8.ダイブ
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巨躯を誇るカラスが大きな両翼を広げて空を覆い尽くした――そんな深い闇。廃墟のアパート、その屋上を決闘の場所に選んだ。寒いほどに澄み、キンと張り詰めた空気が心地良い。肺はおろか心まで洗浄されるような気分になる。こういう感覚は久しぶりだ。あるいはウエスト・シティに引っ込んでいる最中は死んでいたのかもしれない。そう。おれは自らに適した職を改めて得たことで生き返ったのだ――とすら思えた。
ギィは真っ黒ななりで来るだろうと予想して、セスは真っ白なコートを選んだ。対比に美しさを求めたのかもしれない。セス自身、自らの美学とするところはよくわかっていない。
年だけ重ねた。
だからといって、無意味な人生だとは思わない。
誰かを幸せにしたこともあれば、誰かを不幸にしたこともあったはずだ。
ニンゲン、誰しもそんなものだろう?
ギィとのあいだにはまだ距離がある。――ギィ、黒いシャツの肩、黒いズボンの太もも、筋肉が隆起しているのがわかる。馬鹿みたいに原始的な力勝負にまでもつれ込んでしまったら、とてもではないが敵わないだろう。
ギィは腰の左右の装備品に手をやる――左手に大ぶりのナイフを、右手に拳銃を持った。恐らく、ギィは元軍人だ。そんな佇まいだし、そうである以上、絶対に油断などしないだろう。
きっと牽制――ギィが一発二発と発砲した。セスは腰から素早く抜き払ったカタナで弾を弾く――これくらいはできる。なまってはいないようにも感じられた。
今一度、発砲し、黒豹の鋭さでいよいよ突っ込んできた。事を成すのに時間をかける輩はプロ失格だ、そんなの常識だ。短期決戦――。
ナイフを突き出してきた――カタナで下から刃を弾く。
発砲――身をよじってギリギリのところでかわした。
次のナイフの一撃はもらってしまい、左の肩がえぐられた。ただ、カタナの
考える暇なんてない。
必然しかない単なる殺し合いだ。
生きることに飽きたほうが負ける。
本能が身体を突き動かす。
動け動けと殊更急かす。
カタナを捨てる。
両腕を回す格好で腰に組みつき、乱暴に駆ける。
数発、弾を背中にもらったが、即座の致命傷とはならず――だから走る。
迷うことなく、屋上から飛び下りた。
身体を拘束されたまま、しかも七階相当の高さから叩きつけられてなお立ち上がるようであれば、止むを得ない、勝ちは譲ってやる。
――が、たぶん、だいじょうぶだろう。
風を切りながら鮮やかに落下する中、セスはひどく楽観的だった。
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