異界冒険譚シリーズ 【エリカ編】-迷い子の行く先-

とーふ(代理)カナタ

第1話『英雄譚に出てくる勇者様の様に、剣を持って、世界を救いたいのです!』

人という生き物は、孤独の世界で生きる事は難しいのだろうなと思う。


どれだけ意思が強くとも、死ねない理由があろうとも、誰かとの繋がり無しに生きていく事は出来ない。


それが普通なのだ。


だから、今こうして私が限界を迎えてしまった事も、ごく自然な……当たり前の事なのだろう。


誰も居ない教室で、朱く染められた世界に取り残されて、息苦しさすら覚える程の孤独感に押しつぶされる。


溢れ出た涙に意味は無くて、ただ独り泣く事しか出来ない自分の無力さを世界に示すだけだった。


「……っ、うっ、うぅ」


辛い。なんて言えない。


私の代わりに命を落としてしまったあの人は、もっと辛かっただろうから。


悲しい。なんて言えない。


愛する人を亡くしてしまった人の絶望を見てしまったから。


だから、私は『幸せ』に生きなくてはいけない。『幸せ』にならなくてはいけないのだ。


こんな風に辛そうな顔をして泣くべきじゃない。


それは分かっているのに、一度流れ出した涙を止める事は出来なかった。


それでも必死に声だけは押し殺して、私は……。


「ねぇ」


不意に。誰かの声がした。


もう日も暮れる時間だというのに、誰かの声がする。


そんな訳はないと思いながらも振り返り、目を見開いた。


廊下に繋がるはずの扉の向こうには、一人の少女が立っていたのだ。


その眩いばかりの光を溶かした様な輝く金色の髪に、どこまでも透き通る様な空色の瞳をした少女は、不思議そうに首を傾げて私をジッと見ていた。


そして、まるでおとぎ話に出てくる少女の様な、可愛らしい白いドレスで装飾された、陽の光に輝く白い手を私に向ける。


「大丈夫だよ」


「っ!」


「もう怖くない」


それがどんな意味だったのか分からない。


分からないけれど、私はまるで熱に浮かされた様にフラフラと少女に向けて足を進め、そのまま教室の扉を踏み越えた。


瞬間。私の目を突き刺したのは痛みすら覚える様な強い光で、私の手を掴んだのは柔らかく温かい小さな手だった。


しかし、それを私の頭が理解すると同時に、体は立ち続けている事が難しくなり重力に従って床に倒れていった。


咄嗟に手で支える事も出来ず、私は痛みを覚悟して、体を強張らせた。


でも、思っていた痛みは無くて……何か柔らかい物に受け止められる感触と、頬にあの少女の物であろう手が触れられるだけであった。




まるで夢の様な出来事から、どれくらい経ったのだろうか。


私は幾年かぶりに穏やかな気持ちで、ゆっくりと目を開き体を起こした。


「……ここは?」


気が付くと、私は見知らぬ部屋で寝ていた。


なんて言葉にしても笑える話ではないが、私の心は妙に落ち着いていた。


いや、諦めの気持ちが大きかったのかもしれない。


自分の力で終わる事が出来ないのなら、誰かに終わらせて欲しかったのかもしれない。


だから、あの少女が実は天使様で、何かがあって死んでしまった私を迎えに来たのだと考えても、特に恐怖は無かった。


「ここは、私のお部屋ですよ。お姉さん」


「ふぇ!?」


「おはようございます。お体の方はどうですか?」


「っ! あ、あの、おはよう! ございます! えと、その、元気です!」


「ではお医者様は呼ばなくても大丈夫そうですね」


私は大きな嘘を、吐きました……。


何が落ち着いていただ。あの少女に話しかけられただけで、私は激しく動揺しまともに問答も出来なくなっているでは無いか。


ひとまず落ち着こうと、私は胸に手を当て深呼吸を繰り返した。


「落ち着かれましたか?」


「は、はい。お騒がせしまして、申し訳ございません」


「いえいえ。お気になさらないでください」


少女はそう言って、柔らかく微笑んだ。


かわいい。


テレビでも見た事がないくらい整った顔立ちで、微笑む少女には現実感がなく、まるで人形の様でもある。


しかし現実に動いている訳だし、会話だって出来ている。人形という事も無いだろう。


「そういえば、自己紹介がまだでしたね。私はアリス・シア・イービルサイド。イービルサイド伯爵家の長女となります。それほど大した人間ではありませんが、以後お見知りおきを」


「あ。私は水野恵梨香っていいます! えと、えと! よろしく、お願いします!」


「ふふ。よろしくお願いしますね。しかし、水野恵梨香さんですか。随分と懐かしい響きですね」


「懐かしい、ですか?」


「はい。遠い昔の話ですが、同じ様な名前の方と交流していた事があるのです」


「あ、そうなんですね」


アリスさんと会話をしていて、少しずつ落ち着いてきた私は一つずつ気になっていた事を聞いてみる事にした。


とは言っても、いきなり色々聞くのもマズいだろうし、まずは無難な所から聞いてゆく。


「えと、そのアリス様? のご年齢を聞いてもよろしいでしょうか?」


「そんなにかしこまらないで下さい。アリスで良いですよ。それと、私は本年で12歳となります」


「12! もっと年下かと思って……あっ!」


衝撃過ぎてそのまま口にしてしまい、すぐに口を塞いだが、アリスさんは笑って許してくれるのだった。


かなり失礼な事を口走ってしまったから助かる。


というか、12歳か。見た感じ8歳くらいかと思ってたけど、私と2歳しか違わないとは……。


「ふふ。実は最近その事で悩んでいるんですよね。あまり体が成長しなくて」


「そ、そうなんですね。でも! でも! そのままでもとても可愛らしいので、それはそれで良いかと思いますが!」


「むー。可愛い、ですか。恵梨香様から見て、私、可愛いですか?」


「はい! とても!」


「格好良かったり、しませんか?」


「格好いいというよりは、とても可愛らしいです! 私が見てきた中でこれ以上ないくらい可愛いです!!」


「ガーン!」


アリスさんは衝撃を口にしながら、目に見えて分かりやすく落ち込んでいますというポーズでショックを受けていた。


そんなアリスさんの姿に私は動揺しながら、何かフォローをと口にしようとしたが、何が原因で落ち込んでいるか分からないし、何も言えない。


そしてアリスさんは口を尖らせたまま、私が寝ているベッドの掛布団を指でつつき、いじけた様な声で愚痴を語り始めた。


「幼い頃から、可愛い可愛いと、そればっかり。私は勇者様の様になりたいですのに」


「アリスさんは、その、格好良くなりたい……のですか?」


「はい! そうです! そうなんです! 英雄譚に出てくる勇者様の様に、剣を持って、世界を救いたいのです!」


とても可愛らしい笑みで、夢を語るアリスさんは……残念ながら何年経とうともヒーローよりヒロインの方が向いている様に思う。


成長するにしても、このままの姿で成長してゆくだろうし、そうなれば待っている未来はきっと勇者様よりお姫様だ。


「あ! 無理だなって思ってますね!?」


「いえ! その様な事は!」


「嘘です! こんな小さな体で勇者様になんてなれないって、そういう風に思ってる顔です! 私には分かるんですよ!?」


「あ、いや、その、そのような事は」


「ふーんだ! 恵梨香さんだって、私が将来領地に出てきた魔物を退治し始めたら分かりますから!」


「まもの……? ですか?」


「なんですか!? 危険だから止めろって言うんですか!? 確かに皆さんそう言いますけど、私だってやれば出来るんですからね!?」


「あ、いえ。そうでは無く……その、魔物とは、何でしょうか?」


「ほぇ? 魔物は、魔物だと思うけど」


「……」


頬や背中に汗が流れる感触がする。


それは違和感に気づいてしまったからか。


いや、違う。気づいてはいたのだ。分かってはいた。


だってさっきまで教室に居たハズなのに、気が付いたら知らない部屋で、明らかに異国の人であろうアリスさんと話をしていたのだ、


おかしい。普通な訳が無い。


でも、それでもおかしいと思わなかったのは、彼女と言葉が通じていたからだ。


そして、彼女が私に触れた手が酷く優しくて、懐かしいものであったからだ。


弟が生まれる前の母の様な、温かさがあったからだ。


私はゴクリと唾を飲み込んで、緊張したままアリスさんに一つの問いを向ける事にした。


「一つ。確認しても良いでしょうか?」


「はい。大丈夫ですよ」


「ここは、どこなんでしょうか。国名は……この町の名前は」


「ここですか? ここはヴェルクモント王国にあるイービルサイド領のエボシルという町ですね。イービルサイド領自体はオハド共和国の国境付近に存在する領でして、森と農地ばかりのそれほど発展していない町ですね」


聞いたことのない名前ばかりが飛び出してくる。


どれもこれも、少なくとも私が生きていた世界には無い名前ばかりだ。


いや、もしかしたら私が知らない国というだけかもしれないが……。


「その、オハド共和国というのは」


「オハド共和国は獣人さんの国ですね。東の方に行くと国境がありますので、そこを超えると共和国の国土となります」


魔物の次は獣人と来た。


これが本当に現実なのか。


分からない。


もしかしたら今、私は夢を見ているのかもしれない。


そんな一縷の望みに身を寄せて、私は再びベッドの上に倒れる様に意識を失うのだった。


「恵梨香さん!? 大丈夫ですか!? 恵梨香さん!!?」


どうか、次に目覚めた時にはこの夢が終わり、あの寂しい教室で目を覚まします様にと、ただ、私は祈るのだった。

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