心臓を貫きし狂戦姫(2)

「う……ぐうっ、はああああァッ!?」


 フローラが、胸に突き刺さった黒剣、『宵鴉の左爪クロウネーゲル』を勢いよく引き抜くと――そこから鮮血がどばあッ――とは


 さっきまで剣が突き刺さっていたはずの箇所を見ると、流石に、衣服には穴がぽっかりと開いてしまってはいるが……胸元という場所が場所なので、あまりまじまじと見つめるのも良くないだろうが――しかし、見えてしまった素肌には、傷跡のひとつさえも残っていなかった。


 治癒能力……なのだろうか? それだけではなく、著しく向上した身体能力に、突如現れた『もう一人のフローラ』。彼女の、一連の戦いを目に焼き付けた今でさえ――俺は、その全貌がつかめない。


「はあ……っ、ご、ごめん、なさい……真斗まなと、さん……」

「そんな、フローラさんが謝ることなんか。それより、体は大丈夫なの? もうこれ以上無理して喋らないで、一回、安静にしていたほうが……」

「い、いえ、すぐに落ち着きますので……」


 胸の傷は治っているとはいえ、代償はゼロではないらしい。立っているのも辛そうなフローラに、肩を貸しながら、半壊したバス停前の広場から少し離れたベンチまで連れて行き。


 ひとまず、フローラを寝かせつつ、俺はふと思い出したように、スマートフォンを取り出しながら。


「そうだ、警察に、電話しないと――」

「いえ、この場合、警察もあまり頼りにならないかと……。すぐに歩けるようになりますから、私も何度かお世話になっている自警団があるので、そちらにお願いしましょう」

「ああ、そうか……。開発特区じゃ、警察はあまりアテにならないんだっけ」


 開発特区は、外の世界とは環境が違う。そのため、犯罪の傾向も別物だ。


 たとえば、外では『殺人未遂』とされる襲撃事件なんかも、この開発特区では日常茶飯事とまではいかないながらも、けっして他人事で済ませられないほどに起こっている。

 外なら『テロ』として、重大に扱われるであろう事件だって、開発特区ではやはり、どうしても起きてしまう。

 

 そんな事件に対して、武力で立ち向かうのが、開発特区内に多くある、非営利団体――つまりは自警団だ。


 もあるが、警察よりも柔軟に動き、開発特区内の治安を維持しているため、規制や摘発などをしては、かえって逆効果だろうと黙認されているらしい。


 どうせ『悪』に好き勝手させるくらいなら、『善』に好き勝手してもらおう――そんな考えなのだろうか。


 確かに、こういった暗殺未遂の。それも、推定、制限武器を持った暗殺者が関わっているのだから、相手は何かしらの組織に属しているだろう――が相手ならば、警察では心もとないのは納得だ。



 ***



 立とうとすれば、まだフラついてしまうので、フローラに、もう少し休もうと提案して。


 さっきの爆発騒ぎで、野次馬がワラワラと集まってきたバス停前の広場を離れて、どこか休める場所はないかと探して見つけた、すぐ近くにある喫茶店へと入って。すっかり昼食どきが過ぎてしまっていたので、ついでにそこで軽く食事を済ませることにした。


 その時、店員さんのご厚意で、喫茶店の更衣室を貸してもらったので、フローラは胸元に穴の開いていない別の服へと着替え済み。(普段から、着替えの服を持ち歩いているらしい)


 アニメなんかで、シーンが変わるとボロボロだった衣装が元通りになっていたりするが――案外、その舞台裏はこんな感じなのかもしれない。……なんて、くだらない想像はどうでもよく。


 さすがに本調子ではないが、普通に会話できる程度にまでは回復したフローラに、俺はずっと気になっていたことを質問する。……彼女に聞くとすれば、このタイミングだろう。


「フローラさん。さっきのアレって、もしかして……」

「はい。あれが、私の能力――《死淵の人格乖離インバース・パソナリア》です」


 やはり。氷柱を放つ拳銃に、剣まで使いこなしている、見るからに手練れの男を一瞬にして追い詰めた。あの姿が――フローラの、開花者ブルーマーとしての能力らしい。


「心臓を剣で突き刺すことで、臨死状態へと至ります。その際に、生存本能がはたらき、身体能力から反射神経まで、あらゆる力が極限まで高まる代わりに――私の裏に眠る『もう一人の自分』と人格が入れ替わるのです」


 いわゆる、多重人格というやつか。


 狂気に満ちた笑みを浮かべて、口調もどこか別人のように変わっていたのは――やはり、もう一人のフローラだったらしい。


「ただ、同時に肉体の再生力、回復力も高まってしまうので……この能力が続くのは、せいぜい十秒とか、そのあたり

「そっか。それで、剣を抜いても傷がなかった……ってこと。でも、確かフローラさん、十秒以上、戦ってたような気がするけど」

「はい。そこで、


 スッ、と取り出したのは、さっきフローラが、自身の心臓に突き刺した黒剣『宵鴉の左爪』だった。

 

「この『宵鴉の左爪』は、開花結晶ペタルストンを使った次代装備ジェネクです。開花結晶によって引き出されたその効果は、もの」


 ゲームで表すのなら状態異常とか、そういったイメージだろうか。つまり、増大した身体の回復力を、この剣であえて打ち消して、能力の発動を保っているのだ。


 ……想像していた以上に、惨すぎる話だった。フローラの抱えていた能力も、その引き出し方までも。常人じゃ、扱い切るどころか、発動するだけでも躊躇してしまうだろう。


「聞くまでもないだろうけど、フローラさん。それ、辛い……よね」

「辛くない、といえば嘘になっちゃいますね。最近はなんとか、慣れつつはありますが」

「……もう一つ、聞いてもいいかな」

「なんでしょう?」

「フローラさんが、――戦う理由」


 そこまでして、とはもちろん、自らの心臓に剣を突き刺して、辛い思いを耐えてまで戦っている理由だ。


 聞いたフローラは、少し俯いてから。やがて、思い詰めたかのような表情のまま、口を開く。


「話したくない訳ではありません……が、ただでさえ、真斗さんをこんな事に巻き込んでしまったのに……これ以上、私事に巻き込むわけには……」


 流石にちょっと踏み込みすぎたか。そう思った俺は、慌てて、場の空気を切り替えるように。


「ご、ごめん。――もし本当に困った時は、力になるから。でも、まずは……今回の一件をなんとかしないと」

「……はい。すみません、真斗さん。ご迷惑おかけしますが……自警団まで、付いてきていただけますか?」

「もちろん。俺なんかで役に立てるなら。それに、元々、俺がフローラさんに案内してもらってたんだし、無関係じゃいられないよ」


 こうして、喫茶店でひと休みした俺たちは、フローラが懇意にしているという自警団へと向かうことになった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る