トランペットの横で、リンゴを一緒に食べた、あの美しい世界の中で君があげた、「えっ」という呟きを、ずっと忘れない

 僕らはどこから来たんだろう……。

 僕らはなんなんだろう……。

 僕らはなにをすればいいんだろう……。

 僕らはどこへ行くんだろう……。


 ある日、僕ともう1人はここにいた。

 なんの脈絡もなく、僕はここにいて、目の前に君がいたんだ。


 あたりは荒れ果てた大地。

 ただ川と木と何か楽器のようなものがある。


 そんな場所に生まれたのか、やってきたのか、放り出されたのか、今作り出されたのかわからないけど君と僕がいたんだ。


 僕は君を抱き寄せる。

 ほのかに暖かい。


 ふと、周囲を見た。

 川の水は澄んでいて、静かに流れる様子は周囲の神秘的な無の風景と対照的だ。

 木はたくさんの生き生きとした葉と赤いリンゴをつけていて、雲ひとつない空に高く伸びている。

 楽器はトランペットだった。


 鮮やかな青、緑、赤、そして金。

 君によって色づいた世界。

 はじめてこの世界に色がついたようだ。

 

 なんて美しい。

 大地の荒涼さなんて一瞬で消え去ってしまった。



 今ここにあるのはただただ美しい自然。

 そして僕と君。



 これからどうなるんだろう。どこへ向かうんだろう。

 そんな思いすらも消えてしまった。


 僕と君はこれからここで生きていくのだろうか。

 それとも始まりと同じようにまた突然終わるのだろうか。


 わからない。



 僕は赤いリンゴをふたつ拾う。

 鮮やかな赤色の大きな実だ。艶やかな表面からは甘い香りが漂う。手に持つとひんやりとしていて、触れる度に果肉のしっとりとした感触が伝わってくる。

 僕はもう1人にリンゴを渡す。


 これは礼だ。

 世界に色をくれた君への。


 これははなむけだ。

 僕らが現れる前の世界への。


 これは約束だ。

 君とともにここで生きることの。


 まるで結婚式みたいだと、僕は思う。

 それならばと、木から枝を拝借する。

 許してねと祈りながら折ったが、不思議なほどあっさりとその枝は木から離れた。

 木は祝福してくれているようだ。

 ありがたいことだ。


 その枝にもリンゴがなっていた。


 これは花束だ。

 暖かい君への贈り物。


 もう1人は僕の様子を眺めていたが、枝を差し出されて小さな声で呟いた。

 「えっ」というその音に僕は少し恥ずかしくなって、枝を引っ込めそうになったがもう1人は受け取ってくれた。



 これは誓いだ。

 この世界への。


 

 僕はトランペットを手に取り、力強く息を吹き込んだ。

 

 とたんに沸き立つ世界の息吹。

 

 飛び立っていくような鳥はいない。

 しかし音が響き渡った。


 そんな僕らの前で、川がただただ静かに流れ続けている。

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