第31話 海に近い街

 中宿なかやどを出発し、次のオドブレイクに到着したのは夕方だった。

 ロッカは中宿で出された特製蜂蜜スイーツが余程気に入ったようでおかわりまでした。バンも「まだあるのなら私も」と注文していた。


「中宿の特製蜂蜜スイーツ美味しかったな~。また食べたいな~。戻る?」

「「いや、いや、いや」」


 トウマとセキトモはテントを張る準備、ロッカとバンは水と食料を貰ってくる。作業分担だ。例の如く大量の食料を持ってきた二人。もう慣れたものだ。


「オドブレイクで休むのはあと1回です。

 その次がアーマグラスの街で、そこを抜ければ中央大陸に行けますよ」

「あと1回か~、まだ先な感じもするけど中央まで案外近いのかな?」


「東大陸はそれほど大きくありませんからね。

 地図にするとこの大陸は細長い魚の形に見えるみたいですよ。

 私たちが目指す街は魚の頭の部分にあたる所で、中央大陸にはそこから船で海を渡れば行けますし、今は大橋もあります」

「馬次郎を置いてはいけないし、船に乗るのはないわね。私たちは大橋一択よ」


 大橋とは東大陸と中央大陸の間に架かっている大きな橋のことだ。途中、小さな島を経由しているらしい。昔は海の巨大なモンスターが出ない浅瀬を船で渡るしか大陸間を移動する手段がなかった。今は橋が架かったことにより大陸を容易に渡れるようになったのだ。


「海にもモンスターいるんですね?

 海に降り注いだスライムの素はスライム化しないって聞いた気が」


「いますよ。スライムはスライムの素が集まりやすい波打ち際や渦がある所で発生しているみたいです。例は少ないですが大陸で発生したスライムが海に潜っていくこともあります。海の生物を取り込んだ巨大なスライムは海の深い所まで行って擬態するようですよ。ちなみにスライムの素はいつまでもくっつかずに浮かんでいると自然に消滅するそうです。だからスライム化しないと言われているのでは?」


 セキトモは理解したようだ。


「スライムの素は引き合うけど海上では難しいってことか。

 トウマ、分かった?」


「な、なんとなく。そういうことかぁ~~」


「海にいるモンスターは姿を確認しづらいので漁師は危険な仕事でしょうね。

 漁師を護衛する専門の討伐者もいますし」

「専門の討伐者かぁ~~」

「船酔いしないのが大前提ね」

「俺、船乗ったことないし、酔うか分かんないなぁ~~」

「僕もだよ」


「よし、完成しましたよ!」

「ご苦労様」


 トウマの話す語尾が少々間延びしていたがテント設置が終わった。


-----


 夕食後、トウマとセキトモは抗魔玉の力の解放の練習をしている。やってみたいという好奇心は抑えられないのだ。


「ハ!」

「ぐおーー!」


「エイ!」

「うぬぬー!」


「ダー!」

「はあああーー!」


「ふん!」

「そりゃー!」


「うりゃー!」

「だりゃー!」


 ロッカとバンがクスクスと笑っている。


「何それ。掛け声変えたからって出来るわけないじゃん。うるさいだけだし」

「そんなこと言ってないで何かほら、教えられるコツとかないんですか?」


「うーん。私は何となくでできちゃうから」

「私の場合はこうしたい!って集中している感じですかね?」

「ぐぬぬぬーって感じですか?」

「トウマの言ってることが分からん。一回やってるんだから思い出せばいいでしょ」

「俺どうやったか覚えてないんですよ~」

「僕、才能ないんだろうか? まったくできる気がしない・・・」

「何かきっかけがあれば出来るようになりますよ。

 出来たときの感覚を覚えていれば使えるようになるかと」


「僕も一回できればなぁ。感覚くらい分かりそうだけど」


「感覚すら覚えていない俺って・・・」


「もう付き合ってらんないわ。バン、こいつらほっといて私らはもう休もうよ」

「そうですね」


 ロッカとバンはテントで休むことにした。そのあとトウマとセキトモはしばらく力の解放の練習をしていたがやはり出来なかった。


 二日後-----。


 一同はなだらかな丘の頂上付近で眼下に広がる景色の中にアーマグラスの街を見ていた。風にのって潮の香も届く。

 アーマグラスの街の先は海、海の先に長く架かる大橋も見え、海岸沿いには5基の大きい風車、港らしき場所も見える。


「あれがアーマグラスの街か」

「ホント、海に近いね。あれが大橋かな?」


「あと少しです。行きましょう」


 一同は街道を下りアーマグラスの街に到着した。開放感のある街並み。バルンバッセの街もそうだったが門番はいない。出入り自由だ。

 大きく違うのは街が三角ブロックのようなもので囲まれていて、周囲から一段上にあるところだろうか。おそらく水害対策だろう。スライムが発生しにくいような水路の工夫もされている。雨水が流れる先に抗魔玉の粉末を練り込んだフィルターが設置されていて、そこでスライムの素を浄化しているようだ。


 一度来ているロッカとバンは街の中をどんどん進んで行った。トウマとセキトモは街中を眺めながらついて行く。


 何処へ向かっているんだろう?


 ロッカとバンがコソコソ話している。


「トウマたち驚くと思う?」

「驚くでしょうね。うふっ」


 しばらくして街外れの壁に囲まれた邸宅に着いた。見たことがあるような、正面から見ると凹を反対にした形状だ。


「博士の邸宅?!」

「何でここに?」


「あはは! やっぱ驚いた。博士の邸宅で間違いないわよ。別のだけどね」

「いろんな街にあるんですよ。博士のこだわりなのかそっくりな造りですけど」


「金持ちの力、恐るべし」


 博士の邸宅を訪ねると、初老の男性が出て来た。


「皆様、お待ちしておりました。旦那様から伺っております」


「執事のリラックさん?! 何でここにいるの?」

「あれ? この人バルンにいるはずじゃ?」

「あはは! その人リラックじゃないわよ。ホラックよ」


「お二人は初めましてですね。私はホラックと申します。

 その様子だと弟のリラックには会われているようですね」


 執事のホラックは十人兄弟らしい。兄弟全員博士に仕えているとか。さすがに博士のそっくりさんまでは出てこなかった。

 驚いたことに博士の邸宅で働く使用人、出入りする業者までもがホラックの近い血縁の者だという。

 博士の意向ではないが秘密を厳守させる為の身辺調査が厳しく、自然とそうなってしまったようだ。ホラックの妻や息子は近くに住んでいて時々手伝いで邸宅に来ることがあるそうだ。


 まずはここまで荷物を運んでくれた馬次郎をねぎらって馬小屋へ。皆で必要な荷物を邸宅の中へ運んだ。


「2階に来客用の部屋が8部屋ございます。

 空いている好きな部屋をお使い下さい。

 但し、旦那様のお部屋と地下室は入室の許可がありませんので立ち入りは禁止とさせて頂きます。何か御用がありましたらお申しつけ下さい。

 のちほど食事を御用意致します」


 四人は階段を上り2階に行った。


「すげー、ここに泊まっていいんですね? しかも食事付き」

「しばらくここを活動拠点にするわよ」


 セキトモは不思議そうに聞いた。


「すぐには中央大陸に向かわないの?」

「急ぐ旅じゃないし、この辺りのクエストを少しやって行くつもりなの」


 バンが補足した。


「二人にはもっと討伐経験を積んで頂いたほうがよいと思いましてね。

 巨大爪熊のようなモンスターはそういませんが中央のクエストは難易度が高いものが多いですし、旅の疲れもここで一旦取りましょう」

「そういうことか、分かった」


「近くの施設に温泉があるわよ。

 中央にもあるけど疲れを癒すにはもってこいでしょ?」


「お~、噂に聞く温泉があるのか、楽しみだな。

 バルンや中宿にはなかったからね。じゃあ、僕、この部屋にするよ」

「それじゃあ、俺こっちで」


 セキトモは遠慮したのか右棟の左から2番目の部屋。トウマはその左隣、手前の裏庭が見える角部屋にしたようだ。ロッカとバンは左棟の正面側の部屋にしたようだ。部屋は広くはないが、ベッド、机、椅子が設置してあり、クローゼットまである。一人部屋で寝るだけなら十分な環境であった。


 しばらくしてトウマの部屋にセキトモがやって来た。


「トウマ、ロッカとバンは温泉に行ったみたいだよ。

 二人が戻ってから食事にするってさ。僕たちも行かないか?」


「いいですね。行きましょう! 温泉入ってみたいです」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る