海と陸の境目-4
その場所での業務はとても単純なもので、すぐに慣れることができた。
確かに資料はなかなか面白いもので、海が沈んでからの法の変化だったり
定めた法に穴があった故起こってしまった事件などを知ることができた。
自由を失ってしまった僕にはそれがとても有難かった。
それを読んでいる間は、彼女のことを一時的でも忘れられるような気がした。
シショはことあるごと僕に余計な悪戯をした。
その日もいつも通り仕事をしてると、「なぁお前さぁ」と言いながら手元の資料をわざと落とした。
その後にあちゃ。と大袈裟に僕の方を見る。
「シショさん」と語気を強めて言いながら、いつも通り僕はそれを拾い上げた。
シショはそんな僕を見ると、またわざとらしく時計を見上げた。
「あぁくそ! こんな時間かよ。 お前それちゃんと元の場所に戻しとけよ?
中身見ないとどこに戻していいかわかんないかもだけどな」と言い、どこかへ行ってしまった。
僕はため息をついた後、その資料に目を落とした。
ぱらぱら、とページをめくると「科学者の死刑執行」という題目が目に飛び込んできた。
必死に思考を張り巡らせ、ページを捲り続けた。
その一冊を読み終えた僕の頭の中で、色々なものが繋がった気がした。
そのページには、海と、海を助けた青年――マミさんのお兄さんについて書かれていた。
彼女は当時8歳で、砂浜で波に足を取られて陸から150メートルほど離れた場所まで流されてしまったらしい。
それを見つけたのが、科学者だったマミさんのお兄さんだった。
ここまでは僕も知っていた。
僕がその時途中で切ったテレビでは、そこから先の出来事までもを映していた。
助けられた海は、陸に上がってすぐに気を失ったそうだ。
そして海は20日間、目を覚まさなかった。
原因は、海中に含まれる菌だったそうだ。
海水には約1000万ものウイルスが含まれる。ただそれは、人に対して害を及ぼすものではなかった。
数百年前までは。
極端に海中で暮らす人々を嫌った『お偉いさん』達の体は、かつて共存していたはずのそのウイルス達を拒んだ。
彼女は、そのウイルスのせいで高熱を出し、20日間もの間生死を彷徨った。
『お偉いさん』達はマミさんのお兄さんを責めた。
科学者を失った彼らは、『庶民』がウイルスが原因であるという事実に辿り着くのを待つことなく
マミさんのお兄さんを死刑に処した。
海が目を覚ました頃には彼の処刑はすでに終わっていて
海が目を覚ました後に『庶民』は『お偉いさん』を責めた。
だが『お偉いさん』はそれに耳も傾けず、どころか更に『庶民』を嫌った。
あの優しいマミさんが『お偉いさん』を憎むのも、海個人を恨むのも
どちらにしても仕方のない話だと思った。
反対に、海が彼の死について何も知らないこともこれで証明された。
なら僕は、どうすればいい。
こんなことを繰り返していたら、いつか習った遠い昔のように戦争が起こるかもしれない。
いや、多分そんな大袈裟なこと、僕が考える必要はないんだと思う。
ただ僕は、海が。
好きな人が、本人も知らない事実によって
誰かに憎まれたままだという事実が許せなかった。
シショは僕が読み終わったタイミングを見計らったように、ニヤニヤしながら戻ってきた。
「シショさん」と言うと、表情はそのまま「んー?」と言った。
「お願いがあります」僕は彼の目をまっすぐ見て言った。
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