第7話 第三階位のドルイドと”見習い”
翌日、クレイ・フィラーゲンは、コノルとその祖父である第三階位のドルイドのアビー・カーディンによって、ヤーヴァの街を案内されていた。
ヤーヴァの街は、<黒い森>の近隣地域でいちばん大きな街である。
街の中心には市場があり、それなりに賑わっている。市場のとなりには、昨日ドルイドの会議が開かれた街の広場があり、それらを取り囲むように街の役人の詰め所や兵舎、そしてドルイドの聖堂などの重要な施設が並ぶ。
ドルイドたちが街の管理に関わっているためか、街路には一定間隔に樹木が植えられ、古めかしい石造りの街並みに彩りを添えていた。
「簡素だが、いい街ですね」
フィラーゲンが感想を述べる。
「そうだな……」
そう答えたカーディンは、別のことを考えていた。
「フィラーゲン殿。正直なところ、今日は文句も言わずに我々に付き合ってくれていることに驚いている」
カーディンの声は、どこか感慨深げだった。
「どうしてです? 私を自由にさせないのが、あなたの役割では?」
家々の窓際に置かれた色とりどりの花に目をやりながら、フィラーゲンはそっけなく答えた。カーディンは苦笑する。
「そなたの力をもってすれば、力づくでも<黒い森>に入れるはずだ、私にかまうことなく。だが、そうしていない」
「私は乱暴者ではありませんので……まあ、たいていの場合には」
「そうだな」
柔らかな笑みを浮かべながら、隣を歩くコノル少年の頭を
「そなたは孫の恩人でもあるしな」
しばし黙って歩を進める。
「ひとつ聞いてもいいかな、フィラーゲン殿」
「どうぞ」
「よそもののそなたが、どうして『吸血鬼』などを追う?」
「……ちょっと、個人的な因縁がありましてね」
「サントエルマの森の魔法使いともなると、常人には思いもつかぬ“因縁”があるのでしょうな」
カーディンは、それ以上追求することなく、口を閉ざした。代わりに、少し退屈していたコノル少年が口を開いた。
「それで、これからどうするの?」
「さあてね、少し考えてみるさ」
「黒い森に行くときは、僕も連れて行ってくれよな」
少年は、念を押すような口調でそう言ったが、カーディンは歩を止め、驚いたように孫を見下ろした。
「馬鹿なことを言うな、コノル」
「どうして、僕は『ドルイド見習い』でしょう? 森に入る権利はあるはず。それに、姉ちゃんを探さないと……生きていればだけど」
「そんな危険なことは認めないぞ、コノル」
「……じゃあ、じいちゃんたちが何とかしてくれるの?」
少年のつぶらな瞳に見据えられ、カーディンは返答に窮した。
黒い森が死に瀕し、ドルイドの力が失われつつあることを、カーディンもまた自覚していた。森の中のことであっても、彼らにできることは少ない。
「ドルイド長のレビックと、<蝶のドルイド>カイ・エモに相談してみよう」
とりあえずそう言ったものの、彼らもまた、カーディンと同じ苦悩に直面しているはずだった。
コノルはつまらなさそうに口を
「……僕はあの人たち、あまり好きじゃないな」
そんな話をしながら、庄屋の大きな家の前を通りがかったとき、若旦那のケリーが飛び出てきた。彼らの後ろには、武装した四人の兵士が付き従っていた。
「なあ、サントエルマの森の魔法使いさん。うちの娘が、今日14歳になるんだ……あんたが言っていた、その、化け物がもし襲ってきたら……俺はどうしたらいい?」
不安にさいなまれ、取り乱しているようだった。どうやら、武装した傭兵たちでも、彼の心配事は
「今晩か……」
フィラーゲンは形の良い顎に指をあて、しばらく考え込んだ。そして、意味ありげにちらりとカーディンを見た。
カーディンは大きなため息をつくと、渋い声で言った。
「……今晩は、カイ・エモがドルイドたちを集めて何か話しをしたいらしい。私はその会合に行くから、夜遅くまで家には帰らない」
そして、あえてフィラーゲンに目を合わさず、言葉を継いだ。
「それだけを伝えておこう」
そう言って、右手を挙げながらさきに歩き出した。
「私は準備があるから、さきに帰っておく。おまえさんたちも早く家に戻ってくるように」
少しずつ遠ざかるカーディンの背を見てから、期待を込めた目でコノルは魔法使いを見た。フィラーゲンは少し
「少し、話がしたい。コノル、おまえも力を貸してくれ」
◆◆◆◆◆
<主な登場人物>
クレイ・フィラーゲン 人間離れした竜のような風貌の男。サントエルマの森の魔法使いと名乗っている。
コノル 村を襲撃され、姉を連れ去れれた少年。襲撃者を目撃した者。
ドルヴ・レビック <黒い森>を管理する七人のドルイドの長。厳めしい表情そのままの、厳格で頑固な性格をしている。樹木のドルイドの異名を持つ。
カイ・エモ 第二階位のドルイド。亜麻色の髪を持つ若い青年。蝶のドルイドの異名を持つ。
アビー・カーディン 第三階位のドルイド。レビックと同年代の古参。コノルの祖父。苔のドルイドの異名を持つ。
ニカ・マルフォイ 第五階位のドルイド。唯一の女性ドルイド。独特の上目づかいが特徴。キノコのドルイドの異名を持つ。若いころ、魔法使いに憧れていたこともあり、ドルイドたちの中では最も魔法に詳しい。
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