スイーツショップ

 冷蔵庫の中を見て、ため息をつく。


 ——卵切らしちゃったな


 ぱたん、と扉を閉め、パーカーを羽織る。

 玄関を出て、最寄りのスーパーまで歩いていく。

 たんたんと、淡々と。

 途中で信号に足止めされ、心の中で舌打ちをした。

 青信号を待つ間、やることもなく街並みを眺める。

 不意に、カラフルな外装のスイーツショップが目に入る。

 君とよく通った、思い出の店だった。

 ガラス張りの窓の向こうの店内で、若い男女の二人組が仲睦まじげにアイスを食べている。


 その光景が、あの日の僕らと重なって、僕は目を細める。







「ねえ、どれにする?」


 君は甘い声で僕にたずねた。

 対して僕は、ふてくされたような態度で答える。


「……ネックウォーマー」


「もー、ごめんて!」


 本来は別の用事(防寒具の購入)で出かけたのだが、「どうしても行きたい」とねだる君に押し切られ、この店に入ったのだった。


「でも、何だかんだで一緒に入ってくれるあなたが好きだよ?」


「出た。そういうの簡単に言うと、勘違いされちまうぞー」


 初めてここに来た時の僕らはまだ、恋人同士では無くて。

 とても仲の良い男女くらいの距離感だった。


「えー、ホントに好きなんだけどなー?」


 至近距離で顔をよせてくる君に、たじろぐ。


「はいはい」


 冷たい態度を取りながらも、内心ではふわふわとした心地良い気持ちになっていた。

 君のことが好きだったから。


「ほんとなのになー」


「うんうん。僕も好きだよ」


「……それはなんか違うっていうか」


「違うんかい」


 声を押さえつつそんなやりとりをしていると。


「あの、」


 店員さんに声をかけられた。

 自分たちの世界に入り込んでいたようでこっぱずかしくなり、「す、すみません」と意味もなく謝る。


「あ、違くて! ……カップル割できますけど、いかがなさいますか?」


 店員さんはそう言って、にっこりとほほ笑んだ。


「あー、えっと。恋人とかじゃ――」


 僕が否定しかけたその時。


「カップルです」


 君はぴしゃりと言い切った。




 その後、席に案内されて注文した商品を待つ。


「……」


 僕は先ほどの件で、少し困惑していた。

 しかし、黙っていてもらちが明かない。


「あ、あのさ、」


「ん?」


「さっきのって……」


「さっきのって?」


 君は目を合わさずに、グラスの水を飲む。


「カップルだっていう、あれのこと……」


 僕はごにょごにょと言った。

 そこでやっと、君はグラスを置いて、それから。


「わ、私のこと、好きって言ったじゃん。だったらカップルでいいじゃん……!」


 小さな声で放たれた言葉は、震えていた。


「……失礼いたします」


 そんな僕らの前に、タイミングをうかがったようにして、店員さんがやってくる。


「ご注文の商品です」


「あっ、ありがとうございます」「ありがとうございます」


 店員さんは注文の品を置くと、「ごゆっくりどうぞ」と意味ありげに僕らを一瞥し、去っていった。


「……とりあえず、食べよ?」


「あ、ああ」


 ぎこちなくも、互いにアイスクリームを食べる僕ら。


「……」


「……」


 しばし、無言のまま時間が過ぎる。


「ねえ?」


 沈黙を破ったのは君。


「あーん♪」


「!?」


 僕が顔を上げると、君の差し出したスプーンが目の前にあった。


「カップルだから、いいでしょ?」


「いいけどさあ……」


 僕は顔から湯気が出そうな気分で、スプーン上のアイスをいただいた。


「僕はもっと、ちゃんと告白したかったな」


「だって、待ってられなかったんだもん……」


 僕の好意は君に気づかれていたらしい。恥ずかしくて死にそうだった。

 けれど、恋人になった初日をこのままでは終わらせたくなくて、言った。


「……これからは沢山、好きって言うからな?」


「う、うん。お願い、します……」


 そう言って二人仲良く顔を赤く染めた。

 店内にいる間、店員さんと目が合う度に、ニコニコと温かな視線を向けられてむずむずした。




 それから、恋人同士になった僕らは同棲を始めた。

 ただの買い出しは、楽しいデートに。

 無機質だった街並みは、まるで楽園のように色づいて見えた。


「私、あなたとこうやって過ごすの、夢だったんだよ?」


「……僕もだよ」


 僕らはことあるごとにそう言って、互いの存在を確かめ合った。

 大げさだと笑われるかもしれないけれど、生きてきた中で最も幸せな時間だった。







 そんな、アイスクリームのように甘いひとときを過ごしていたのが、今ではもう夢のようだ。

 今となっては、この通りもただ目的地へ向かうためだけの通路に過ぎない。


「……」


 スイーツショップから目を逸らす。

 これ以上眺めていると、買い出しどころではなくなりそうだったからだ。

 

 ——いっそのこと、ショック療法としてあの店に入ってみるのもいいかもな


 そんな考えが浮かんだが、虚しくなって終わりだと悟り、却下した。


 しばらくして、歩行者信号が青に変わる。

 僕は最寄りのスーパーを目指して、大股で歩き始めた。


 ただただ、君との甘い思い出から、逃げるようにして。






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