公爵閣下、貴方に忠誠を誓います〜ですがややこしくなるので寵愛は不要ですよ~

夢屋

血に塗れた出会い

――――幼い頃に読んだ絵本に出てくる主人公は、皆可愛くて魔法が使えるお姫様だった。

 そこへステキな王子様が現れて、二人は恋に落ちるのだ。

 でもそれは魔力を持たない私には有り得ない夢物語。

 お姫様にはなれないと気付いた時には泣いたけど、母は優しく諭してくれた。

 『誰かを守れる騎士にはなれる』と。

 私が強くなれば、きっと誰かの役に立てる筈だと。

 それを聞いた私は、早速父に頼んで剣術を教えてもらった。

 いつか出会う『大切な誰か』を守れるように――――。



  

 ここは魔術大国シヴェルナの辺境にあるオールナードの森。

 ううん、樹海という方がしっくりくるかも。

 陽の光も余り届かないから魔物の巣窟としても知られているこの森で、私ロゼ・アルバートは一日の大半を過ごしていた。


 理由はただ一つ、魔物を討伐する為だ。

 しかも今日はここで園遊会を開くらしい。

 なので魔物が邪魔しないよう特に注意しておかなきゃならない。

 もっと別の所でやればこんな思いしなくて済むのにな……。


 そういう訳で、今日は私の他にも雇われ狩猟者が二人派遣されていた。

 一人は斧を使う、体長二メートル程の巨体な髭男。

 もう一人は魔法使いのキツネ目男だ。 

 そして身の丈程の長剣を背負う私の三人で、魔物の捜索にあたっていた。


「なぁ〜、そろそろ引き上げようぜ〜?」


 木の様にひょろりとしたキツネ目男が、突然大木の根元に座り込んだ。


「待って。 園遊会が終わる迄まだ二時間はあるんだから、止めるわけにはいかないわ」


「数匹は倒したんだから、ここらで止めたってバレやしねぇよ」


 すると私達の会話を聞いていた髭男も、担いでいた斧を下ろして大きく溜息をついた。

 

「でももし魔物が広場に来たら……」


「うるせぇ! 魔法も使えない『底辺属性セロ』の分際で俺達に口応えするんじゃねぇ!」


 キツネ目男は更に目を吊り上げて私を睨む。

 その隣に座った髭男も、水を飲みながら蔑みの目を私に向ける。

 私はギュッと唇を噛んで言葉を飲み込んだ。

 


 シヴェルナは、土壌そのものに魔力が含まれている珍しい国だ。

 その為シヴェルナで生まれた者は多かれ少なかれ魔力を持っている。

 けど稀に、その恩恵にあやかれずに生まれる者もいた。

 この国ではそれを『セロ』と呼び、私もその一人だった。


 昔はセロの方が多かったらしいけど、今じゃ殆どの人が魔力を持ってる。

 しかも火や水といった得意な属性まであるから、魔力を持たないセロは『底辺属性』として差別を受けるのだ。



 とは言え、決して腹が立たない訳じゃない。

 そっと背中に担いだ長剣の柄に手を伸ばしかけて、フルフルと小さく首を振った。


 私の剣術は暴力の為じゃない。

 己を、誰かを守るためのものなんだ。

 だからここは無視しておこう。


「け、すました顔しやがって。 俺が本気だしゃお前なんか……」


 キツネ目男はずっと愚痴を零していたけど、突然顔が蒼白になった。


「あ、あぁ……」


 髭男も巨体をガクガクと震わせ後退りする。

 異変に気付き、私は剣を構えた。

 藪から現れたのは血色に染めた瞳をギラつかせた、熊並みに大きい犬型の魔物。


刀剣狼スパイニーウルフ……!!」


 鉤爪の様に発達した大きな足爪もだけど、何より恐ろしいのは鋭い刃の様なその身体。

 まさに全身から剣が生えているような風貌で、危険種の中でもランクはかなり上位だ。

 しかも既に殺気立っている。

 これはかなりマズイ。


「早く魔法で動きを止めて!」


「ヒィィィッッ!!」


 振り向いた時には、キツネ目男は既に手の届かない所まで走って逃げていた。

 隣りにいた髭男は腰が抜けたのか、震えながら地を這ってる。


「ほ、他のヤツを呼んでくる……」


「そんなの間に合わない! 先にヤツを止めないと!!」


「適うわけねぇっ……、死にたくねぇ!」


「そんな……っ」


 すると刀剣狼がこちらに向かって一直線に駆け出した。 


 ――――ギャリンッ!!


 髭男に飛びかかった所で、私の剣と刀剣狼の頭刃が激しくぶつかりあい、耳を劈くような音が響く。

 攻撃の圧力で踏み締めた地面が軽く抉れた。


「ヒィィ!!」


「早く逃げて!」


 私は持てる力を振り絞り、刀剣狼の攻撃を弾いた。

 剣のような体毛は肉体が進化したもの。

 だから顔や首元は胴体部分に比べると硬度は劣る筈。

 私はそこを目掛けて勢いよく薙ぎ払った。


「ハァッッ!!」


 長剣は上手く頬に直撃し、顔の刃がパキン!と何本か欠けた。

 身体の一部を斬られ、刀剣狼は悲鳴を上げる。

 その隙に急いで大木の裏へと逃げ込み身を隠した。

 呼吸を整えつつ周りを見ると、髭男の姿は何処にもない。

 うまく逃げたのかな。


 ふと視線を落とすと、先程の攻撃で手には血が滲み、ビリビリと痺れてる。

 まるで鋼を殴ったみたいだった。

 致命傷を与えるつもりだったけど、やっぱりまだ私の力だけじゃ無理だ。


「グルルル……」


 いきり立った息遣いから、直ぐ側を彷徨うろついてるのが分かる。

 ドッドッドッと心音が耳の奥で鳴り響く。

 それでもギリリッと歯を食いしばり、震える手に力を込めた。


 パキン。


 木を割った様な乾いた音に驚いて咄嗟に身を屈めた。

 すると頭上でバキバキィッッッ!!と轟音が鳴った。

 刀剣狼が棍棒の様な尻尾で、直ぐ側の大木を叩き割ったんだ。


 攻撃に備えて剣を身構えるも、刀剣狼の刃が腕を掠め剣を弾かれてしまう。

 もう駄目だ。

 赤い瞳を滾らせジリジリと迫りくる刀剣狼を前に成す術もなく、私は目を閉じ死を覚悟した。


 すると突如湧き出た、ただならぬ殺気にゾッと背筋が凍えた。


「民に仇を為す者には制裁だ」


 どこからか冷ややかな男の声がした。

 ハッと顔を上げた瞬間、パシャッと温かいものが私の頬にかかった。

 そして同時に目の前にいた刀剣狼の首がズルリと身体から外れ、砂埃を上げて地に崩れ落ちた。


 シン、と森の中が静まり返る。


 悍ましい殺気は消え、私は呆然と膝から崩れ落ちた。

 頬を撫でると指先が赤く色づいた。

 どうやら二つに分断された刀剣狼の返り血だ。


「まさかそんな華奢な身体で戦っていたとはな」


 すると静けさの中でキン、と剣を鞘に納める音が響く。

 死体の背後に立っていたのは、氷の様に冷ややかな紺青の瞳をもつ美丈夫だった。

 濡羽の様な黒髪に合わせたような全身漆黒の軍装、そして金の竜が描かれた胸元の紋章。

 その細身の身体で丸太のような刀剣狼の首を斬ったの?

 男は息絶えた刀剣狼を見た後、再び私に視線を移した。


「あの顔の傷は君がやったのか?」


「はっ、はい!」


「そうか、なかなかやるじゃないか」


 ……無表情だから褒め言葉なのかわからないや。


 すると男がゆっくりとこちらに近づいてきた。

 私がギュッと身構えると、男は足を止めて私の前で膝をついた。

 深淵の青。

 全身を絡め取られそうな眼差しに思わずコクンと息を呑んだ。


 男は取り出した白布で私の腕を止血し、大きなその手を私に差し出した。


「我々の治療場に案内しよう。 立てるか?」


「け、結構です。 この程度なら自分で出来ますから」


「放っておけば後に響くぞ」


 断ったのに男は躊躇なく私を横向きに抱き上げた。


「だ、だ、大丈夫ですから!」


「腰が抜けて動けないんだろう。 悪いようにはしないから大人しくしていろ」


 そう言ってギュウッと私を抱える腕に力が入り、互いの身体がより密着した。


 ひぇぇぇぇっ!


 私は心の中で悲鳴を上げた。

 細身に見えたのに、胸板は想像以上に逞しい。

 そのギャップに目眩がした。

 男に免疫のない私には刀剣狼にやられた傷より、このお姫様抱っこの方が致命傷だ。

 

 それからは私が幾ら言っても、男は知らん顔でズンズンと森の中を進んでいく。

 

 そうして羞恥心が膨らんでいく内に、見えてきたのは王章の入った天幕。

 まさかここって……!

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