与えられた勇気

 ここはシヴェルナ王城にある謁見の間。

 そこで私は、凍らされたみたいにガチガチに固まっていた。

 だって平民でセロの私の前に、国王陛下が座ってるんだもの。

 さっきからずっと笑顔を絶やさないのが逆に怖い。 


「いやぁ、急に呼び出してすまないね。 かしこまらず、楽にしてくれていいから」


「は、はいっ!」


 まだ目覚めてない閣下に代わってユーリ様が後ろについてくれてるとはいえ、陛下を前に気を緩めるなんて出来る訳無いんですけど。


「君がロゼ・アルバートだね。 噂には聞いていたがまさかこんなに可愛らしいお嬢さんとは思わなかったな」


「きょ、恐縮です……」


「華奢な身体で振るう剣技は本当に美しかった。 まさに『武闘祭に咲いた一輪の華』だと、私も含めて会場中が君に釘付けになったよ」


「そ、それは、勿体ないお言葉で……」


「キアノスが話したがらないのも頷けるな。 こんなに強くて可愛らしいんだから、他にライバルがでてきても……」


「ウィラード国王陛下。 談笑は程々にして本題に入って頂けないでしょうか」 


「あぁ、そうだったね! 本物に会えて嬉しくてつい喋り過ぎてしまったよ」


 なんと……ユーリ様の一言で話が進行するんだ。

 閣下の臣下だからお互い見知った仲なんだろう。

 ただ想像以上に親和な関係で戸惑いが隠せなかった。 


 私の前に座るウィラード・ダン・シヴェルナ国王は想像以上に若く、美しい人だった。

 閣下のお兄様と聞いたけど、髪色も瞳の色も閣下よりも少し淡く、物腰も柔らかい。

 

 そして閣下よりも朗らかに笑う所は、国王というより賢者に近かった。


「さて、本題に入ろうか」


 先程よりも少し低めの声音に、私はビクリと肩を震わせた。

 陛下が真面目な顔してジッと見つめてくる。

 これは何かお咎めがあるのか……。


 すると陛下は、予想と反して私に頭を下げた。


「君達親子には本当に世話になった。 この場を借りて礼を言わせてほしい」


「陛下! そんな簡単に頭を下げないで下さい!」


「いや、ルカス殿の英断があったからこそキアノスは生還し、私もここにいる。 彼は私達の命の恩人だ。 本当にありがとう」


「確かに父はそうかも知れません。 ですが私は……」


「いや、君は弟の心を救ってくれた」


「……え?」


「君のお陰でキアノスがようやく人並に笑うようになったと聞いたよ。 ルカス殿の事もあったし、彼は国を守る責務を果たそうと必死だったからね。 だが同時に人間らしさを失っていた」


「それは……」


「そうなったのは私の所為でもあるんだ。 だが、どうしてやることも出来なくてね。 それを君が成し遂げてくれた」


「そんな、寧ろ助けていただいたのは私ですし……」


「あれから七年、キアノスは前線に立って国を守る傍ら、君を探し続けていたんだよ。 幾ら縁談を持ちかけても『必要ない』の一点張りだったしね」


「……」


「守るものが増えたらキアノスは更に強くなれる筈だ。 嬉しい連鎖反応だよ。 この礼はいつかさせてもらうよ」


「そ、それはっ……」


 慄く私の反応を見て、陛下はクスクスと穏やかに笑った。

 

「武闘祭の活躍も見て確信したよ。 君の剣術は最前線でも通用するものだ。 だがやはり魔法に対する耐性に問題がある様だね」


「申し訳ありません……」


「大丈夫、人にはそれぞれ得意不得意がある。 だからここへ呼んだんだ」


「え?」


 すると部屋の奥から男性二人がかりで大きな荷物が運ばれてきた。

 『開けてみてくれ』と言われ布を開いてみると、中から現れたのはなんと父の長剣だった。


 以前倉庫で見た時よりもずっと輝きを放ってる。

 まるで持ち主を待っているかのように。


「これより、君に魔晶石付きの武器の使用を許可する」


「え?!」


「アルフレッドから『君に使わせたい』と要望があってね。 折角だし石も付けておいたよ」


「え、でも、石付きは『黒の騎士』じゃないと……」


「勿論期間限定だ。 武闘祭の時、君達が倒れていたと聞いて何やら胸騒ぎがしてね。 事件が起きているのなら役に立てて欲しいと思ったんだ」


 すると後ろで聞いていたユーリ様が『何故このタイミングで……』と嘆きにも似た声で呟いた。

 

「あれ? 駄目だったかな?」


「いえ! ぜひ使わせて下さい!!」


「良かった。 石も魔力が吸収出来る方だから、君の身体にも負担はない筈だ」


「ありがとうございます!」


 やった! 

 これがあればエメレンス様を探しに行けるかも知れない!


「因みにその剣に魔晶石が付いていなかった理由は知ってるかい?」


「いえ、聞いたことないです」 


「ルカス殿が『魔晶石は家族の為に使いたい』と前国王に申し出たらしいよ」


「え……?」


 私が小首を傾げると、陛下は優しく微笑んだ。


「当時前例がなかったから揉めたらしいけど、魔晶石が無くてもルカス殿は充分強かったからね。 結局ネックレスという形で魔晶石を譲渡したそうだ」


 じゃあ私が持っていたのは、本来父が使う筈の物だったんだ。

 ここまでして父は私を思ってくれてたんだ。


「この話を聞いて私も驚いたよ。 本当に素晴らしい父君だね」


「はい……」


 先日転移した後、過度な魔力吸収で瀕死だった私を救ったのはあのネックレスだった。

 気付いたら魔晶石はただの石みたいになっていて、大きなヒビが入り所々欠けていた。


 きっと父が守ってくれたんだ。

 懐かしい父の愛情に触れて思わず目が潤む。

 私は革袋にしまってあるネックレスに思いを馳せた。


 暫くして陛下は、机の右端に置いてあった小さな箱を私の前に差し出した。


「そして、これは私からだ」


 何故?と思いつつ、恐る恐る箱を手に取り蓋を開ける。

 すると、中には小さな丸い台座に乳白色の宝石が嵌められたブローチが入っていた。


「あの、これは……?」


「きっと君の助けになる」


 陛下は人差し指で空中に小さく円を描いた。

 すると銀白色の毛に覆われた小鳥がふわりと現れ、陛下の指に止まった。


 陛下の使い魔と同じ鳥だ!


「さぁ、行っておいで」


 陛下の指から飛び立った小鳥は、ブローチについた宝石に吸い込まれるようにして姿を消した。


 途端に石が緑や紫といった幾つもの色を孕み、フローライトの様に輝き始めた。


「その鳥は私の魔法で出来ている。 だが石を介しているから君の身体にも影響はない」


「陛下の魔法って……陛下の方こそお身体に支障が出るのでは?」


「これぐらいなら何ともない。 私もそれなりに持っているからね」


 そう言って陛下はパチンとウインクしてみせた。

 そうだ、この御方は国を治めるウィラード陛下。

 きっと計り知れない魔力量を持ってるに違いない。


「ロゼ、君がその子に名前をつけてあげてほしい。 そうすれば君の声に反応して出てくる筈だ」


「名前、ですか……」


 飼ってる犬に名前を付ける様な感じでいいのかな。

 でも陛下の魔力で出来た鳥に名前をつけるなんて、かなり緊張する。


 でも石はまるで待っているかのように光が揺らめいてる。

 私はそれを見て、頭に浮かんだ言葉を口にした。

 

「……『コレット』でも良いでしょうか」


「うん、愛らしい名前だ。 ではその名で呼びかけてごらん」


「コレット、でてきてくれる?」


 すると名前を認識したのか、キラキラと細かな粒子を纏って姿を見せてくれた。


「すごい……!」


「どうやら気に入ったみたいだね。 これでその子は君の味方だよ」


「ありがとうございます!」


 肩でチッチッと鳴いてるのを聞いて思わず頬ずりしてしまった。


 父の長剣に、陛下の魔力で出来た小さな相棒。

 今なら、どんな道でも前に進める気がする。


 私は陛下に何度も頭を下げ、無事謁見を終えたのだった。


  

◇◇◇◇



「閣下ー、そろそろ起きて下さいよー」


 謁見を終えたその日の晩、私は様子を見に閣下の部屋に来ていた。


 閣下は小さく寝息をたてながら、ただ眠っているだけ。

 起きる気配はまだ無い。

 回復を促す処置はこまめにしてると聞いたけど、やっぱり不安になってしまう。


 ふと窓の外に目をやると、大きな月の周りに星が瞬いてみえる。


「今夜の空もなかなか綺麗ですよ、見えますか?」


 僅かな期待を込めて話しかけたけど、やっぱり起きそうにない。

 私は小さく息を吐いた。


「私、やっぱりエメレンス様を探しに行ってきます。 どうしても気になる事があるから……なんて言ったら、怒りますか?」


 エメレンス様の事を気にしてたみたいだし、私がエメレンス様の所に行ったって知ったら慌てて起きてくれるかもしれない。

 なんて、思い上がりかな。

 

 でも、大人しく待ってるなんて出来ない。

 二度も命を救ってもらったんだもの、恩返しがしたい。

 だから。


「今度は私が貴方を守る番です」


 そんな誓いを込めて、私は閣下の頬にキスをした。


 

 




 

 


 

 



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