第11話『私の意見は前に話した時から変わらないわ。アルバート兄様との結婚。それ以外ないわね』

ヴェルクモント王国を襲った未曽有の大災難。


それは加速的な速さで広まり、高熱や咳、嘔吐など様々な症状を引き起こし、対応が遅ければ多くの死者が出ただろう。


しかし、王立学院が驚異的な速さでこの感染症に対する薬を開発した事、そして流行の初期段階で救国の聖女様がその身の危険も顧みず、救いを求める民の為に、奔走して下さったからこそ、ヴェルクモント王国はこの重大な危機を乗り越える事が出来たのだろう。


聖女様万歳! 聖女様こそ我らの希望だ!


「っていうのが今の王都で起こっている事ね」


「そうなんですねぇ」


「まぁ、当然と言えば当然ですね。放置すれば国が亡びる可能性すらありましたから」


「確かに」


「ですがこのままという訳にはいかないでしょうね」


「……? どういう事ですか?」


「他称自称問わず聖女と呼ばれていた人間は歴史上にもそれなりに居ますが、状況次第ではヴェルクモント王国だけでなく、世界中に病が広がり、それこそ数えきれない程の犠牲を出したかもしれない未曽有の大災難です。それを殆ど被害らしい被害を出す事もなく終息させたというのはとてつもない偉業なのです」


なるほどなと思いながら私はローズ様の言葉に頷いた。


私が家を出ている間にそんな事が起こっていたとは、驚きである。


「それで? この件について、ヴェルクモント王国としてはどの様に動くおつもりなのでしょうか。リヴィアナ様」


「まぁ、色々主張する人はいるけれど、私の意見は前に話した時から変わらないわ。アルバート兄様との結婚。それ以外ないわね」


「それは、確かにそうかもしれませんが……王妃となるならば、それ相応の特別な教育を受けなくてはいけないのでは無いですか? であれば難しいかと」


「そうですね。私もアリスさんの意見に賛成です」


「そういう事なら、ローズさん。ローズ・ユーグ・グリセリア。貴女もアルバート兄様に嫁ぎなさいな」


「……それは」


「貴女とジュリアーナ・セイオニス・レンゲントは元々アルバート兄様の婚約者候補筆頭でしょう? なら王妃教育も帝王学も学んでいる筈。それなら問題ないでしょ」


「それはそうですが、私も嫁ぐとなると、派閥争いがより激化する可能性もありますが、問題ありませんか?」


「……そういえばその問題もあったわね」


「えぇ。イービルサイド伯爵家は我がグリセリア家と同じ派閥内の家。そして、私も殿下にという形ですと、王はグリセリア派を優遇していると、レンゲント派を刺激する事になりますわね」


「なら、ジュリアーナ侯爵令嬢を第二夫人にすれば」


「我が家、そしてグリセリア派閥が黙っていませんね」


「……あのさぁ。国の為に協力し合おうっていう精神は無いの?」


「あら。リヴィアナ様はお忘れですか? 元より我がグリセリア領とレンゲント領はそれぞれが、それぞれの意思と信念を持った国だったのですよ? それを一人の英雄が大国に飲み込まれぬ様にとまとめ一つの国とした。その時より英雄が王となり、国をまとめヴェルクモント王国と」


「分かってる。分かってるから。そのくらいの歴史は分かってるわよ。そういう事じゃ無くて、もう一つの国になってから大分時間も経ったし、同じ国に生きる臣民としてヴェルクモント王の下に一つとなって」


「そこです」


「なに?」


「そこが、問題なのです」


「……」


「ヴェルクモント王の下に一つとなる。という所が問題なのです」


「……なにが、問題だと言うのかしら」


「『もはやヴェルクモント王に、英雄の血なし』という言葉をリヴィアナ様も聞いたことがあるでしょう?」


「そうね」


「先代の王が弟君ではなく、それに劣る兄、現国王を次なる王に選定した時点で、この国の未来は決まってしまったのです。崩壊という方向へ」


「確かに、父より叔父様の方が優秀だわ。でも、お兄様だって」


「今回の感染症。国の存在そのものを揺るがす様な大災難でしたが、救国の聖女様以外にも、英雄として名を知らしめた方が居たのをリヴィアナ様はご存じですか?」


「っ」


「テオドール・メッド・デルリック様。王立学院の准教授にして、今回の感染症の特効薬を開発された御方。そして王弟殿下のご子息様。世間では救国の聖女と並び帰ってきた英雄なんて呼ばれています」


私は感染症が広がっている時は自分の事しか見えておらず、薬が出来たと聞いて家に帰ってきてからは外との接触を一切禁止されていたので、ローズ様の話を興味深く何度も頷きながら聞いていた。


世の中には凄い人も居るんだなぁとしみじみ思う。


「……あの。エリカさん?」


「はい! 何でしょうか」


「先ほどから他人事の様な顔をしておりますが、今お話ししているのはエリカさんのお話でもあるんですからね?」


「そうなんですね……えぇー!!? わ、わたし、お薬なんて作って無いですよ」


「そちらではなく、救国の聖女様です! 救国の! 聖女様!!」


「え、えぇー!? わ、私が救国の聖女!?」


「なんでそこで驚くのですか。元よりイービルサイド領では聖女と呼ばれていたでしょう?」


「それは、その……。領民の方々は元よりアリスちゃんを天使と呼んでいたので、私もその流れでそう呼んでいるのかなと思っていました」


「貴女という人は……」


「あはは。流石恵梨香お姉様ですね」


「面目次第もございません。ですが、救国の聖女と呼ばれる様な事は何もしておりませんので、国民の皆さんには勘違いであるとお伝えした方が良いですね」


「止めて下さい。先の大災難以上の事件が起きる事になります」


「え」


「国民は皆、貴女が歴史に残る伝説の存在。光の聖女アメリア様の生まれ変わりか、似たような存在であると考えております。それゆえに対応は慎重に行わなければならない。ここまでは良いですね?」


私はローズ様の言葉を聞いて、慎重に頷いた。


「もし、この状況で貴女が聖女ではないと公式に発表したとしましょう。自分は何もやっていないと。しかし、国民は確かにその目で、貴女の行動を見ているんです。そうなればどうなるか。国民は皆、貴女が誰かにそう言わされていると考えるでしょう。そして原因を探れば、貴女がそう言い始めた直前に王女リヴィアナ様と私、ローズ・ユーグ・グリセリア侯爵令嬢がエリカさんとお茶会をしているでは無いですか! あぁ、なんということだ。お優しい聖女様は二人に何か言われたに違いない。もしかしたら溺愛していると噂の妹君を人質に取られているのかもしれないぞ! グリセリア家の連中を殺せ! 聖女様を利用しようとしている王族は皆殺しにしろ!! 聖女様を救え!! と、こうなる訳です」


「か、考えすぎじゃないですか……?」


「残念だけど、私もローズさんと同じ意見よ。エリカさん」


「え、えぇ……」


私は救いを求める様にアリスちゃんへ視線を向けるが、アリスちゃんも同じ意見だとばかりに小さく頷くのだった。


「せ、聖女です。皆さんとてもいい人たちなので、仲良くしたい、です。怖い事は止めましょう」


「そうですね。私も同意見です。なので、これからどうしましょうかとお話している訳ですね」


私は何度も頷き、半分くらい呑気な気持ちで浮き上がっていたのを取り戻して、真面目に話をするのだった。


「さて。当人の理解も得られた事ですし。改めてこれからのお話をしましょうか」


「これからの話について、私から意見があります」


「アリスさん? どの様な意見でしょうか」


「元より計画としてはありましたが、デイビッド君と結婚するという話です。これなら、イービルサイド家に居たままで問題ないという事に」


「アリスさん。この国では兄弟姉妹の結婚は違法です」


「そ、そこは、一度恵梨香お姉様をどこかの家の養子にして」


「その案だと養子として受けた家が裏切る可能性があるんじゃないかな。それに最悪はクソったれ隣国にエリカさんを無理矢理連れていくって事をやりかねない奴らがうじゃうじゃいるけど」


「う、うぅ。完璧な計画だと思ったのに」


「しかし、よくよく考えれば結婚という手段を取る事が間違いなのではないでしょうか。聖女様という存在を普通の貴族令嬢と同じ風に扱う必要は無いかと。例えば我が国も聖国の様に聖女様の為の教会を作って、そこでお祈りをしていただくとか。エリカさんに良き人が現れれば、聖女様の血を絶やさぬ為にとでも言えば結婚出来るでしょうし」


「それなんだけど。そんな悠長な事を言ってられない問題があるのよ」


「悠長な事を言えない問題……? その様なものは」


「現国王陛下が聖女を妻に迎えるなんて言い始めたのよ」


「……は? いや、申し訳ございません。それはどういう事でしょうか。頭が上手く働かないのですが」


「別に深い意味も裏の理由もないわ。ただそのままの意味よ。だって、ほら。エリカさんって可愛いでしょ? それに救国の聖女の人気を取り込む事も出来る。ほら、お得」


「何がお得ですか!! そんな暴挙! グリセリア、レンゲント両派閥が手を組んで全兵力をもって王都へ向かいますよ!?」


「でしょうね。そして私の首が王城前に晒される事になると」


「それが分かっているのなら」


「分かっていても止められない事ってあるでしょ? あんな男でも王だからさ。この国の最高権力者なのよ。あの男が黒と言えば白い物でも黒くなるわ」


「本当に、腐っていますね。っと……失礼」


「別に良いわよ。そもそも私もアルバート兄様もあの男と血が繋がって無いしね。あの男を悪く言われても何とも思わないわ。あー、でもエリオット兄様は多分繋がってるから、少し可哀想かな」


「……リヴィアナ様」


「言っておくけど! 私も兄様も別にどこの誰とも知らない奴の子供じゃ無いからね! お父様の名前は言えないけど、間違いなくこの国で最も偉大な御方だわ。お母様がずっと、ずっと想い合っていた方」


「ちょっと待ってください! テオドール様のお母上はあのお方を産んですぐに亡くなったと言われ、どこの誰かも分からないとの事でしたが……!」


「まぁ、そういう事よ」


「なんて事を……! その様なお話。聞きたくはありませんでしたね」


「ちなみに、この話。ジュリアーナさんは知ってるわよ。あの方は潔癖だから、失礼。なんて言いながらお母様を平手打ちにしていたけど。首がとぶかもしれないのに、よくやるわね」


「本当に、私もそう思いますよ」


「という訳でこれで二大派閥の長の娘両方が王家の秘密を知ってしまったという訳ね。さて、これで、もしかしたらあったかもしれない反乱計画も意味を為さないでしょう? どんな未来が来ようと、時期国王にはあの御方の子供がなるのだから」


「……一応エリオット様も可能性としてはありますが」


「エリオット兄様は優しい方だし。自分から前に出ようとはしないわ」


「そうですか。分かりました。では真偽を確かめつつ、お父様には話してみましょう」


「よろしくね。という訳で、問題はより明確に分かりやすくなったって訳。あの男にエリカさんを渡さない為に、どうするか。その話し合いをしましょうか」


この日、夜遅くまで話し合いは続いたが、結論は出ないまま、また別の日にという事になった。


そして私は国王だけでなく、別の人間にも気を付けるべく家の中から出ない様にと、お父様やアリスちゃんから厳しく言われるのだった。

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