第7話 死を求める者

「レイド、君はこれを持っておいてくれ」

 マリーから短刀を渡される。

「君が戦えないことは知っているが、やはり武器を持っているのとそうでないのではかなり違う。短刀は扱いやすいし」

「ありがとう、マリー」

 レイドは感謝を述べる。何気に厚意を受けたのは初めてだ。


 しばらく歩くと、寂れた街並みが見えてきた。スラムだ。

「なっ! 何だこいつらは!」

 マリーが顔をしかめる。


 スラムから初めて見えた人影、彼らはもう人間ではなかった。

 全身が黒く染まり、うつろうつろと歩く人・・・ "黒き人” と呼ばれるものたちだ。

 1人、2人、3人・・・ こちらに向かってくる。


「動くな! 我らはコレル領兵だ! 動けば討つ!」

 マリーはそう叫ぶ。

「アガァァァ・・・」

 その反応に応じる様子はない。


「総員、戦闘準備! スラムにはびこる化け物どもを排除せよ!」

「「「おう!!」」」

 戦闘が始まった。


「うらあああ!!」

 兵士と黒き人が対峙する。そして、剣で切り裂いた。

「ウガァァァ・・・」

 あっさり倒れる。血も出ない。


「あ、ありがとう・・・」

 黒き人はそう言ってピクリとも動かなくなった。


 各地で兵士が応戦する。見ていて分かったが、人よりも少し強い程度。一対一なら確実に倒せるだろう。一対一ならばの話だが・・・

「隊長、あっちから化け物どもが沢山来てるぞ!」

 兵士が指さす。

 指さすところから、無数の黒き人があふれ出てくる。

 

「アガァァァ!!」

 これはまずい。こちらは50人程度。到底無理だ。

「逃げるぞ! 撤退だ!」


 マリーはそう言い、住居区へ退こうとするが、もう遅かったようだ。

「ギィィィィィ・・・」

「くそ! なぜこうなるまで気が付かなかった! 路地へ逃げ込むぞ!」


 マリー率いる部隊は路地に入る。狭いところで戦えば問題ないという算段だろう。

 黒き人がなだれ込んでくる。

「私が足止めをする! くらえ!」


 マリーはそう言って炎魔術を繰り出す。黒き人はマリーの魔術を食らうや否や、ものすごい勢いで燃え始めた。周りの奴らにも燃え広がる。

「ガ、ァ、ァ、ァ・・・」


(こいつ、魔術も使えるのか・・・)

 レイドは感心する。自分にはできない芸当だ。

「しめた! こいつらは炎に弱い! 魔術隊、炎魔術を繰り出せ!」

 誰もが戦局が有利になったと確信したが、人間だけがこうなったのではなかった・・・


「バウゥゥ!!」

「何だ! こいつらは!」

 全員黒くなった犬・・・ 黒き犬が猛スピードで突撃してくる。


 レイドが標的になったようだ。

(まずい、食らう・・・!)

 黒き犬がレイドに噛みつこうとするが・・・


「させるかよ!」

「カイン! ナイスだ!」

 カインが向かってくる黒き犬を一刀両断にする。

 しかし、数はまだ多いようだ・・・


「レイド、カイン! 君たちは逃げるんだ! ここはもう戦場だ! 左の路地を突っ切れ! 居住区が見えるはずだ!」

 マリーはそう叫ぶ。兵士は黒き人を捌くので精一杯なようだ。

「了解した! 幸運を祈る!」


 そう言って、レイドたちは一目散に逃げる。ここで死ぬわけにはいかない。

 その頃のコレル子爵はというと・・・


 馬に乗った兵士の部隊が街の中央を占拠している。

「バーン様。全身黒くなった輩が、スラム街から流出し、居住区の人間も襲っているようです」

 バーン・コレル、コレル家当主。東の主要貴族である彼には、譲れないプライドがあった。


(私はこんなことになるまで、気付くことが出来なかった・・・ あの少年には感謝だな)

「先祖代々受け継いできたリヨンの街を、私の代で滅ぼされるわけにはいかん! 総軍、これ以上の被害を増やすな!」

「「「おうっ!」」」


 コレル領軍1000人以上がすでに集結していた。流石は敏腕貴族だ。

「私が先陣を切る! 突撃せよ!」

 彼も死の運命から逃れることができるのだろうか・・・


 一方レイドとカインは、方向音痴を炸裂してしまい、逆にスラムの中心部まで来てしまっていた。

「おい、カイン! お前がこっちだって言うからついてきたものの、やはり違うじゃねえか!」


「すまねえ、迷っちまった・・・」

 カインはそう言って頭をかく。 


「それにしても、ここはやけに静かだな・・・」

 カインがつぶやく。

 先ほどまで聞こえていた戦いの音も、今は嘘みたいに消えて無くなっている。

「あれは、なんだ?」


 路地の先に見えてくるのは大きな荷車だ。そこには農作物が乗っている。

(そんな、まさか・・・!)


「カイン、例の商隊だ! 中身を探すぞ!」

 レイドたちは禍々しいオーラをひしひしと感じていたが、荷車に駆けつけて荷物をあさる。すると、凄まじい異臭を放つものがあった。

 彼らは見つけた。人の死体を。


 全身傷だらけ、腕に至っては無い。苦しみながら死んだのが分かる顔だ。

 加えて、体の一部が黒くなっていて、胸には何やら魔法陣が刻み込まれている。 「うわ、ひでえよこれ。どうするよ、レイド様」

 カインがそう問う。


「待て、何も話すな!」

 レイドが何かに気付いた。

「・・・・・・・してくれ、殺してくれ・・・」

 なんと、あれは生きていたのだ・・・


「私は、死にたくても死ねない・・・ あいつに逆らったせいで、私は・・・」

 男とみられるそれは、そうつぶやいた。


「・・・今殺してやる」

 レイドは一本のマッチ棒に火を付ける。そして荷車に火を付けた。

 勢いよく燃える荷車。名も知らぬあれは、ようやく死ぬことが出来るのだろう・・・ なんともあっけなく終わってしまった。


「ありがとう・・・ 名も知らぬものよ・・・」

 そう聞こえた気がした。

 

  

「感謝される筋合いは無い。すべては俺が生きるためだ」

 レイドはそう言った。

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