Episode28 固有魔法





「…また大司教かッ」

 

 エルドラル・ミリエンと名乗ったその男は、変わらずに城壁の上から、カナデたちを一人見下ろしている。

 その様はまるで、カナデたちにどう動かれようと、如何とでもなるといった雰囲気を醸し出していた。

 そんなミリエンの一挙手一投足を見逃さんと、視線を固定しながらも、カナデは思考をフル回転させる。


(大司教ということは、恐らくハイヴォスと同じでかなりの強者のはず、無闇に動くのは危険か…)


 苦い表情を浮かべながら、瞬時にそこまで考えたカナデは、イルにミリエンの固有魔法を聞き出そうと、イルへと顔を向ける。

 そうすれば──、


「──、あっぶ」


 鋭く放たれた剣が、カナデの顔目掛けて横薙ぎに振るわれていた。それを鼻先を掠めるほどの、既のところでなんとか躱し、カナデはその剣を振るった人物を揺れる瞳で見つめる。


「……なん、で?」


 そう、カナデが運良く振り向いたことで、なんとか躱しきった鋭い薙ぎ払いを放った人物こそは、


「あ~ごめんごめん。イルちゃんはもう、俺の制御下だからさ〜。」


 瞳に光を映さず、表情をピクリとも動かさないイルだった。

 カナデの言葉を聞き取って、ヘラヘラとした余裕の態度でイルの状況を説明するミリエン。


「どういうことだッ!」


 そう言ったカナデは、血が流れ出るのではないかという勢いで、手をグッと強く握りしめ、瞳には怒りの炎を燃やしていた。


「俺の固有魔法さ……“幻想誘引”。相手を思いのままに操る魔法、といったところかな?」


「思いのままにあや、つるだと?」


 カナデは考えを巡らせる必要もないほどの、ミリエンの強力な魔法効果を知り、思わず怒りを引っ込めて呆然とする。

 大司教はこの世界でもトップクラスだと、カナデは確かにイルから聞いてはいた。

 けれど、ハイヴォスと同等だと聞かされていた、大司教であるミリエンの持つその魔法は、


(そんなの、ただ動きを止めるだけのハイヴォスより…よっぽど厄介じゃないか。)


 カナデはそう思わずには居られなかった。


「カナデお兄ちゃん…」


 そんなカナデの様子を見て、エフィは不安そうにカナデの頬をそっと触る。

 そうされてカナデはハッと我にかえり、直ぐそこにある、気遣わしげな表情を浮かべるエフィに向かい、安心させるように微笑みかけた。


「大丈夫、心配すんなエフィ。」


 カナデはそれだけ言葉を投げかけてから、ミリエンの制御下に置かれたイルを見つめる。

 そうしていると、短い時間だったのにも拘わらず、様々なイルとの思い出がカナデの脳裏を過ぎった。


(俺はイルに出会えてよかったって、こんな状況でもそう思える。)


 カナデはフッと軽く息を吐いて。


「絶対にその魔法を取っ払って、お前を倒して!イルもエフィも俺も3人無事にハッピーエンドだッ!」


 そう声高らかに言い放ったカナデの声音には、揺るぎのない決意が込められていた。


「くくっ…面白いな、君。それだけ逞しく宣言されちゃあ、見ていて清々しいぜ。しかし……そんな妄言がどれほど無力なことか、今こそ教えてやろうじゃあないか。」


 


 そうしてカナデと大司教、エルドラル・ミリエンの戦いが幕を開ける。


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