冒険者の誰かじゃないのか?そんな奴、見たこともないが。

.....そのようだな。手間を掛けた。失礼する。


ひとり、また一人と声を掛けていく。

...警戒心のない女の行動、危ういと言わざるを得ない。


「もし、黒衣武者を知らないか?この都市で見かけたと聞いたのだが」

「なんだぁ?嬢ちゃん。黒衣武者だあ?知らねえな。聞いたこともねえ。冒険者か何かか?」

「いや、知らないなら良いんだ。すまない、時間を取らせた。失礼する」


そう言いつつ女は所作よくお辞儀をして、立ち去ろうとしたが...


「待ちな、嬢ちゃん。俺は知らねえが、ここいらを取り仕切ってるバラン組の親分なら知ってるかもしれねえ。俺は親分とダチだから、ひとつ、聞いてみてもいいぜ」


「それはありがたい」


「いいってことよ。嬢ちゃん他所モンだろ?そういうやつには親切にしてやるのがこの町の流技さ。ついてきな」


そうして、ごろつきと女は連れ立って歩き出した。夕刻、薄暗い中、路地裏の方へ...


_____________________


「話が違うが...?」


「いや、違わねえな。例の話は親分に聞いてやる。聞いてやるが、代わりに対価は得ねえとな。

等価交換ってのは当たり前だろ?」


ごろつきどもの集う事務所にて、男達は女を取り囲んでいた。


人数にしてざっと10人程度。恫喝するには過剰な人数。只人では震え上がるほどの圧力。


「その親分とやらも、どうも貴方のようだが」

「なんだ、よく分かったな。ククッ、まあ、見ていれば分かるか?」


「...どうやらここに居ても不毛のようだな。帰らせてはくれないか」


「古今東西、ギャングに捕まった女ってのは相場が決まってるモンよ。

嬢ちゃん、かなりの上玉だぜ?誇っていい。

おとなしく俺らに身を差し出しな。」


「そうか、最初からそれが狙いか...。断る、といったら?」


「力づくでもだ」


「ならば悪いが、交渉は決裂だ」


「...それはよかった。俺は、無理やりやるのが、大好きなんだよッ!」


言い終わるやいなや、今か今かと待ち構えていたごろつきどもが女に飛び掛かる。


無法者に襲われては女性などひとたまりも無い。

ましてや多勢に無勢。この後の結末など推して知るべし。

そう、思われたのだが。


ドシャッ、グシャッ。

事務所に積み上げられたのはごろつきどもの山。みな、一様に気を失っている。

その首元には、痛々しいほどに赤く、黒いあざが出来ていた...。


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...数時間後。

いつも幅を利かせていたごろつきが消えたことを不思議に思った警察隊が、バラン組の事務所に押し入った。そしたらなんとまあ、この惨状。


峰打ちではあろうが、一人ひとり相当な力で意識を刈り取られている。


警察隊でも手を焼いていたバラン組だが、一夜にして壊滅した。


並の冒険者ではこんな芸当はできない。

おそらく、ただものではない。A級冒険者か?もしくは...


いずれにせよ、バラン組長は消える直前、背が高く綺麗な黒髪の女性と一緒だったという目撃証言がある。

黒髪のため他所から来たものであろうが、今回の下手人はその女性であると考えられる。


そのことから警察隊のだれかがこう呼んだ。

...首狩り姫と。


____________________


「と、いうわけで、その転校生ちゃんは首狩り姫なんじゃないかって言われてんだ。

どう、興味出たか?」


「いや、首狩り姫かどうかはどうでもいいが...。一つ、気になることがある。その噂の冒頭のところだ」


そう前置きし、俺は話し始めた。








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