第16話 油断×2

 トウマとセキトモは完全に油断していた。スライム討伐に夢中になって林に入り込み、少し経ってからの事だった。

 今、トウマたちが相対しているのは巨大蟷螂かまきり。クエストにあった難易度Cのモンスターだ。


「セキトモさん、ヤバいですよ! あのカマキリ。

 難易度Cで出てたやつじゃないですか?」

「油断してた! この林だったんだ!

 クエストの場所を見てなかった・・・ハア、ハア・・・」

「それを言うなら俺もですよ。

 ハア、ハア・・・、難易度Cは行くつもりなかったんで」


 たまに見かけていた討伐者がこの林の中には誰もいなかった。そういう事だったのかと二人とも気づいたがもう手遅れだということは言うまでもない。

 蟷螂は両腕の鎌を獲物を捕らえるためではなく刈り取る刃物のように特化させている。人間が使う道具の鎌を巨大にした物を腕にしていると言っていいだろう。顎にある鋏の牙も特化している。

 蟷螂の巨大な両鎌によってそこらにある木などは一振りで切り倒されている。蟷螂の攻撃は単純な斬撃とは違い、鎌は前からではなく斜め上、横もしくは後方側から攻撃してくる。交互に左右からくる蟷螂の斬撃に二人は背中合わせに近い状態で何とか致命傷を避けながら逃げている。

 蟷螂の鎌がかすっただけで血しぶきが飛ぶ。


 セキトモさんも攻撃を受けている。深い傷じゃなさそうだけど、ヤバい・・・。


 二人は持っている武器を出しっぱなしで防戦一方、とっくに抗魔玉の力は切れている。抗魔玉の力なしではダメージを与えても数秒、長くても数分で回復されてしまうだろう。今更攻撃に転じても倒すことはもう不可能だ。隙をついて逃げるしかない状況だが蟷螂はそうさせてくれない。


 二人が必死になって蟷螂に抵抗しているその時だった。


”ボンッ!”


 何処からともなく蟷螂に炎の球が当たる。巨大な蟷螂は炎の球一発程度では微動だにしていないが、気には触ったようだ。


「ギギッ!?」


 蟷螂は二人への攻撃を止め、キョロキョロと周りを見渡し出した。蟷螂の注意を引くかのように炎の球が2発、3発と蟷螂の周辺に投下され続ける。


「今のうちにカマキリから離れて!」


 ロッカの声だ。


 蟷螂から少し距離を置いた二人の所にロッカが駆け寄って来た。


「間に合ったみたいね。こういう時の私の勘は当たるのよ」

「助かりました。ハア、ハア・・・、俺たちもうダメかと」

「バンが炎の球であのカマキリをかく乱してくれてるわ。

 二人とも傷だらけね。私がバンと代わるからそこの人も治療して貰うといいわ」

「申し訳ない。有難う」


「バン、代わるわよ! こいつら逃がして治療してあげて」


 即座にロッカは蟷螂の方に向かって行き、代わるようにバンがやって来た。


「大丈夫でしたか? ここはまだ危ないです。一旦、林の外へ出ましょう!」

「ハア、ハア・・・分かりました。セキトモさん、行きますよ」

「お、おう・・・ハア、ハア・・・、痛っ!」


 セキトモは足を負傷したようで少し足を引きずっている。一人でついて来るのは難しそうだ。


「セキトモさん、肩貸します。急ぎましょう」

「すまない。ありがとう」


 三人は蟷螂と交戦しているロッカを視界に捉えながらも林からの脱出を試みた。ロッカが蟷螂の注意を引いてくれているので追ってくることはなさそうだ。


 ロッカは二刀流ともいえる蟷螂の攻撃に一人で立ち向かっているが、ある程度蟷螂から距離を置いて立ち回っていた。

 さすがはロッカといったところか蟷螂の背後背後に周り、蜘蛛のときと同様柔らかい足の関節部分を狙い、すでに後ろ足を2本斬り落としているようだ。

 しかし、ロッカは一人で巨大な蟷螂を倒しきるのは厳しいと判断し、三人が蟷螂の視界から消えるまでの時間を稼いでいる。

 三人が見えなくなったら蟷螂の隙をついて逃げ切るつもりだ。


-----


 林から脱出した三人は荒れた息を整えていた。


「ハア、ハア。ここまで来れば大丈夫ですかね?」

「まだ油断は出来ないですがとりあえず治療しましょう。

 こちらの方のほうが酷そうです。トウマさんは少し待って頂けますか?」

「はい、構いません。セキトモさんの足を治してあげて下さい」


「痛っっ、助けて頂いて有難うございます。僕はセキトモといいます」

「私はバンです。洞窟の前で会った人ですね。命があって良かったです」


 バンは治癒のロッドを取り出し、セキトモの治療を始めた。

 セキトモの足の傷が治っていく・・・。

 セキトモは驚きと共に口にした。


「これが・・・」


「すみません、バンさん。セキトモさんにロッドのこと話ちゃいました」

「構いません。この通りすでに見せていますし」


 バンは二人の重症な傷のところだけ治癒のロッドで素早く治療していった。


「二人とも動けますね。街道までもう少しです。あそこまで行きましょう」

「「はい!」」


 三人が街道に向けて足を進めようとしたその時、すぐ近くの林の中からロッカが飛び出して来た!


「「ロッカ?!」」

「?! あんたたち、まだこんな所にいたの?」


 トウマは林のほうを見たが蟷螂の姿は確認できなかった。


 ロッカも蟷螂の姿が見えないことと、皆に合流したことで少し気を抜いた。


 一瞬の気のゆるみ。油断。


 次の瞬間、ロッカに向かって林からもの凄い勢いで蟷螂が飛んで来た!


”バサッ!ババババッーーーーー”


「ロッカ、危ないっ!」


”ザクン!”


「ぐっ、このぉー!!」


”ズバッ!”


 ロッカは短剣で蟷螂の左腕の鎌を根本から斬り落とした。


 ―――だが、代償はあまりにも大き過ぎた。

 ロッカの左腕も蟷螂の右の鎌により切り落とされたのだ。


 ロッカの腕からは血が噴き出し、ロッカは痛みでのたうち回った。


「うわぁああああーーーーー!!」

「「ロッカーーーー!!!」」


 そ、そんな・・・ロッカの腕が。


 衝撃で固まっていたトウマにセキトモが呼びかけた。


「トウマ、しっかりしろ!」


 ハッ!? カマキリは?


 トウマが周りを見渡すと、蟷螂は攻撃を止めて吹き飛んだ自分の鎌の腕を拾い上げバリバリと食べているのが目に入った。ほんの少しずつだが蟷螂の切断された腕の切り口がブクブクと泡立ち、腕が再生し始めているようだ。


 気絶したロッカを抱きかかえたバンが言う。


「私に考えがあります。もうそれしかありません。ロッカをお願いします」


 バンはトウマにロッカを預けた。ロッカの切断された腕は紐できつく縛ってあり、止血はしてあるようだ。


「御覧の通りカマキリはこちらを見ていません。

 二人は今のうちに街道に走って下さい」

「わ、分かりました! バンさんは?」

「私はまだやる事があります。先に行って下さい。すぐに追いつきます!」


 トウマの腕の中で気絶しているロッカを抱えて二人は街道に向けて走り出した。


 ロッカ。死なないでくれよ。


 トウマとセキトモの二人は街道に辿り着いた。


「ハア、ハア・・・」


 ロッカは気絶したままだ。と、すぐにバンが追いかけて来た。バンは切断されたロッカの腕と短剣を持ってきていた。蟷螂は追って来ていないようだ。


「治癒のロッドは先ほど使ったばかりなのでしばらく使えません。

 それに、切断した腕の治療となると可能なのかどうかも」

「そんな、ロッカの腕はどうなるんですか? そんな・・・」


「一つだけ当てがあります。でも急がないと。私について来て下さい!」


 トウマはロッカを抱きかかえたまま、走ってバンについて行った。遅れてセキトモもついて行く。


 まだロッカの腕が治る可能性があるんだ!

 頼む、間に合ってくれ。

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