【1話ごと完結】なんか短くて怖い話【みじ怖】

小鳥ユウ2世

奇声

 夜中に聞こえる、男の叫び声。毎度のことに、私はノイローゼになって起きてしまう。この声に悩まされるようになったのは、安いこのマンションに引っ越してからのことだ。


 はじめは我慢できるほどのささいな声だったが、最近ではその音量が増してきたのだ。小さな声から始まり、大きな声が深夜中響き渡る、それが毎日となると堪える。そのせいで睡眠不足となった私は、とうとう管理人に事情を話して改善するよう要求した。 だが、私の聞こえている奇声を聞いたことがないし、そう言った苦情もいままでなかったらしい。隣の部屋はもちろん、他のフロアでもそういった苦情は聞かないということで様子見するとしか言ってくれなかった。


 重い溜息と同時に怒りが沸き上がりそうになりながら、私は自室に戻ってきた。少し頭が冷えたところで、私は考えた。証拠が足りなかったのではないのかと。私は証拠を掴もうとその日の夜、スマホの録音機能をオンにしたまま眠りについた。これで例の声が存在するという証拠になると私は少し浮かれていた。自分でも変だと思うが、今日ばかりは例の奇声を待ち望みにして目を閉じた。



「............。ァァァァァアアアアアア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”」


 眠りについてから数時間、例の奇声が聞こえて来た。怒り、悲しみ、あらゆる感情が織り交ざったような不快感。さらに歯ぎしりに近いノイズが二重につらい。私は頭を抱えながら起き上がりしばらく静かにその奇声を聞いていた。しかし、ここまで聞こえているのに他の階からなんの苦情も出ていないのは不思議だ。


 鳴りやまない奇声に、私はとうとう怒りの限界点を越えてスマホ片手に外へ飛び出した。録音機能はそのままに、聞こえてくる声を頼りに声の主を探してみようと耳を澄ませた。このマンション内にいるのは間違いなさそうだ。だが、声が反響しているのか上下左右が分かりにくい。階段で上がったり下がったり、ふらふらと廊下をうろうろしていた。すると、声が近づいてきているような気がした。階段を上っていくとその声は近づいてきていた。スマホをその先にもっと録音できるように腕を伸ばす。


 気が付くと、私は屋上まで来ていた。屋上からは奇声が直で聞こえる。さらに声の方へ向かうと、人影が見えた。その人影から声が発せられているようだ。私は録音機能を切り、スマホで写真を撮ってみた。パシャリと音を立てた瞬間、その人影はきらりと光る目をこちらに向けた。私はスマホを握りしめ、後ずさりする。そのかすかな音に反応して人影が動いてくる。月明りがその影を明らかにしようとするも、その影は影のままだ。つまり、肉体のないモヤのようなものが人をかたどっているのだ。


 その影は私を見つけるなり、ホッとして笑みがこぼれた。やっと原因を見つけれた安堵感でいっぱいだった。悪寒と恐怖で足がすくむ。すると、影は例の奇声をあげた。


「ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”!!!!!!!!!!!!」


私はそのビリビリと響く声でやっと怯えた足を動かした。階段をバタバタと降りて行く。奇声も階段を下りて行っているような音へと変化していく。自分の部屋のある5階まで降りてくると、私は廊下を走って自分の部屋に何とか入った。鍵を振るえた手で何とか閉めて、そのまま玄関で腰を下ろす。


奇声は私の部屋を通り過ぎ、どこかへと消えていった。私はふうと息を吐いた。どっと疲れたのか、そのまま寝息を立てて気を失うように寝てしまった。


 翌日、握りしめていたスマホを取り出して写真を見ると、昨夜見た人影は映っていなかった。奇声の録音も所々ノイズやラップ音のような音だけでうまく集音されていなかった。正体は掴めなかったものの、引っ越す理由には十分だった。管理人を通じて、私は不動産会社にある程度引っ越しの面倒を見てもらえたのが唯一の救いだったと思う。


 引っ越してから少し気になってあのマンション周辺のことを調べたら、マンションが建つ前に首塚があったらしい。きっと、その怨霊の声が私にだけ聞こえていたのかもしれない。だが、一つ疑問が残る。


「ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア.........」


 どうして引っ越し先のこのアパートでも、奇声が聞こえてくるのだろうかと......。

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